編集部が選ぶ今月の一冊|アンソニー・ドーア著『天空の都の物語』 | Numero TOKYO
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編集部が選ぶ今月の一冊|アンソニー・ドーア著『天空の都の物語』

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月はピュリッツァー賞作家、アンソニー・ドーアによる7年ぶりの長編をお届け。

『天空の都の物語』

著者/アンソニー・ドーア 訳/藤井光

価格/¥4,950
発行/早川書房

読書の悦びを思い出させてくれる、奇跡のような一冊

日の出前や日の入り後の、空がうっすらと明るい時間帯を指す「マジックアワー」という言葉を聞いたことはないだろうか? 天気や気温などの条件が合えば、その名前の通り魔法のように美しいグラデーションに染まった空を眺めることができる時間なのだが、読書をしながらこのマジックアワーに自分がいるような気持ちになったのが、今回ご紹介する『天空の都の物語』だ。

2015年のピュリッツァー賞フィクション部門を受賞した『すべての見えない光』(ハヤカワepi文庫)で知られるアンソニー・ドーアの7年ぶりの長編である本作。700ページをこえる壮大な物語は、時代も場所も異なる三つの舞台に生きる複数の登場人物たちを行き来しながら展開していく。

一つ目の舞台である15世紀のコンスタンティノープルに登場するのは、ビザンツ帝国の都にある刺繍工房に住み込みで働いている少女・アンナと、オスマン帝国領の山脈に暮らす少年・オメール。アンナの人生はある本との出会いによって、オメールの人生はコンスタンティノープル陥落を目指すオスマン帝国への徴用によって、それぞれ一変する。戦火に翻弄されながらも、二人はどうにか生き抜こうとするが……。

20世紀から21世紀にかけてのアメリカ合衆国アイダホ州の小さな町を主な舞台として展開するパートでは、感覚が過敏な17歳の少年・シーモアと、86歳のゼノンが町の公共図書館で思わぬかたちで出会うところから始まる。この「出会い」から遡るかたちでシーモアとゼノンの人生と苦難なども描かれるのだが、現代社会におけるさまざまな問題も物語とともに静かに浮き彫りにされていく。

三つ目の舞台となるのが、未来の宇宙船・アルゴス号の船内。ここで主人公となるのは、生存可能な惑星への移住プロジェクトに選ばれた両親の間に生まれた少女・コンスタンス。何不自由なく生活をしていたコンスタンスだったが、10歳の誕生日を迎えると同時に宇宙船の中心となるヴァーチャル図書館でプロジェクトの衝撃的な事実を明かされる。さらに船内では、予期せぬ事態が発生し……と、このパートでは緊張感をはらんだSF物語が展開される。

どのパートの登場人物たちも戦争をはじめ、不測の事態にのみこまれていくのだが、彼らを時空を越えて結びつけるのが、『天空の都の物語』と題された古代ギリシャの散文物語だ。絶望の中にいる登場人物たちに希望を与え、彼らに語り継がれていく散文物語が、全くテイストの異なる三つのパートの中でどのような運命をたどるかもストーリーのキーとなっている。

また、終盤では三つの物語が深く交錯していくのだが、この交錯のさせ方がダイナミックであると同時に、緻密に散りばめられていたピースが次々とつなぎ合わさっていく、とてつもない爽快感に圧倒される人も多いだろう。そして、稀代のストーリーテラーである著者が仕掛けた伏線が、壮大なからくりのごとく動き出す奇跡のような瞬間を「マジックアワー」のように感じてしまうのも、きっと私だけではないはずだ。

物語を追っていった先に、全く違った景色にたどり着く。そんな読書の根本的な悦びに、心ゆくまで浸らせてくれる『天空の都の物語』。読書家はもちろん、読書がもたらす悦びや魔法的効果をすっかり忘れてしまったという方にも手に取ってほしい極上の一冊だ。

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Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

Profile

林 みき Miki Hayashi ライター。女性向けファッション&カルチャー誌の創刊と編集に7年間携わった後、フリーランスに。2008年より『ヌメロ・トウキョウ』本誌・公式サイトでの新刊レビューおよび文芸記事を担当。
 

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