衝撃コミックをタナダユキ監督が映画化『マイ・ブロークン・マリコ』 | Numero TOKYO
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衝撃コミックをタナダユキ監督が映画化『マイ・ブロークン・マリコ』

鬱屈した日々を送る OL・シイノトモヨは、テレビのニュースで親友・イカガワマリコが亡くなったことを知る。突然の出来事にうろたえるシイノだが、自分ができることを考えた末、マリコの遺骨を強奪して逃亡。彼女の遺骨を抱いて旅に出る―。大反響を呼んだ衝撃コミック『マイ・ブロークン・マリコ』を、原作に惚れ込んだタナダユキ監督が実写映画化。主演には初タッグとなる永野芽郁を迎え、主人公シイノの剝き出しの感情を容赦ない筆致で描き切った。

親友の遺骨を抱いて“ふたりぼっち”の旅に出る──
異色のシスターフッドを描く話題の傑作コミックが鮮烈に映画化

町の中華屋で、勢いよくラーメンを啜っているビジネススーツ姿の女性がいる。彼女の名前はシイノトモヨ(永野芽郁)。ゴリゴリのブラック企業に勤め、鬱屈した日々を送るOLだ。その店に置いてあるテレビのニュースで、彼女は東京都中野区在住の26歳の女性が転落死したことを知る。亡くなったイカガワマリコ(奈緒)は、他ならぬ「あたしのダチ」だった──。

この印象的なシーンで本作『マイ・ブロークン・マリコ』は始まる。原作は2020年に刊行された平庫ワカの同名マンガ(KADOKAWA刊行/初出はCOMIC BRIDGE onlineにて全4回連載、2019年7月16日~12月17日配信分)。「輝け!ブロスコミックアワード2020」大賞を獲得、「このマンガがすごい! 2021オンナ編」第4位にランクイン、さらに第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞するなど、熱狂的な反応を引き起こした話題の傑作コミックだ。

ストーリーは、亡き親友マリコの遺骨を強奪したシイノが、やぶれかぶれで逃亡の旅に出るという、破天荒で豪快、かつ哀切な抒情に満ちたロードムービー的展開を見せる。片方がこの世から去っているという「ふたりの旅」を描く異色のシスターフッド物語だ。

監督を務めたのはタナダユキ。PFFアワードグランプリを受賞した自作自演の自主映画『モル』(2001年)で颯爽と登場してから、『月とチェリー』(2004年)、『赤い文化住宅の初子』(2007年)、『百万円と苦虫女』(2008年)、『ロマンスドール』(2020年)、『浜の朝日の嘘つきどもと』(2021年)など、日本を代表する“女性監督”として先駆的な仕事を幾つも重ねてきた重要な存在である。

「原作を読み終えた瞬間、何かに突き動かされるように、後先も考えず映画化に向けて動き出しました」(公式コメントより)と語るタナダ監督は、自らプロデューサーに働きかけて本作の企画を立ち上げた。その「惚れ込んだ」熱量の通り、原作マンガを極めて大切に扱い、内容はほとんどいじっていない。共同脚本に『俺たちに明日はないッス』(2008年)や『ふがいない僕は空を見た』(2012年)など繰り返し組んでいる名手、向井康介を迎え、原作のエッセンスを丁寧に際立たせながら、最適解の実写映画として立体化させることを試みたように思える。

言い換えると、この映画の核にあるのは、監督と原作の魂の共振なのだ。よって原作に忠実でありながら、まさしく「タナダユキの映画」として屹立していることに驚かされる。永野芽郁がパワフルに、がむしゃらな感情表現で熱演する主人公シイノの猪突猛進なキャラクターは、『モル』や『百万円と苦虫女』などで描かれてきたタナダ的ヒロインの系譜に乗っかる。

そして奈緒が複雑な揺らぎを湛えて体現する親友マリコは、いわゆるトキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)の犠牲者である。父親からの性被害や暴力被害が“負の連鎖”の発端となり、歴代の彼氏からも理不尽な目に遭い続けてきた彼女。そうして壊れてしまったマリコへの愛と、悔しさや怒りに、シイノは突き動かされていく。マリコが行きたがっていた「まりがおか岬」に、ぼろぼろのドクターマーチンを履いて。それは彼女たちが日々受けて暮らす、社会の重力や抑圧に果敢に抗ってみる、ひとつの大きな解放に向けての旅なのかもしれない。

NHKの連続テレビ小説『半分、青い。』(2018年)以来の共演となる永野芽郁と奈緒は、プライベートでも親友同士とのことで、シイノとマリコの唯一無二の絆に豊かな実在感を与える。

また、『ふがいない僕は空を見た』や『ロマンス』(2015年)にも出演し、タナダ監督が絶大な信頼を寄せる窪田正孝をはじめ、尾美としのりや吉田羊といった実力者のキャスト陣がドラマの要所をがちっと固める。エンディングに流れるテーマ曲には、タナダ監督がこよなく愛するバンドだと以前から公言している、Theピーズの2003年発表の名曲「生きのばし」を使用。余韻もまた特別なものになった。

「ううん、マリコ。あんた何も悪かない。あんたの周りの奴らがこぞって、あんたに自分の弱さを押し付けたんだよ」――といった原作からトレースした台詞も、確かな実感が吹き込まれた肉声でエモーショナルに響く。今年(2022年)の7月、カナダのモントリオールで開催されたファンタジア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞した。主題の持つ現代性からいっても、これは間違いなく世界標準の一本だ。

『マイ・ブロークン・マリコ』

脚本・監督/タナダユキ
原作/平庫ワカ
出演/永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊
9月30日(金) より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
https://happinet-phantom.com/mariko/
配給/ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA
© 2022 映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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