アピチャッポン・ウィーラセタクンの最新作が公開。映画『MEMORIA メモリア』 | Numero TOKYO
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アピチャッポン・ウィーラセタクンの最新作が公開。映画『MEMORIA メモリア』

映画作家、そして美術作家としても世界的に活躍するアピチャッポン・ウィーラセタクンの最新作『MEMORIA メモリア』が公開。主演にティルダ・スウィントンを迎えて初めてタイ国外で制作され、カンヌ国際映画祭では審査員賞を受賞した話題作だ。

世界を魅了する映画界至高のアーティスト、アピチャッポンが南米コロンビアで撮った最新作。 ティルダ・スウィントンを主演に迎えて贈る、「記憶」をめぐる不思議な旅路

唯一無二の個性で魅了するカリスマ的な映画作家・美術家、アピチャッポン・ウィーラセタクン。1970年にタイの首都バンコクで生まれ、東北部コーンケーンで育ち、現在はチェンマイが拠点。日本にも数多くの信奉者を持ち、多摩美術大学の特任教授も務める。現代アートの世界でもよく知られ、数多くの展覧会と共にインスタレーションや写真を発表。近年は2015年初演の舞台作品『フィーバー・ルーム』(2017年に横浜、2019年に東京でも上演)も手がけるなど、独自のネットワークを広げ、脱境界・脱領域的なアーティスト活動を行っている。 それでもアピチャッポンの特異な作家性が、最も豊穣かつ鮮烈に際立つ表現媒体が映画であることは間違いない。これまでに発表した長篇映画は7本。カンヌ国際映画祭では『ブリスフリー・ユアーズ』(2002年)が「ある視点」部門グランプリ、『トロピカル・マラディ』(2004年)が審査員賞、『ブンミおじさんの森』(2010年)ではパルム・ドールを受賞。そして今回の最新作『MEMORIA メモリア』で審査員賞に輝き、本作で同映画祭4度目の受賞となった。

南米コロンビアが舞台の本作は、監督が初めてタイ国外で制作した作品。アピチャッポン自身が旅でめぐったラテンアメリカの国々の中で、特に魅了されたのがコロンビアだったらしく、この共和国の2つの都市、ボゴタとピハオが映画の舞台になった。劇中の使用言語は英語とスペイン語。
主演に迎えたのはティルダ・スウィントン。作家映画の女神としてデレク・ジャーマンから映画俳優業を始め、ジム・ジャームッシュやウェス・アンダーソンらの作品をサポートしつつ、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)などのハリウッド大作にも出演する。現代映画のキーパーソンといえる彼女が、今回はエグゼクティヴプロデューサーにも名を連ねた。

本作ではアピチャッポン自身が患った「頭内爆発音症候群」から着想を得た記憶の旅路が描かれる。ティルダ・スウィントン扮する主人公ジェシカは、とある明け方、脳内で轟く「ボン!」「ボン!」という不穏な音に襲われる。不眠症を患うようになった彼女は、考古学者アグネス(ジャンヌ・バリバール)や、音響スタジオにサウンド・エンジニアの青年エルナン(フアン・パブロ・ウレゴ)らと交流しながら、原因と解決策を探るが、うまくいかない。やがて川のほとりで魚の鱗取りをしている、同じくエルナンという名の仙人のような男(エルキン・ディアス)と出会い、記憶について語り合う中で、ジェシカの意識と認識に決定的な変容が訪れていく――。

今回のタイトルが直接示すように、アピチャッポンの映画はいつも「記憶(メモリア)」を扱う。それは単なる個人の思い出といった意味にとどまらない。彼が思索する「記憶」は、土地や歴史に刻まれた、あるいは地球や宇宙に内蔵されたハードディスクのようなものでもあり、他者との共有の可能性に賭けられている。よってアピチャッポンの映画は内面=内宇宙の多層をめぐる旅であり、観る者はゆっくりゆっくりと、スクリーンに映された環境や場所と交信するように「世界」の全体性を感受していく。そういった知覚体験を開くアピチャッポンの映画には、アンビエントムービーやスローシネマといった言葉も使われる。

ジェシカという名は、アピチャッポンがこよなく愛するジャック・ターナー監督の最初期のホラー映画『私はゾンビと歩いた!』(1943年)から取られている。「この映画で、ジェシカ・ホランドという砂糖園主の妻は意識朦朧とした状態にあり、夜に聞こえるブードゥーの太鼓の音にどうしようもなく惹かれているのです」とアピチャッポンは公式インタビューで語っている。この『MEMORIA メモリア』では音それ自体の物質的側面、波動や振動がとりわけ重要なものとなる。アピチャッポンは「ジェシカはアンプ、あるいはアンテナ」だと言う。「ジェシカはよく歩き、記憶の層をなぞり、収集する。それから彼女は川のほとりに座って耳を傾けます。そして最後に、彼女は、夜の空気の中に散っていく電波のように消えるのです」――。

もはやSFの位相にまで拡張していく本作には、いかにも南米的なマジック・リアリズムの呪術性や魔術性を見いだすことも可能だろう。だが骨子となる物語は実はシンプルだ。正体不明の「何か」を受信する違和感から始まり、やがて「世界」をありのまま肯定していく道筋と整理できるかもしれない。

「つまるところこの映画は、土地や他者、それから自己と同一化しようとする試みについての映画なのです」(公式インタビューより)。
普段、表面的に眼に見えている光景ばかりが「世界」の正体ではない。アピチャッポンが感知させてくれる「世界」を体験する旅に私たちも出かけよう。

『MEMORIA メモリア』

監督・脚本/アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演/ティルダ・スウィントン、エルキン・ディアス、ジャンヌ・バリバール
2022年3月4日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷にて公開中
finefilms.co.jp/memoria/

配給:ファインフィルムズ
© Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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