北欧の美しい島で過ごす映画監督カップルの物語『ベルイマン島にて』 | Numero TOKYO
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北欧の美しい島で過ごす映画監督カップルの物語『ベルイマン島にて』

今日の巨匠と呼ばれる映画監督たちに多大な影を与えたスウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマン。彼の熱狂的な支持者の一人であるミア・ハンセン=ラブ監督が、ベルイマンの原風景といわれるスウェーデンのフォーレ島を舞台に最新作を撮影。時は現代、映画監督カップルのクリスとトニーは、アメリカからフォーレ島へとやって来た。創作活動も互いの関係にも停滞感を抱いていた二人は、敬愛するベルイマンが数々の傑作を撮ったこの島でひと夏を過ごす……。

フランスの俊英監督、ミア・ハンセン=ラヴが提起する巨匠への批評的な「聖地巡礼」──。
北欧の神秘的な島で紡がれる、映画監督カップルのひと夏の時間

20世紀最大の映画監督のひとりであり、スウェーデンを代表する巨匠、イングマール・ベルイマン(1918年生~2007年没)。彼が愛した北欧の神秘的な島を舞台に紡ぐ、映画監督カップルのひと夏の物語。巨匠へのオマージュ、とはいっても、決して信者的な愛を捧げているわけではない。むしろ固定された歴史的評価を再検討し、旧態依然とした支配的な男性性を批評的に捉え、21世紀の新しい映画や人生、ジェンダーの在り方を模索する試み。いわば世界の映画人にとっての「聖地」に、いまの時代の風を吹かせる――。それがフランスの俊英監督、ミア・ハンセン=ラヴ(1981年生まれ)の最新作(長編7作目)にして傑作『ベルイマン島にて』である。

主人公は映画監督のクリス(ヴィッキー・クリープス)。年長のパートナーであるトニー・サンダース(ティム・ロス)も映画監督だ。彼らは幼いひとり娘をアメリカに置いて、スウェーデンのフォーレ島へとやって来た。創作活動も互いの関係にも停滞感を抱いていた二人は、敬愛するベルイマンが数々の傑作を撮ったこの島でひと夏暮らし、インスピレーションを得ようと考えたのだ。

クリスとトニーは「ベルイマン・エステート」という滞在制度を利用し、ベルイマン財団の人びとから歓迎を受ける。食事を取りながらベルイマンの私生活の話を聞いたり、専用シアターで『叫びとささやき』(1972年)を観て「カタルシスを得られないホラー映画」だなどと語り合ったり。

だがクリスとトニーの心のすれ違いはますます顕在化していく。滞在して数日経ったある日、トニーは財団が企画した自作上映会のトークショーでしゃべったあと、バスでベルイマン映画のロケ地をめぐるサービス「ベルイマン・サファリ」に参加。一方のクリスは、たまたま知り合ったハンプスという映画学校に通う青年と行動を共にし、ベルイマンの墓に案内してもらうのだが……。

ミア・ハンセン=ラヴ監督は、自らの人生に起こったことから映画の着想を得る作家である。例えば『グッバイ・ファーストラブ』(2011年)では自身のティーン時代の体験をもとにホロ苦い初恋模様を綴り、『EDEN/エデン』(2014年)ではクラブDJだった兄を主人公のモデルに20年の栄枯盛衰を描いた。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞した『未来よ こんにちは』(2016年)では共に哲学教師だった両親、特に母親の姿がイザベル・ユペール扮するヒロインに投影されている。

それは今回も同様だ。クリスはまだキャリアが比較的浅く、対してトニー・サンダースは人気監督として地位を築いている。この設定は、ミア・ハンセン=ラヴ自身と、数年前までパートナーだった『夏時間の庭』(2008年)や『パーソナル・ショッパー』(2016年)などのオリヴィエ・アサイヤス(1955年生まれ)を露骨に連想させる(彼は実際に熱心なベルイマン信奉者としても知られる)。そしてこのパートナーシップの軋みを通して、「年長の男性監督」が持つ価値観や生活態度への葛藤や疑念が率直に表出されていく。

もちろん「年長の男性監督」の巨大なシンボルとして本作に据えられているのは、イングマール・ベルイマンだ。彼が生前、9人の子どもたちの子育てを歴代の妻たちに任せ、自分は映画製作にかかりきりだったということを、クリスは容認できない。ベルイマンは「女性映画」と呼ばれる作品をたくさん撮ったが、89年の生涯の間で5度結婚しており、愛人だったリヴ・ウルマンとの間にも娘をもうけている。
周知の通り、現在の映画界では、作品の内容や評価にそぐわないようなプライベートの加害性を抱えた、旧来型の男性映画人たちの矛盾や欺瞞が苛烈に糾弾されつつある。クリスの違和感も、ハリウッドの#MeToo以降の流れに連動する問題といえるだろう。

やがてクリスは新しい脚本を書き始め、その内容が劇中劇として語られていく。それは28歳の映画監督エイミー(ミア・ワシコウスカ)がフォーレ島を訪れ、10年前に別れた初恋の元カレと再会する物語だ。この重層的な入れ子構造によって現実と虚構が入り混じり、だんだん境界が曖昧になっていく――。

クリスに扮するのはヴィッキー・クリープス。ハンセン=ラヴはポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』(2017年)で彼女を“発見”したらしく、自身の分身というべき重要な役柄を託した。トニーには、名優ティム・ロス。そして劇中劇の主人公となるエイミーには、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)などのミア・ワシコウスカ。パーソナルな題材をフィクションの力に昇華する役者陣がいずれも素晴らしい。

『鏡の中にある如く』(1961年)のロケ地として出会い、そこから終生の地となったフォーレ島には、ベルイマンの魂が宿っている。映画史に残る名作の舞台となった建物、晩年を過ごした自宅や縁の品々など、アイコニックな光景は確かに神々しい。だがその威光に眼を眩ませず、果敢にアップデートを試みたのが本作の圧倒的な卓越だ。パステルカラーに彩られた北欧の美しい島に、新しい映画の風が吹く。そして人生は続いていく。

『ベルイマン島にて』

監督・脚本/ミア・ハンセン=ラブ
出演/ヴィッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
4月22日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
bergman-island.jp

配給:キノフィルムズ
© 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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