新しい時代をつくる映画を見逃すな!『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』
映画の後半部で60分の3Dワンシーン・ワンカット! いま全世界が最も熱く注目するアートシネマの新鋭がおくる『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』。中国第八世代の旗手、ビー・ガン監督のミステリアスで官能的な映像世界だ。
2Dから3Dへ。中国の新鋭による新しい映像世界を体感せよ
近年、成長著しいのが中国の映画市場および映画界だ。急速な経済成長とともにマーケット規模をぐんぐん拡大してきたこの超大国は、1930年代前後に上海が「東洋のハリウッド」と呼ばれた以来の隆盛を迎えようとしている。 もっとも政府による検閲制度などのせいで、内容や海外映画の輸入・上映には制限が厳しく、ヒットするエンタメ路線は国産映画に集中しているのが現状だ。その一方、国際的にも通用するアートシネマの分野で、期待の若手No.1に立っているのがビー・ガン監督である。2015年、インディペンデント長篇映画『凱里ブルース』でロカルノ国際映画祭新進監督賞、ナント三大陸映画祭熱気球賞などを受賞し、衝撃的なデビューを飾った。1989年生まれで、例えばグザヴィエ・ドランなどと同い年。フランスの映画プロデューサー、ピエール・リシェントは遺稿となるコラムで、このビー・ガンと、29歳の若さで亡くなった『象は静かに座っている』(2018年)の故フー・ボーに映画の未来を察知し、中国映画の「第八世代」が産声をあげたと記した。
そして今回、ビー・ガンの正式な日本初上陸となる作品が、彼の長篇第2作『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』だ。本作は2018年のカンヌ国際映画祭ある視点部門でワールドプレミア上映された後、世界各国の有名映画祭に続々招待。中国本土の興行ではたった一日で40億円越えという驚異的な社会現象を巻き起こした。もちろんアートハウス映画としては異例の記録。ジャ・ジャンクー監督のヒット作『帰れない二人』(2018年)が興収10億円というのだから、その圧倒的な凄さがわかるだろう。アメリカでもロングランを続けており、新世代の旗手としての世界的な注目度の高さをまざまざと示している。
物語の舞台は監督自身の故郷である貴州省凱里市。主人公の孤独な男、ルオ・ホンウ(ホアン・ジェ)は父の死をきっかけに、長年距離を置いていた故郷・凱里へ帰還する。そこでは彼の心を捉えて離さない“ある女”のイメージが付きまとった。彼女は自分の名前を、香港の有名女優と同じワン・チーウェンだと言った。ルオはその女の面影を追って、現実と記憶と夢が交錯する旅に出る――。
自分の過去をたどりながら、迷宮のごときミステリアスな世界を彷徨う男。本作はさまざまな映画史上のマスターピースを彷彿させるイメージに満ちている。例えば『ラスト、コーション/色・戒』(2007年)のタン・ウェイ演じる“同じ顔”をした2人のファム・ファタール(運命の女)は、ヒッチコックの『めまい』(1958年)。シュルレアリスティックな夢幻性と麻薬性は『マルホランド・ドライブ』(2001年)。官能的な映像美はウォン・カーウァイの『欲望の翼』(1990年)。ほかにビー・ガンが大きな影響を受けたというタルコフスキーの『ストーカー』(1979年)など。
そして本作最大の鮮烈なギミックが後半部に用意されている。物語の中盤で主人公が映画館に入り、われわれ観客に向けて3Dメガネをかける合図が示される。そこからなんと60分、3Dのワンシークエンス(ワンシーン・ワンカット)が展開するのだ。われわれは主人公と一緒に、現実と記憶と夢が交錯する架空の都市「ダンマイ」の魔術的な映画世界を体感的に旅することになる。
それはゴダールの『さらば、愛の言葉よ』(2014年)やヴェンダースの『誰のせいでもない』(2015年)、あるいはヘルツォークの『世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶』(2010年)といったアートシネマの巨匠たちによる3Dの実験の継承と、『ゼロ・グラビティ』(2013年)や『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012年)の娯楽的なアトラクション性の止揚的融合といえる。しかも上映途中でそれを仕掛けるのは、グザヴィエ・ドランが『Mommy/マミー』(2014年)の劇中でスクリーンサイズを変えた試みを連想させもする。ビー・ガンも自分の欲する表現のヴィジョンに合わせ、映画の形を自由にカスタマイズする世代の作家なのだ。
この最新作に続き、監督の長編デビュー作『凱里ブルース』も4月に日本公開が予定されている(シアター・イメージフォーラムほかにて)。中国から登場した21世紀映画の新しい波を、ぜひ発見――いや“体験”していただきたい。
『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』
監督・脚本/ビー・ガン
出演/タン・ウェイ、ホアン・ジエ、シルヴィア・チャン
2020年2月28日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国順次公開
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito