不朽の名作が洒脱でエレガントな英国映画に。『生きる LIVING』
黒澤明の不朽の名作『生きる』が第二次世界大戦後のイギリスを舞台に蘇った。若かりし頃にこの黒澤映画に衝撃を受け、映画が持つそのメッセージに影響されて生きてきたと語るノーベル賞作家カズオ・イシグロが脚本を担当。主演にイギリスの国民的俳優ビル・ナイを迎え、新しい『生きる』を誕生させた。他人がどう思うかではなく、自分が何をすべきか。70年の時を経てもなお、そのメッセージは観るものすべての心に光を灯す。
黒澤明から、カズオ・イシグロへ──。
「生きる」ことを問い直す感動の物語、再び
なんて素晴らしいリメイクだろう。日本映画の偉大なクラシック“IKIRU” ──黒澤明監督の1952年の不朽の名作『生きる』が、極上のイギリス映画に生まれ変わった。脚色を手がけたのはノーベル賞作家のカズオ・イシグロ。『日の名残り』『わたしを離さないで』『忘れられた巨人』など数々の傑作小説で知られ、日英のルーツを持つ彼は黒澤のオリジナルの大ファン。主演を務めるのは英国を代表する名優ビル・ナイだ。もともと今回の企画は、プロデューサーのスティーヴン・ウーリーとイシグロが夕食を共にしていた時、ビル・ナイが立ち寄った席での話から偶発的に始まったのだという。
監督は南アフリカ出身、1983年生まれの若手監督オリヴァー・ハーマナス。『Beauty』(2011年)でカンヌ国際映画祭のクィア・パルムを受賞するなど、世界的に注目される気鋭。こうした充実の座組みにより仕上がった本作『生きる LIVING』は、第95回アカデミー賞で主演男優賞と脚色賞の2部門にノミネート。第76回英国アカデミー賞では英国作品賞、脚色賞、主演男優賞、そして新人賞に当たるライジング・スター賞(エイミー・ルー・ウッド)の4部門にノミネートされた。
まずは日本版のオリジナルから70年経ち、2022年製作の英国版でアレンジされた点に着目したい。驚かされるのは上映時間だ。黒澤の『生きる』は143分の長尺だが、今回の『生きる LIVING』は103分。なんと40分も短くなっている。それでいて内容はオリジナルにほぼ忠実。時代設定もしかり、生真面目な公務員の男性が、短い余命を自覚してから人生の在り方を根本的に問い直す──こういったストーリーラインも概ね同じだ。
オリジナルに多大なリスペクトを示しつつ、そこから英国式のスタイルやマナーへと丁寧に変換。とりわけ主演を務めるビル・ナイの個性に合わせ、各シーンの設計が再検討された。結果、エッセンスを的確に凝縮し、エレガントで簡潔なタッチになった。黒澤の『生きる』は重厚でこってり。対して『生きる LIVING』は洒脱かつソリッド。
全体の構成において、『生きる LIVING』が『生きる』から唯一大きく変更しているのは序盤の流れだ。
舞台は1953年のロンドン。冒頭は当時の記録フィルムが映し出される。戦後復興途上の街を走るロンドンバスや、バーリントン・アーケードの風景──。まもなくレトロな質感のカラー映像はそのままに本編へ入る。
最初に登場するのは、今日から市役所に勤めることになった新入りの青年ピーター(アレックス・シャープ)だ。駅のホームで先輩たちに挨拶すると、共に出社するために蒸気機関車に乗り込む。そして途中の駅から乗ってくるのが、同じ市民課の課長のウィリアムズ(ビル・ナイ)である。いかにもお堅い英国紳士。ロンドン近郊のサリー州イーシャー(比較的裕福な中産階級が住む地域)に自宅を構えるウィリズムは、毎日同じ時間にウォータールー駅まで列車に乗り、勤め先の市役所── “LCC”の略称で知られるロンドン・カウンティ・カウンシル庁舎に通う。
黒澤の映画にこのようなシークエンスはない。『生きる』は一枚のレントゲン写真から始まり、そこに天の声のようなナレーションがかぶさる。
「これは、この物語の主人公の胃袋である。幽門部に胃がんの兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない」──。
『生きる LIVING』のミスター・ウィリアムズも、『生きる』の主人公である市民課の課長・渡辺(志村喬)と同じく、胃がんに侵されていることが発覚する。医師に余命半年と宣告されたウィリアムズは、衝動的に市役所を無断欠勤。初めてやって来た海辺の小さな町のカフェレストランにて、初対面の劇作家サザーランド(トム・バーク)に突然相談を持ちかける。「人生の楽しみ方がわからんのです」と。
かくしてサザーランドに連れられて、慣れない繁華街などに繰り出すウィリアムズ。その際に酒場で歌うのが、スコットランド民謡「ナナカマドの木」だ。原題は“The Rowan Tree(ラウアン・トゥリーの歌)”。ウィリアムズの母方がスコットランド系という設定で、故郷を想う歌を熱唱しながら、彼は涙を流す。ビル・ナイの美声と歌唱力は聞きもの!
この選曲と、「♪命短し、恋せよ乙女」と歌われる『生きる』の「ゴンドラの唄」は、両作のトーンの違いを象徴するポイントかもしれない。
後日、ウィリアムズは市役所を辞めたばかりの元部下、マーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と偶然出くわす。堅物の課長からお茶に誘われて驚くマーガレットだが、彼女は秘かにウィリアムズを「ミスター・ゾンビ」と呼んでいた(『生きる』で渡辺が付けられていたあだ名は「ミイラ」)。それをあくまでジェントルな態度で受け止め、「気に入ったよ」と穏やかに笑うウィリアムズ。やがてふたりはデートのような逢瀬を繰り返す。ケイリー・グラント主演、ハワード・ホークス監督の1949年の米映画『僕は戦争花嫁』を一緒に観に行ったりも。
迫り来る自らの死を自覚してから、単調で退屈な日々をやり過ごしていたウィリアムズは、むしろ「生」に向かって動き出す。やがて『生きる』のナレーションでも語られるように、「死骸も同然」だったお役所人間が、全力でエネルギーを注ぎ込むことのできるひとつの“仕事”を見つけるのだ。そして「ゴンドラの唄」と同じように、「ナナカマドの木」は重要なシーンでもう一度歌われることになる。
映画を観たあと、誰もが自らに問うだろう。もしあと半年しか命がないとしたら、どんなことをする?
こういった本質はオリジナル版もリメイク版もまったく同じ。また官僚主義の批判というテーマも柔らかに受け継ぎ、組織や集団の慣習やルールに埋もれる中、ひとりの個人としてオートマティックな思考停止に陥っていないか――との戒めも投げかける。
『生きる LIVING』は黒澤のメッセージを大切に受け継ぎ、今の時代にあらためて伝える。この映画を観た日から、本当に我々の人生が変わるかもしれない。「生きる」力を奮い立たせる必見の感動作である。
『生きる LIVING』
監督:オリヴァー・ハーマナス
脚本:カズオ・イシグロ
原作:黒澤明 監督作品『生きる』
出演/ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク
3/31(金)より、全国公開
https://ikiru-living-movie.jp/
配給/東宝
©Number 9 Films Living Limited
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito