編集部が選ぶ今月の一冊|ナオミ・クリッツァー著『陽の光が消えた町で』 | Numero TOKYO
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編集部が選ぶ今月の一冊|ナオミ・クリッツァー著『陽の光が消えた町で』

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、特にSNSに疲れた人へ、短編SFの名手ナオミ・クリッツァーの新作をお届け。

『陽の光が消えた町で』

著者/ナオミ・クリッツァー 訳/桐谷知未

価格/¥2,970
発行/早川書房

人間の心を信じたくなる、短編の名手による作品集

サービス開始当初の牧歌的な雰囲気が完全になくなり、ソーシャルメディアがすっかり居心地の悪い空間になっている昨今。生成AIが次々と生み出すフェイク画像や動画、アルゴリズムに支配されたタイムライン、インプレッション稼ぎを目的とした扇動的な投稿などにうんざりしている人も少なくないだろう。

テクノロジーが進化すれば明るい未来が待っていると素直に思えた時代とは異なって、現実がどんどんディストピアめき、未来に何かを期待することが難しくなっている。そんな状況に荒んでしまった心を物語の力で癒やしてくれるのが、今回ご紹介する短編集『陽の光が消えた町で』。著者は近年立て続けに三大英米SF賞のヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞を受賞している短編SFの名手ともいえる存在で、本作に収録されている6編も全てが受賞作・候補作という折り紙付きだ。そして収録作のほとんどが、良心や相手を思いやる善意といったものが確かに存在することを感じさせてくれる物語となっている。

例えば、なんらかの災害によって食糧も電気も供給が不安定になってしまった、そう遠くない未来が舞台の表題作「陽の光が消えた町で」。主人公が住む地域では掲示板を用いた物々交換などを通して、住民たちはお互いを助け合いながら暮らしている。主人公の声かけ訪問をきっかけに、肺に酸素を補給する機械に24時間頼らざるを得ない老婦人の存在を知った住民たちは、停電時に機械が止まることがないように自転車発電チームを結成することになり……。取り組みについて文句を言いたがる懐疑論者や、無礼な態度を示す他地域の住民なども現れる中、良識や善意を手放さずに日々を生き抜こうとする主人公たちの姿は、たとえこれがフィクションだとわかっていても心に光明を差し込んでくれる。

「アルゴリズムでよりよい生活を」は、〈完全なライフスタイルアプリ〉と称されるアベリークという謎めいたスマホアプリをめぐる物語となっているが、これも人々が持つ良心を描き出している。食事のレシピから生活習慣にいたるまで、一日のあらゆる場面で暮らしの質を向上させる行動をポップアップメッセージだけでなく、時には同じアプリのユーザーからの電話で指示してくるアベリークを、主人公は上司から圧力を受けて使い始める。最初こそ数々の指示に渋々と従っていた主人公だが、一週間もしないうちに自分に代わってアプリが大量の決断をしてくれる生活に慣れ、アプリ内のコミュニティの活動にも参加し、無料利用期間が過ぎる頃には課金ユーザーとなることを決める。しかし次第にアプリは次々と情報の追加登録を求めてくるようになり、世間ではアベリークに関するよくない噂が流れ始め……。善意で成り立っていたコミュニティが無くなっても、人々の善意までもが消え去るわけではないことを感じさせるラストがもたらす希望をぜひ受け取ってほしい。

このほかにも、庭先につくった無料貸し出し図書ボックスを通して行われる不思議なやりとりを描いたファンタジー作品のような「小さな図書館の司書さまへ」や、猫の写真が好きという意識を持ったAIが困っている人間を〈手助け〉しようと奮闘するユーモラスな「報酬は猫の写真で」など、日々のストレスで緊張した心をゆるませてくれる作品ぞろいの『陽の光が消えた町で』。邪念を抱かずに何かを信じることが難しくなりつつある現代における、一服の清涼剤にもなりうる一冊だ。

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Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

Profile

林 みき Miki Hayashi ライター。女性向けファッション&カルチャー誌の創刊と編集に7年間携わった後、フリーランスに。2008年より『ヌメロ・トウキョウ』本誌・公式サイトでの新刊レビューおよび文芸記事を担当。
 

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2026.7.28 発売

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