自分の“真実”と向き合うために。『ある画家の数奇な運命』ドナースマルク監督インタビュー
ナチス支配下のドイツ、東ドイツ、西ドイツと舞台を移しながら、一人の芸術家の半生を描く映画『ある画家の数奇な運命』が、2020年10月2日(金)より公開される。本作は、なんと、ドイツを代表する現代アーティスト、ゲルハルト・リヒターをモデルにしているという。監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクに、作品の背景と込められた思いを聞いた。
はじまりは、幼いクルトが、叔母のエリザベトと過ごしたナチ政権下のドイツから。芸術が好きなエリザベトの影響で、クルトは絵画に関心を抱くように。けれども彼女は、やがて精神のバランスを崩し、強制入院させられることに。当時は優生思想による精神障害者への安楽死政策が強化されていた時代。エリザベトが、クルトに残した言葉は「目をそらさないで。真実はすべて美しいの」。 やがて戦争が終わり、クルトは、東ドイツの美術学校に入学する。そこで出会ったのがエリー。二人は恋に落ちるのだが、エリーの父親はかつてエリザベトを死へと追い込んだナチ高官だった。そして二人は西ドイツへと逃れ、クルトは創作を続けていく。
この作品は、ドイツを代表する現代芸術家のゲルハルト・リヒターをモデルにしているという。リヒターの叔母も安楽死政策により殺害され、リヒターの妻の父はナチだった。監督のドナースマルクは、そのことも「本作を撮影するきっかけになった」と語っている。脚本をリヒターに送ると、本人より連絡があり、一ヶ月の取材の後に「会話の記録は一切外部に漏らさない、人物の名は変え、映画のためだけにオリジナルに制作された絵画を使う」そして「映画の中で何が真実かを絶対にあかさないこと」という条件のもとに、本作が誕生することになった。
約3時間という上映時間で、私たちは、一人の青年が自分と向き合い、作品を生み出そうとする過程を見つめることになる。アート好きなら、リヒターの作品にも思いを巡らせ、理解できたような気分になったり、感動したり、あるいは混乱するかもしれない。
もちろん、そんな背景を知らずとも、過酷な体験や時代を超えて、表現に挑み続けたクルトの姿は力強く、勇気づけられる。ぜひ劇場で、作品が生まれる瞬間を一緒に目撃してほしい。終わる頃には「続きがもっと見たい!」と思ってしまうはず。
内面と向き合う作業の助けになればいい
ドナースマルク監督が描きたかったこと
──ゲルハルト・リヒターの半生をモデルにしようと思ったきっかけを教えてください。
「一番最初の構想は、美術ではなくオペラをモチーフにしようかと思っていました。天才的なのにひどい暮らしをしている作曲家の物語で、すべての苦しみが美しいオペラとなっていく。それが最初のアイデアです。ただ、いろいろ調べていたのですがオペラだと個人的な苦しみの話がでてこないんですね。たとえば、パトロンが経済的な援助をしてくれるなど割と境遇に恵まれていたり。それで、ほかにいいモデルはいないかと、美術作家、デヴィッド・ホックニーとか、トーマス・デマンドといったアーティストたちにも取材をしていたんです。そんなときに、リヒターの伝記を書いたジャーナリストと話す機会がありました。人生の苦しみと彼のアートのつながりがあることを知って興味を持ったんです」
──エリザベト、エリー、エリーの母親と、本作で描かれる女性たちは、直感的に「美しさ」や、そして「真実」を理解していました。そして、それを嫌悪するものたちからの迫害もありました。本作で描かれていた「女性」たちは、どのような存在だったのでしょうか?
「クルトの叔母・エリザベトについていうと、彼女は時代より先を行っていた人なんですよね。あまりにもナチの支配に対して自由を求めすぎた。そしてナチの圧力が彼女を壊してしまった。彼女は社会が期待しているものになれなかったんです。その独裁的な社会と彼女というものがあまりにも違いすぎていた。ですが、その彼女の自由さや真実、あるいは強い表現を求めるところを、自分が病院に連れて行かれる前に、しっかりと甥に受け継いだわけです。そしてまた彼の周りの人たちがいろんな経験を彼に与えたことでクルトは非常に強い人になっていった。
奥さんのエリーは父親の圧政に屈していた人。彼女はその父の支配から逃れるには、父とはまったく正反対の男の人についていくしかない、ということがわかっていたと思うんです。そして彼女は父と正反対の人と一緒になることで父の支配から逃れ、同時にクルト自身が芸術家としての行為を見つけるための助けとなったのです。
エリーの父親役となるセバスチャン・コッホに脚本を渡したあと、彼から電話がかかってきたんです。普通は男性のほうがおいしい役をもらえるのに今回の映画は、女性ばっかりがいいじゃないか(笑)と。いや心配しないで、君の役も十分印象深いから、とは伝えました」
──コロナ感染症の影響により、映画完成時の2018年には想像もつかなかった世界に変化しています。生命が脅かされる状況において、「芸術」の持つ力を改めて考えることになりました。そんな2020年の今、公開にあたり、本作品の持つ意味や力は、変化したと思いますか? また、どのような影響があると思いますか?
「いま、コロナ禍ということで、みなさんが孤立する状況が増えてきていると思います。その孤立する生活の中で、自分の内面と対峙しなければならなくなってきました。
今まであればパーティをしたり、劇場に行ったり、踊りに行ったり、あるいは仕事に没頭することで、自分を見ないですませられた。けれども、それができなくなってきている。つまり自分と対峙しないといけないような時代になっています。
そんな中で、本作は”自分の真実と向き合う”という映画ですので、願わくばこの映画が、内面と向き合う作業の助けになればいいと思います」
『ある画家の数奇な運命』
監督・脚本・製作/フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(『善き人のためのソナタ』)
撮影/キャレブ・デシャネル
音楽/マックス・リヒター
原題/『WERK OHNE AUTOR』(英題『NEVER LOOK AWAY』)
出演/トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア、オリヴァー・マスッチ、ザスキア・ローゼンダール
配給/キノフィルムズ・木下グループ
2020年10月2日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
neverlookaway-movie.jp
©2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG
Interview & Text:Hiromi Mikuni Edit:Chiho Inoue