詩と映像で綴るスペクタクル。エルメスシアター「軽やかさの工房」をレポート | Numero TOKYO
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詩と映像で綴るスペクタクル。エルメスシアター「軽やかさの工房」をレポート

東京ミッドタウン・ホールで開催中のエルメスシアター「LA FABRIQUE DE LA LÉGÈRETÉ―軽やかさの工房」。エルメスの2022年の年間テーマである「軽やかさ」を詩と映像によって表現するこのイベントを、先日幸いにも観覧する機会をいただいたのでレポートしてみたいと思います。

このシアターでは“天馬ペガサスの6頭の子馬がそれぞれ自分なりの「軽やかさ」を探す旅に出る”という物語が展開していきます。6つのショートストーリーそれぞれのセットが会場に設置されていて、順々に会場内を徒歩で移動して鑑賞します。

1つめのシーン「反転した世界」では箱庭のような岩山が目の前でくるりと逆さまに回転し……

動物も道具も何もかもが台地から鎖でぶら下がる光景がスクリーンに映し出されました。私たちが見ている世界とは、常識とは何か……とハッとさせられます。

2つめのシーン「渡り手袋の飛翔」では、手袋たちが砂漠からビーチ、街、雪山まで次々と変わる景色の中を渡り鳥のように羽ばたきます。美しいジオラマの見本帖のようなセットが切れ目なく現れる仕掛け(すべて手動!)もカメラワークも見事。

大胆でファンタジックなので、レイモンド・ブリッグスのスノーマンの映像を初めて見たときのことを思い出した私。すっかり童心にかえり、自分も空を飛べるんじゃなかろうかという気さえしてしまいました。

お次は「サーカス」。プレイフルなヴィジュアルはまさにエルメスの得意とするところ。シルクスカーフのテントやエナメルブレスレット、ティーカップなんかも細部までふんだんに、可愛くて小さきものたちが盛り込まれていてとっても楽しい!

指人形のように蹄をはめて表現する馬の動きにも感動。

4つめは「だまし絵」。どうしたって馬に目を奪われがちですが、セットが本当によくできていて、ソファやシルクで作られた極小クッションやオブジェとしても美しいリップや香水までインテリアの小宇宙。ミニチュア好きにはたまりません!(が、何がミニチュアで何が原寸なのか……)

フォーラムでの展覧会も素晴らしかったシャルロット・デュマの作品がさりげなく飾られていたりして、遊び心と知への探求を一貫して感じられるところも私がエルメスに心を奪われ続ける所以です。

(左)床はヘリンボーンです。テーブルに本やブリオッシュが置かれていたり、芸が細かい! (右)シャルロット・デュマが与那国で撮影した日本の在来馬の写真。壁の色も素敵……。

5つめの「四つの鞄のオペラ」では、なんとケリーバッグたちの美声に酔いしれました。あの、お行儀のいいケリーさんが!? という意外性も相俟ってスタンディングオベーション。

そして最後は「無重力」。宙を舞うごとくしなる身体の動きに見惚れ、生身の二人とスクリーンを行ったり来たり追いかけながら、目の前の霧がパーッと晴れるような軽やかさに心が包まれました。

そんなめくるめくシアターを手掛けられた演出家は、映画『トト・ザ・ヒーロー』(1991)、『神様メール』(2015)を制作したジャコ・ヴァン・ドルマルさん。素晴らしい演技で魅せてくれたのは、舞踏家・振付家のミシェル・アンヌ・ドゥ・メイさん。セットは、美術家のシルヴィー・オリヴェさん。脚本はトーマス・グンズィグさん。

目の前で起こる出来事(魔法のような手仕事)と異なる見え方をするスクリーンを同時に観られること、それぞれのシーンで実際に“場所を移動して観る”という身体性をともなう鑑賞体験自体も面白く、視点を変えることは難しくないのだと気づかせてくれます。

エルメスの、ひいてはフランス・パリのエスプリに感服した、詩と映像の素晴らしいスペクタクルでした。

「LA FABRIQUE DE LA LÉGÈRETÉ―軽やかさの工房」
www.hermes.com/

Profile

井上千穂Chiho Inoue フィーチャー・ディレクター。『Numero TOKYO』創刊時よりエディターとして主に特集を担当。2011年よりウェブマガジン「honeyee.com」「.fatale」の副編集長をつとめ、19年より出戻り現職。作り手の話を聞き、ものづくりの背景を知るとお財布の紐が緩みます。夜な夜な韓国ドラマに、休日は自然の中に逃避しがち。子連れ旅もお手のものな二児の母。

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