台湾ニューシネマはなぜ生まれたのか。映画『HHH:侯孝賢 デジタルリマスター版』 | Numero TOKYO
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台湾ニューシネマはなぜ生まれたのか。映画『HHH:侯孝賢 デジタルリマスター版』

台湾ニューシネマをフランスに紹介してきたオリヴィエ・アサイヤス監督が台湾を訪れ、素顔のホウ・シャオシェン監督に迫った伝説のドキュメンタリー映画『HHH:侯孝賢』。デジタルリマスター版となって劇場初公開となる。

創作の秘密から、カラオケで熱唱する姿まで! 台湾の巨匠ホウ・シャオシェンに、フランスの名匠オリヴィエ・アサイヤスが迫った伝説の“監督×監督”ドキュメンタリー

台湾を代表する映画監督、ホウ・シャオシェン(候孝賢)の素顔に、フランスのオリヴィエ・アサイヤス監督が迫る――。この1997年に発表された鬼才同士による貴重なドキュメンタリー『HHH:候孝賢』が、24年の歳月を経てデジタルリマスター版として蘇った。世界の巨匠たちに映画監督がインタビューを行う仏の伝説的テレビシリーズ『われらの時代の映画』(Cinéma, de notre temps)――もともとは『われらの時代のシネアストたち』(Cinéastes de notre temps)とのタイトルで知られる番組で、批評家のアンドレ・S・ラバルトの企画で1964年から中断を挟んで40年以上も続いた――の中で撮られたもので、「ひとりのアーティストのポートレイトとして、ホウ・シャオシェンという人間その人、友人としての彼をおさめたかった」とアサイヤスが語る珠玉の一本。今回、初めての劇場ロードショー公開となる。

1947年生まれのホウ・シャオシェンは当時50歳。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(1998年)の脚本を執筆中の頃で、脚本の手書きの第一稿も画面に映る。一方のアサイヤスは1955年生まれで当時42歳。香港出身のマギー・チャン(98年に結婚、01年に離婚)主演作『イルマ・ヴェップ』(1996年)を発表したばかりの頃だ。アサイヤスはもともと『カイエ・デュ・シネマ』に寄稿する映画批評家としてキャリアをスタートし、香港映画への注目を挟んで台湾映画の新しい波に出会った。それが1980年代から90年代、「台湾ニューシネマ」と呼ばれる尖鋭的な若手監督たちが放った作家性の強い映画群である。その動きの中核にいた“二強”的存在がエドワード・ヤン(楊徳昌)とホウ・シャオシェンであり、台湾映画がヨーロッパや日本を中心に国際的に評価されていくきっかけとなった。

本作ではまず『童年往事 時の流れ』(1985年)の話から始まり、ホウ・シャオシェンとオリヴィエ・アサイヤスは、『冬冬の夏休み』(1984年)、『悲情城市』(1989年)、『戯夢人生』(1993年)、『憂鬱な楽園』(1996年)などの話をしながら、鳳山、九份、金瓜石、平渓、台北をめぐっていく。バスに乗り、食事をして、街を歩き回る。撮影は『イルマ・ヴェップ』や『クリーン』(2004年)などでアサイヤスと組み、のちに是枝裕和監督の『真実』(2019年)も手がける名手エリック・ゴーティエだ。

インタビューではホウ・シャオシェンにゆかりの深い面々が率直な言葉を聞かせてくれる。1982年に台北のカフェで出会って以来、ホウ・シャオシェン作品に欠かせない脚本家となった創作のうえでの重要なパートナーであるチュウ・ティェンウェン(朱天文)。ちなみに今年(2021年)4月には、人気作家でもある彼女のエッセイ集『候孝賢と私の台湾ニューシネマ』(竹書房)が刊行された。そして主に脚本家・俳優として台湾ニューシネマに深く関わったウー・ニェンチェン(呉念真)や、アサイヤスに台湾ニューシネマを教えた映画評論家のチェン・グオフー(陳国富)など。

もちろんホウ・シャオシェン自身も、信頼するアサイヤス相手に親密な態度でいろいろな話を続ける。中国・広東省から台湾へ移住した家族のこと。『風櫃(フンクイ)の少年』(1983年)で描かれているような不良少年だったという青春期の思い出から、映画監督への道に入っていく流れのこと。また当時の台湾の映画業界や政治状況についての発言も、今となってはさらに興味深い。1997年、中国への香港返還という転換期の影響を台湾も大きく受けている時代である。

© Eric Gautier
© Eric Gautier

そんななか、「候孝賢スタイル」はいかにして出来上がっていったか?――という表現の秘密も垣間見られる。例えば『冬冬の夏休み』を撮る前、エドワード・ヤンの家で、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『アポロンの地獄』(1967年)を観て示唆を受けたという秘話などはとりわけ印象に残る。白眉は最後のシーン。俳優・音楽のリン・チャン(林強)や俳優のガオ・ジエ(高捷)ら『憂鬱な楽園』チームでカラオケに興じているところ、ホウ・シャオシェンはこんなことを語るのだ。「現代の男性はどんどん中性化していて、今後は女性が絶対に強くなる。世界が変わるよ」――。極めて予見的な発言だが、それでも監督は「私はオス的な世界に憧れる」と男性性へのこだわりを表明する。そして締めには、なんとカラオケで長渕剛の『乾杯』の中国語ヴァージョンを熱唱! この思わず笑ってしまう超レアシーンだけでも必見である。

『HHH:侯孝賢 デジタルリマスター版』

監督/オリヴィエ・アサイヤス
撮影監督/エリック・ゴーティエ
出演/ホウ・シャオシェン(侯孝賢)、チュウ・ティェンウェン(朱天文)、ウー・ニェンチェン(呉念真)、チェン・グオフー(陳国富)
2021年9月25日(土)より、新宿K’s cinemaほか全国順次公開
hhh-movie.com

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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