アルマ・ホドロフスキーの魅力が弾ける青春音楽映画『ショック・ドゥ・フューチャー』
1970年代後半、シンセサイザーやリズムマシン、シーケンサーなどの電⼦楽器が普及し始め、⽇本でもYMOが結成された頃。エレクトロ・ミュージックの世界的な人気爆発前夜のパリを舞台に、電子楽器に魅せられた若き女性ミュージシャンと音楽業界を描いた映画『ショック・ドゥ・フューチャー』が公開中。音楽映画としても、青春映画としても楽しめる一本だ。
1978年、パリ。ひとりの女性が小さな部屋から音楽の「未来」をつかむ――。 エレクトロミュージックの黎明期という新しい時代の到来を描いた音楽青春映画の傑作!
オープニングシーン。でっかい音楽機材が置かれたアパートメントの一室で、フランスの天才ディスコメイカー、セローンの名曲『スーパーネイチャー』(1977年)に合わせて若い女性が踊る。このヒロインはミュージシャンのアナ。演じるのは、あのアレハンドロ・ホドロフスキー監督の孫娘であり、『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)への出演などでも知られるアルマ・ホドロフスキーだ。彼女はまもなくニューヨーク・パンクの女王、パティ・スミスのデビューアルバム『ホーセス』(1975年)のレコードをラックに仕舞う。部屋の壁にはジャン=リュック・ゴダール監督の前衛映画『パート2(Numéro deux)』(1975年)のポスターが貼ってある――。1978年のパリを舞台にしたこの2019年のフランス映画『ショック・ドゥ・フューチャー』は、ほぼひとつの部屋の中のみで展開するミニマムな構成を取りつつ、電子音楽――エレクトロ・ミュージックの黎明期という新しい時代の到来を象徴的に描いた傑作だ。CMの作曲仕事を依頼されたアナは、部屋ごと貸してもらった大型システム・シンセザイザーや、日本製であるローランドのリズムマシン「CR-78」を使って、“楽器なしのディスコ”という独自のイメージを具現化するべく、クライアントが要求する翌日の朝までに一曲を仕上げようとする。
監督・製作・脚本・音楽を兼任するのは音楽ユニット「ヌーヴェル・ヴァーグ」のメンバーであるマーク・コリン。これまでジュリー・デルピー監督・主演の『パリ、恋人たちの2日間』(2007年)のサントラに参加するなど、映画にも関わり深かった彼が、本作で念願の監督デビュー。まず際立っているのは、マニアックかつ愛情あふれる電子音楽へのオマージュぶりだ。
アナに音楽的なインスパイアを与えるべく、謎めいたレコードコレクターの男(ジェフリー・キャリー)が部屋を訪れるシーンなど特に面白い。「レコードの真の聖地は東京だ。あそこはヤバい!」という必殺の台詞も吐く彼は、「とっておきを持ってきたぞ」と、自分がディグしてきた新しいお宝を披露する。ロンドンからは「ライヴがすごい」と評される元祖インダストリアル・バンド、スロッビング・グリッスルの『ユナイテッド』(1978年)。ベルギーからは「完全にクレイジーなバンド」だと語られるアクサク・マブールの『偏頭痛の為の11のダンス療法』(1977年)。そしてニューヨークからは、スーサイドの『フランキー・ティアドロップ』(1977年)を紹介するのだが、アナに「好みじゃない。この声ダサくない? ロックっぽいし、50年代っぽいのもダメ」と酷評されるのが可笑しい。
そんなアナが最も気に入り、刺激を受けるのが、1980年代にシンセポップの代表格として一世風靡する英国シェフィールド出身のユニット、ヒューマン・リーグの前身に当たる「ザ・フューチャー」のラフな音源だ。つまり、アナはまさに「未来」の音楽――これから生まれてくる“フューチャー・ミュージック”を創造しようとしているのである。
時間がない中で悪戦苦闘するアナだが、彼女を救うのは、途中で部屋に現われるクララ(クララ・ルチアーニ)という女性シンガーだ。彼女たちの連帯――つまりシスターフッドの共闘により、ついにアナが理想とする音の形が立ち上がっていく。ここにはいかにも旧ロック的な、男性優位の音楽業界への風刺の目もあったりするのだ。
「私は未知に挑戦する」と喝破するアナは、ヒラリー・クリントンの有名な言葉を借りれば、ポップ・ミュージックの文化史における「ガラスの天井」を破った偉大なパイオニアたちへの敬意を結晶させたキャラクターだろう。本作では「電子音楽の創生と普及を担った女性先駆者たちに捧ぐ」として、最後に重要な名前の数々がテロップで列記されるのを見逃さないでいただきたい!
『ショック・ドゥ・フューチャー』
監督・製作・脚本・音楽/マーク・コリン
出演/アルマ・ホドロフスキー、フィリップ・ルボ、クララ・ルチアーニ
8月27日(金)より新宿シネマカリテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
chocfuturjp.com
© 2019 Nebo Productions – The Perfect Kiss Films – Sogni Vera Films
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito