イランから新しい才能が誕生。映画『白い牛のバラッド』 | Numero TOKYO
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イランから新しい才能が誕生。映画『白い牛のバラッド』

カンヌ国際映画祭の常連監督であるアスガー・ファルハディらを輩出し、世界的に注目を集める中東のイランから届いた意欲作『白い牛のバラッド』。ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダムの共同監督作品で、俳優として長いキャリアを持つモガッダムが主演を兼任。女性差別的な法律や風習が残るイランの現状を描き出す。

自国イランでは上映中止。冤罪で夫を死刑にされたシングルマザーの運命は?
主演と監督を兼ねる女性が現代も残るタブーに斬り込んだ社会派ドラマの傑作

イランから衝撃の映画がやってきた。冤罪の汚名を着せられた夫を死刑で失い、聾唖の幼い娘を育てながら生活するシングルマザーの運命と選択を描く。死刑制度、女性差別的な法律や風習など、イラン社会並びに現在も世界の至るところに残る不条理やタブーに深く斬り込んだ傑作ドラマ――それが主演のマリヤム・モガッダム(1970年生まれ)が共同監督も兼任した『白い牛のバラッド』だ。

モガッダムと共に監督・脚本を務めたのは、ベタシュ・サナイハ(1978年生まれ)。イランではファジル国際映画祭で数回上映された以降、政府の検閲により劇場公開の許可が下りず、自国では上映中止となった。だが国外では第71回(2021年)ベルリン国際映画祭で正式上映されたほか、スペインのバリャドリッド国際映画祭で新人監督賞を受賞するなど、数多くの映画祭で絶賛を受けている。

物語の舞台はイランの首都テヘラン。牛乳工場で働きながら、耳の聞こえない7歳の娘ビタを育てるミナ(マリヤム・モダッガム)は、一年前に夫のババクを殺人罪で死刑に処せられた。だが突然、裁判所から信じがたい事実を告げられる。殺人事件の真犯人が別に見つかったというのだ。賠償金が支払われると聞いても、無実の罪を極刑で裁かれた夫はもう帰ってこない。やり場のない苛立ちと哀しみに襲われるミナの前に、亡き夫の友人を名乗る謎の男レザ(アリレザ・サニファル)が現われるのだが……。

サスペンスの要素もあるが、作劇は実のところシンプル。やがてミナとビタ、レザの三人は親密な関係を結んでいくが、レザの抱える“ある秘密”が明かされることで、懲罰的な法制度が孕む理不尽さや人間性の軽視、冤罪のリスクといった問題をストレートに突きつける。

人権意識の高まりと共に、いま死刑制度は世界的にどんどん減少傾向にある。欧州連合(EU)はすでに廃止。米国をはじめ、日本も含むアジア諸国、そして中東などには死刑制度が残っている国も多いが、全体的には死刑を容認している国は少数派になっている。

そんななか、イランは死刑執行数世界第2位の現状(1位は中国)。本作『白い牛のバラッド』にはコーラン「雌牛の章」の引用がある。この聖典には「眼には眼を」という定理があり、だからイスラム教徒の多い国では死刑と宗教の教義が強く結びついているという文化背景がある(ただし「眼には眼を」は、人は犯した罪と同程度の処罰を受けねばならないという報復律であると共に、それ以上の反撃はするな、という制限法でもある)。劇中、白い雌牛が刑務所の中に拘束されているイメージショットが挿入されるが、これはミナや彼女の夫だけでなく、誰もがシステムの犠牲者(生贄)になり得る、といった告発のシンボリックな表象ではなかろうか。

主演・監督のマリヤム・モガッダムは、子供の頃に父親を政治犯として処刑された経験を持ち、主人公のミナは自身の母親からインスピレーションを受けて描いたらしい(実際に母の名前も「ミナ」)。

例えばイランの人気監督であるアスガー・ファルハディは、第74回(2021年)カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた『英雄の証明』(4/1より日本公開)でも、本筋を邪魔しないバランスで死刑制度の問題をさりげなく入れ込む。彼は国内でも上映されるように、社会風刺において合法ぎりぎりのラインを探っているタイプだろう。一方、モガッダムが役者として出演した『閉ざされたカーテン』(2013年)のジャファール・パナヒ監督は、『オフサイド・ガールズ』(2006年)がイラン体制を批判するものとして上映禁止になったあと、当局から20年間の映画製作禁止を命じられながら、決死のゲリラ的戦法で『これは映画ではない』(2011年)や『人生タクシー』(2015年)などといった傑作を国外に向けて放った。意欲的なイランの映画作家たちは、厳しい政治的抑圧のもとで各々の闘いを強いられているといえる。だが、それだからこそ作品に込められた熱量は高い。

もちろん『白い牛のバラッド』も、語りのタッチこそ慎ましく簡素ながら、現代社会に問題提起を投げかけるエネルギーは凄まじい。また同時に、ディテールまで考え抜かれた細やかな描写の力が光る。観る者によって解釈が分かれるであろうラストも、一方的な「答え」ではなく多様な「議論」を生むものとして設計されたのは間違いない。

マリヤム・モガッダム監督は、死刑はさらなる暴力の連鎖を生む制度だとインタビューで語っている。だが世界の流れと逆行するように、日本では死刑を支持する声がむしろ増えている。死刑制度について内閣府が5年に1度実施している世論調査によると、2020年1月の時点で、「死刑もやむを得ない」と容認する割合は80.8%で前回より0.5ポイント増加、4回連続で8割を超えた。「廃止すべきだ」と答えた人は9.0%で、前回より0.7ポイント減少。そこに罪と償い、個とシステムにまつわる思考や想像力はどれくらい働いているのだろうか? この映画が私たちに問いかけるテーマはあまりに大きい。

『白い牛のバラッド』

監督/ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演/マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム
2月18日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
longride.jp/whitecow/

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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