実力派たちがおくる希望と再生の物語。映画『前科者』 | Numero TOKYO
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実力派たちがおくる希望と再生の物語。映画『前科者』

有村架純、森田剛ら実力派キャストが揃った映画『前科者』。有村演じる阿川佳代は、犯罪者の更生を助ける保護司。人生につまずいた者たちに寄り添い、彼らの未来を救おうとしている。あるとき、森田演じる、殺人を犯した工藤誠の担当になるが、彼は社会復帰の一歩手前で姿を消してしまう……。(森田剛のインタビューは『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年3月号で読めます!)

社会から疎外された者たちが生き直す、セカンドチャンスの意義を真摯に問う──。
有村架純×森田剛をはじめ、実力者たちの競演でおくる希望と再生の物語

「保護司」という仕事をご存じだろうか。犯罪や非行に走った者の更生を手助けする非常勤の国家公務員。だが給与はなく、有志による民間のボランティアによって成り立っている。

この映画『前科者』のヒロインは、その保護司の女性だ。香川まさひと原作、月島冬二作画の同名人気コミックをもとに、『二重生活』(2016年)や『あゝ、荒野』(2017年)の岸善幸監督がオリジナルストーリーを紡いだ。描かれるのは、ひとつの事件や悲劇を共有しながら、その後の「道」が分かれた者たちの物語。苛酷な因縁で結ばれた人間たちの生き様や邂逅を通し、私たちが選択すべき最良の「道」とは何か、負の連鎖を食い止める可能性とは──といった主題を、真摯に探っていく社会派ヒューマンドラマである。

ヒロイン役は有村架純。彼女が演じる28歳の女性──保護司を務める阿川佳代は、ある種、絵に描いたような「理想」を掲げて行動する女性だ。いつも自転車を愛用する彼女は、今日も会社を無断欠勤した保護観察対象者の女性のアパートに乗り込み、毅然とした態度で「会社に行きましょう」と諭す。「先生」と呼ばれる身でもあるが、この仕事に報酬はないため、コンビニのバイト店員として生活費を稼ぎながら古屋で慎ましく暮らしている。ひっつめ髪に眼鏡の飾り気のない姿で、他者の社会復帰のために無償の愛と情熱を捧げる日々だ。

そんな阿川佳代が担当しているひとりで、とりわけ親身になっている対象者が工藤誠である。殺人罪を起こして逮捕された彼は、仮釈放を受けて保護観察の対象になった。普段の彼は穏やかで、自動車修理工場で黙々と懸命に働いている。この複雑で繊細なキャラクターを鮮烈に演じるのは、森田剛。

おそらく傍目からは、工藤は誠実で生真面目な好人物にしか映らないだろう。出所直後、牛丼チェーン店で並盛に紅ショウガを乗せて食べるシーンは、山田洋次監督の名作『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)で高倉健が演じた網走帰りの男を連想させる。そのあと阿川の自宅で彼女お手製の牛丼を差し出され、そちらも綺麗に平らげる姿など微笑ましい。

だが工藤にはあまりにも痛ましく苛酷な過去がある。少年時代、義理の父親から虐待を受け続け、目の前で母親を殺害された。児童養護施設に引き取られたが、やがて殺人罪を起こして逮捕。工藤は左耳に補聴器をつけている。彼が殺害した工場の先輩に平手打ちされたことが原因で、聴覚が潰れたのだ。「キーン!」というノイズ音が工藤の左耳を襲うとき、彼は悪い感情に支配される危険な状態に入ってしまうようだ。

やがて、更生を目指していた工藤は、ある出会いから暗い情念に引きずられていくのだが──。

果たして徹底的な疎外を受けた者に生き直す機会──社会の真っ当な「道」に戻るセカンドチャンスはあるのだろうか?

難しい現実に直面しながら、葛藤と苦悩を重ねる阿川佳代の周りをさまざまな人物が取り巻く。中学時代の初恋の相手であり、いまは刑事となった滝本真司(磯村勇斗)。佳代に絶大な信頼を寄せる元受刑者の斉藤みどり(石橋静河)。東京保護観察所の保護観察官であり、佳代を優しく指導する高松直治(北村有起哉)。

まさしく傑出した映画デビュー作『二重生活』が示したように、岸善幸監督は表層の奥にある重層性を人間探究のポイントに置く。もうひとつ特徴的なのは、社会のボトムへの視座。『あゝ、荒野』では下層から湧き上がるエネルギーに焦点を当てたが、『前科者』では底辺の重圧に挫けてしまいそうな者の悲哀と壮絶を注視する。

人間の歴史の中で繰り返される悪循環──それを断ち切るために、復讐の魔力に立ち向かう更生の可能性を等身大で育てよう。こういった思考と模索が『前科者』の核心ではないか。私たちは「理想」を捨てたら終わりだ。愚直なまでの奮闘を見せる阿川佳代の姿を通して、この映画の肯定と未来の可能性に向かおうとする意思が伝わってくる。役者陣それぞれの熱演が何より素晴らしい。

なお昨年WOWOWのオリジナルドラマとして放送された、映画版の前日談に当たる阿川佳代が保護司になったばかりの頃の物語『前科者-新米保護司・阿川佳代-』(全6話)が1月29日(土)WOWOWで一挙再放送。WOWOWオンデマンドとAmazon Prime Videoでも配信中なので、ぜひ映画と併せてご覧いただきたい。

『前科者』

監督・脚本・編集:岸善幸
出演:有村架純、磯村勇斗、若葉竜也、マキタスポーツ、石橋静河、北村有起哉、宇野祥平、リリー・フランキー、木村多江/森田剛
2022年1月28日(金)より、全国公開
zenkamono-movie.jp

配給:日活・ WOWOW
©2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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