新しい年を迎える前に必見! タイ映画『ハッピー・オールド・イヤー』
留学先のスウェーデンでミニマルなライフスタイルを学んで帰国したデザイナーのジーン。彼女はある日、家をリフォームしてデザイン事務所にするべく、断捨離を開始する。迷わず、思い出に浸らず、感情に溺れず……彼女は断捨離を遂行して晴れて新しい年を迎えられるのか!? 共感間違いなしのタイ映画『ハッピー・オールド・イヤー』がいよいよ日本でも公開される。
等身大のヒロインが経験する「断捨離+α」のイニシエーション――。 洗練と共感に満ちた新しい時代の青春映画がタイからやってきた
タイ映画のニューウェイヴ――いや、波より「風」と呼んだほうがふさわしい新しい時代の動きを、いよいよわれわれもしっかりキャッチできる機会がやって来たようだ。日本でも2018年に公開され、スマッシュヒットを記録した傑作『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年/監督:ナタウット・プーンピリヤ)の人気映画製作スタジオ「GDH559」と、同作で鮮烈なデビューを果たした主演女優チュティモン・ジョンジャルーンスックジンが再びタッグを組んだ話題作。監督は『マリー・イズ・ハッピー』(2013年)や『フリーランス』(2015年)など世界中の映画祭で注目されている1984年生まれの気鋭ナワポン・タムロンラタナリット。彼の長編7作目となる本作は今年(2020年)3月、第15回大阪アジアン映画祭でグランプリを受賞。その洗練された作風と共感度の高い内容が大きな反響を呼び、タムロンラタナリットの作品としては初の日本ロードショー公開となる。テーマは「断捨離」だ。タイ・バンコクで暮らすデザイナーのジーン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)は、自宅をデザイン事務所に替えるための大胆なリフォームに取り組もうとしている。彼女は留学先のスウェーデンで、北欧流のミニマルなライフスタイルを学んで帰国したのだ。彼女いわく「ミニマルスタイルは仏教に通じる。いろんな執着を捨てて手放すの」等々──。
しかし実のところ、現状のジーンの自宅は大量のモノだらけ。母親は出て行った父親との想い出が詰まったピアノなど、身の回りの品を処分することに大反対だ。自作の服をネット販売している兄はリフォーム自体にピンと来ておらず、「破壊王サノスかよ」なんてジーンをからかう。
それでもジーンは友人ピンク(パッチャー・キットチャイジャルーン)の助けを借りて作業を進め、まもなくモノを「捨てる」よりも、なるだけ元の持ち主に「返す」ことを思いつく。洋服、レコードやCD、楽器、アルバムなど――その中には元カレのエム(サニー・スワンメーターノン)に借りたままのカメラもあった……。
シンプルな白シャツと濃いネイビーのワイドパンツを、まるで制服のようにいつも着用しているジーンは、かなり典型的に“形から入っている”ミニマリスト志願者である。彼女は北欧カルチャーの影響を強く受けているわけだが、同時にこの映画自体には世界的な「こんまりブーム」も反映されている。近藤麻理恵の著作『人生がときめく片づけの魔法』のタイ語版や、2019年初頭からNetflixで配信されているリアリティ番組『Kon Mari~人生がときめく片づけの魔法~』がチラッと出てきたり──。だがやがてジーンはモノと人間の感情の結びつきを痛切に実感していくなかで、断捨離の「その先」へと人生の考察を進めるのだ。
モノを整理してくことで、それにまつわる記憶が呼び起こされ、部屋は片付いていくのにジーンの心は複雑に乱れていく。そこで「何を捨てて、何を取っておく?」という断捨離に必要なステップが、より本質的な問い掛けへと深まり、ある種の哲学的な営為としてジーンに一つの成長を促す。
これは年の瀬から新年にかけての物語。等身大のヒロインがイニシエーション(通過儀礼)のように経験する「断捨離+α」は、人生の新たなスタートを切るための儀式となる。この映画を楽しんだわれわれも、自分にとって何が本当に大切なものか、あらためて確認したくなるはずだ。
『ハッピー・オールド・イヤー』
監督・脚本・プロデューサー/ナワポン・タムロンラタナリット
出演/チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、サニー・スワンメーターノン、サリカー・サートシンスパー、ティラワット・ゴーサワン
12/11(金)より、シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
zaziefilms.com/happyoldyear/
配給:ザジフィルムズ、マクザム
© 2019 GDH 559 Co., Ltd.
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito