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歴史的プロジェクトの映画化第二弾!『DAU. 退行』

ロシア本国では上映禁止となった問題作が日本で劇場公開される。それがモスクワ出身の奇才、イリヤ・フルジャノフスキー監督(1975年生まれ)による破格の企画から生まれたシリーズ第二弾映画『DAU. 退行』だ。

「ソ連全体主義」を現代に再現する異色のリアリティドラマ!?
20世紀を総括する破格のプロジェクト『DAU』シリーズの第二弾が降臨!

この「破格の企画」――『DAU』プロジェクトとは、2007年からスタートした約14年にもおよぶ前代未聞の長期計画を指す。「史上最も狂った映画撮影!」(英ザ・テレグラフ)など数々の謎めいた話題を呼びつつ、2019年1月にはフランスのポンピドゥー・センター、パリ市立劇場やシャトレ座でインスタレーションを実施し、まずはアート作品としてお披露目した。

そして「映画」としてパッケージングされた劇場版第一弾『DAU.ナターシャ』(共同監督:エカテリーナ・エルテリ)は、2020年2月、第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、銀熊賞(芸術貢献賞)を獲得。日本では本年(2021年)2月27日から劇場公開され、異例のスマッシュヒットを記録した。そして第二弾『DAU.退行』は、同じベルリン国際映画祭のベルリナーレ・スペシャル部門でワールドプレミア上映されたもの。ダンテの長編叙事詩『神曲』の地獄篇になぞらえた全9章仕立てになっており、上映時間はなんと6時間9分(369分)!

ではいったい、『DAU』プロジェクトとは何なのか?
それは21世紀の現代に、ロシアの旧ソヴィエト社会主義共和国連邦時代――20世紀の「ソ連全体主義」の社会を完全再現しようと試みた歴史的シミュレーション空間である。

まずはウクライナの都市ハリコフに、ノーベル賞に輝くユダヤ系の理論物理学者、レフ・ランダウ(1908年生~68年没)が勤めていた大規模な研究施設を巨大セットで再現。廃墟化していた水のないプールの敷地内に建設した「物理工学研究所」の中に、オーディションで選ばれたキャストたちを集めて、なんと実際に暮らしてもらった。しかも徹底した時代考証の中で、当時の「ソ連人」になりきって。

キャストは基本的に素人ばかり。制作側の発表によれば主要キャストは400人。エキストラも含めて総数10,400人、オーディション参加人数は39.2万人という容易には飲み込めない数字が出ている。彼らが当時の衣裳を身にまとい、ソ連的様式で生活していく日々の中、撮影のスケジュールが組み込まれる。脚本らしい脚本はなく、演技は原則としてすべて即興。それが2009年10月から2011年11月まで約2年間続き、撮影にはデジタルではなく35mmフィルムが使用された。

第一弾『DAU.ナターシャ』が描き出したのは、スターリン独裁体制下末期の1952年。今回の続編『DAU.退行』では、そこから十数年経過した1966~68年が舞台となる。
当時のソ連はいったいどんな状況か? まずは1953年のスターリン死去、1956年の共産党の第一書記だったフルシチョフによるスターリン批判により、アメリカなど西側との平和共存路線へと転換。「雪どけ」と呼ばれる自由化・規制緩和の時期を迎えた。だがそれはあくまで一時的なもので、フルシチョフ時代からブレジネフ時代に移った1964年から再び米ソ対立を強める。1968年にはチェコスコバキアの民主化運動――「プラハの春」に軍事介入して国際的な批判を浴びるという激しい混乱期が背景にある。

前作では物理工学研究所に併設されたカフェのウェイトレスである40代の女性、ナターシャの視点で進行されたが、この続編では研究所の内部に入り込む。ここでは年老いた天才科学者レフ・ランダウのもとで、研究者たちによる「超人」を作るための奇妙な実験が行われている。

2時間25分(145分)にまとめられた『DAU.ナターシャ』が序章に思えるほど、『DAU.退行』は同じ主題の本格展開といった趣の大群像劇だ。所内はフルシチョフ時代の「雪どけ」を経由したことで西欧文化が流れ込んでおり、西側のヒッピー文化と共振するような自由で退廃した空気が流れている。その堕落や腐敗を正すために、前作にも登場したソヴィエト国家保安委員会の犯罪捜査の上級役員である、KGB調査官のウラジーミル・アジッポ(演者もKGB職員)が派遣されてくる――。

こうしてアジッポによる恐怖政治が再び立ち上がっていくのだが、この様相をひと言でいうと「スターリン主義への退化」だ。そこには国家権力と、愛国者を自称する若者たちによる過激派グループが手を組み、暴力的様相が加速していくさまが生々しく刻まれている。
本作では冒頭にこういったナレーションが流れる。「共産主義は信仰だ。マルクス、レーニン、スターリンへの信仰、メシア思想の宗教だ。(中略)この宗教は進化のために退化せざるを得ず、革命のために破壊せざるを得ない」――。

この傑作(並びに『DAU』プロジェクト)の核となる主題は「システムの悪」だろう。われわれと同じ現代人が当時のソ連国民になりきって生活する人工空間。フィルムの中には、この巨大なジオラマ、もしくはテーマパークに敷かれたシステムに沿って、その特定のコードに人間性が自動的に染まっていくさまが記録されている。これは「史実の再現」ではない。歴史上と同じ「環境」を作り、その中で人間たちはいかに蠢くか。一種の生体実験であり、自由と制度を根源的に問う異色のリアリティドラマともいえる。

イリヤ・フルジャノフスキー監督が呼び起こしていく「ソ連の記憶」の中では、差別や性的搾取、優生学、疑似科学や陰謀論など、今の時代に至っても常に点滅を繰り返している諸問題が集団内に渦巻いてくる。こういう“終わったはずの危険思想”へと安易に「退行」してしまうことは、われわれが普遍的に抱える罠でもあるのだ。ハードな長尺だが、ドラマのミニシリーズを一気観する感覚でぜひ全身を浸していただきたい。

『DAU. 退行』

監督・脚本/イリヤ・フルジャノフスキー、イリヤ・ペルミャコフ
出演/ウラジーミル・アジッポ、ドミートリー・カレージン、オリガ・シカバルニャ、アレクセイ・ブリノフ
2021年8月28日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて公開
transformer.co.jp/m/dau.degeneration/

© PHENOMEN FILMS

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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