才人サラ・ポーリーが贈る新しい世界へのマニフェスト。映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』 | Numero TOKYO
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才人サラ・ポーリーが贈る新しい世界へのマニフェスト。映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

南米、ボリビアの宗教コミュニティ内で起きた実際の出来事に発想を得たという、カナダの作家ミリアム・トウズの小説をサラ・ポーリーが映画化した『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。自給自足で生活するキリスト教一派の村で連続レイプ事件が起きた。男性たちが街へと出かけている2日間に、尊厳を奪われた女性たちは自らの未来を懸けた話し合いを行う──。

女性たちのエンパワーメントを推進する#MeToo運動以降のひとつの到達点

去る2023年3月12日のドルビー・シアターにて、ミリアム・トウズ原作の映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』は第95回アカデミー賞脚色賞を受賞。オスカーを手にした監督&脚本のサラ・ポーリーは開口一番、こうスピーチした。
「最初に“女性(Women)”と“話す(Talking)”という言葉をこんなに近い距離に一緒に置いても、死ぬほど怒らないでくれたアカデミー賞に感謝します」。

ボブ・ディラン風に言うと「時代は変わる」──まさしく新しい世界に向けた硬質のマニフェストとでも呼べる一本だろう。実話を基に、とある閉鎖的なコミュニティで暮らしてきた女性たちの勇気ある選択を描く。ミリアム・トウズ(1964年生まれ、カナダの作家)の同名小説が出版されたのは2018年。これに今回製作と出演を兼ねたフランシス・マクドーマンドが感銘を受けたことで企画が動き始めた。

ハリウッドで#MeToo運動が起こり始めたのは2017年10月だが、本作は映画界の枠を超えて巨大な社会的ムーヴメントとなったフェミニズムの波、女性のエンパワーメントの到達点のひとつとして記憶されていくだろう傑作である。その意味では#MeTooの発火点となったニューヨーク・タイムズの記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーを描いた『SHE SAID/その名を暴け』(2022年/監督:マリア・シュラーダー)と双璧のような映画だ。両作とも製作は「プランBエンターテインメント」。ブラッド・ピット率いる映画会社として知られるが、この流れの立役者は同社の共同社長でプロデューサーのデデ・ガードナーということになる。

物語の舞台は、あるキリスト教一派の村。ここの住人たちは自給自足で生活しており、見渡す限りの農場が広がる中、祈りと信仰が支えるその日常の光景には現代文明の匂いがない。予備知識なしでこの映画を観れば、しばらくはいつの時代設定なのかよくわからないはずだ。

実はこの物語のベースになったのは、南米ボリビアのメノナイトの宗教コミュニティで2005年から2009年にかけて起きた現実の出来事だ。『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の時代設定は2010年。それは劇中、国勢調査の車がやってくるシーンで初めて明示される。

メノナイトはキリスト教アナバプテスト(再洗礼派)──プロテスタントの一派で、質素な独自の生活習慣を持っている。同じ宗派からの分派にアーミッシュがあるが、一般にはアーミッシュのほうが文明やテクノロジーから厳格に距離を置いた19世紀的な生活様式を保っているといわれている。だがこの映画のメノナイトはそこに近い。完全な自給自足で、多くは読み書きの教育も受けていない。それくらい時代と切り離され、「現代」とは隔離された生活を送っている。

原作者のミリアム・トウズ自身がメノナイトの教徒でもあるが、この映画はどこかSF的にも見える世界設計で組み立てられており、舞台となる村を、思考実験を行う寓話空間として作り上げている。この高度な抽象化が本作の肝だ。いわば「ゼロ地点」とでも規定できる、自由や権利の問題と無縁に生きてきた村の女性たちは、未知の可能性そのものでもある。そこから初めての「教育」や「政治」の意識、そしてサラ・ポーリーが言うところの「進歩的な民主主義」が立ち上がってくる展開だ。

構造としてはディスカッションドラマ、あるいはディベート映画といえるもの。ある日、寝室で青年に襲われかけたひとりの少女が声を上げたことで、村の男たちは一斉に逮捕された。実は長年、暗黙の了解として、男たちが就寝中の女性たちに性的な暴行を加えることが慣習となっていたのだ。望まない妊娠をした者もいる。しかしコミュニティの男たちは女性たちの訴えを作り話だと退け、悪魔の仕業なのだと取り合わなかった。

そこでついに村の女性たちは納屋に集合する。自分たちの良き未来を獲得するために、皆で話し合って、これからの行動を決断せねばならない。タイムリミットは男たちが保釈されるまでの2日間──つまり48時間だ。

こうして3つの家族、11人の女性たちが意見を出し合い、主に3つの立場を取る。スカーフェイス(フランシス・マクドーマンド)たちのヤンツ家は「ここにとどまる」=現状維持の保守派。フリーセン家の次女、サロメ(クレア・フォイ)は「残って戦う」=武力闘争派の筆頭。彼女の姉オーナ(ルーニー・マーラ)はコミュニティの男たちの虐待を受けた被害者であり、父の判らぬ子をお腹に宿している。もうひとつの選択は「この場を去る」。ローウェン家のマリチェ(ジェシー・バックリー)などは怒りと諦めの間で揺れる立場だ。以上の3つの道のうち、果たして彼女たちが選択したものは? もちろん個々の中で細かい対立や相違も生じるが、まず「投票」を行うというのが、まさに民主主義の立ち上がりをそのまま構造化しているといえる。

そんな中、キーパーソンとなるこの映画の「黒一点」──唯一会合への参加を許された男性が教師のオーガスト(ベン・ウィショー)だ。彼はオーナと恋愛関係にもあるのだが、この議論の議事録を担当する「書記」となる(原作では、彼の記述がそのまま小説となる語りの形式を採用している)。彼自身は意見を挟まず、目の前で起こっていることをニュートラルに受け止める役。いわば「報道」の担い手だ。また彼は一度このコミュニティを出て、大学で勉強した。コールリッジの早期教育論に影響を受けたことも語る。つまり「教育」の必要性を担当しているポジションといえる。「報道」と「教育」さえあれば、理不尽な暴力や負の連鎖は回避できるという立場のシンボル。そして新しい「男性の役割」を学び直すために、彼はここにいる。

全編、基本的には密室劇。狭い空間のドラマが続くが、サラ・ポーリー監督の演出は見事だ。言うまでもなく、もともとは人気俳優としてスターになった女性である。1979年カナダのトロント生まれ。4歳で子役デビュー。アトム・エゴヤン監督の『スウィート・ヒアアフター』(1997年)や、イザベル・コイシェ監督の『死ぬまでにしたい10のこと』(2003年)などの主演で親しまれつつ、弱冠27歳の時、『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』(2006年)で長編監督デビュー。アルツハイマーの症状に直面する老夫婦の物語を描き、いきなりアカデミー賞脚色賞にノミネートされた。監督第2作のミシェル・ウィリアムズ主演『テイク・ディス・ワルツ』(2011年)ではオリジナル脚本を手がけるなど、並外れた才人ぶりを発揮。続く監督第3作『物語る私たち』(2012年)は、サラが11歳の時に他界した母親ダイアン・ポーリーをめぐるドキュメンタリー。自身の家族の赤裸々な秘密にカメラを向けることで、独自の人間探究を一層深めた。

これまではパーソナルな物語を描いてきたサラ・ポーリーだが、いよいよ『ウーマン・トーキング 私たちの選択』では社会派のスケール感を身につけ、骨太の作家へと一気に飛躍したといえる。続けて彼女とタッグを組む撮影監督のリュック・モンテペリエは、モノクロぎりぎりにまで映像の彩度を極端に落としている。この暗さはコミュニティが置かれている世界像の色彩そのものという感じがした。『ジョーカー』(2019年/監督:トッド・フィリップス)や『TAR/ター』(2022年/監督:トッド・フィールド)などで注目されるアイスランドの作曲家、ヒドゥル・グドナドッティルの音楽も素晴らしい。

音楽の使い方といえば、本作で特に注目してほしい重要なポイントがある。まずは劇中、国勢調査の車が流しており、さらにエンドロールにも使用される1967年の名曲──ザ・モンキーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」だ。日本では忌野清志郎が期間限定で組んだバンド、ザ・タイマーズによるカヴァーでも有名だが、この甘酸っぱいラブソングを恐ろしくアイロニカルに使っている。歌い出しの歌詞はこうだ。

“Oh, I could hide ‘neath the wings of the bluebird as she sings.”
(ああ、彼女が歌うようにさえずる青い鳥の羽に埋もれてたいな)
“The six o’clock alarm would never ring.”
(朝6時の目覚ましなんか鳴らなきゃいいのに)

歌詞の解釈には受け手によって幅があるのだが、忌野清志郎は独自に意味を詰める形で、こう日本語詞で歌っている。
「もう今は、彼女はどこにもいない。朝はやく目覚ましがなっても」──。

そう、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』の文脈で「デイ・ドリーム・ビリーバー」を流すと、完全に「夢が終わって、取り残された男たちの歌」という意味になるのだ。“a homecoming queen”(僕らのクイーン)に対する男の想いを、身勝手な妄想だとして、引っ繰り返して痛烈に風刺しているのである。

繰り返すが、まさに「時代は変わる」だ。我々はいまエポックメイキングな変化の渦中にいる。『ウーマン・トーキング 私たちの選択』はひとつの事件のようなもの。この大きな時代のうねりの中でぜひ体験してほしい。

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

監督・脚本/サラ・ポーリー
出演/ルーニー・マーラ、クレア・フォイ、ジェシー・バックリー、ジュディス・アイヴィ、ベン・ウィショー、フランシス・マクドーマンド
6/2(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開
https://womentalking-movie.jp/

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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