編集部が選ぶ今月の一冊|森絵都著『デモクラシーのいろは』
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は世代を超えて愛される人気作家、森絵都による6年ぶりの新作長編をお届け。
『デモクラシーのいろは』
著者/森絵都

価格/¥2,310 発行/KADOKAWA
戦後を生きる人々の再生を描き出すエンタメ快作
児童文学の金字塔と評価の高い『カラフル』や、第12回中央公論文芸賞を受賞したのち連続ドラマ化もされた『みかづき』で知られる森絵都による、6年ぶりの新作長編となる『デモクラシーのいろは』。600ページを超える大作に尻込みする人もいるかもしれないが、読み始めればそんな心配も吹き飛ぶページターナーともいえる作品となっている。
物語の舞台となるのは、終戦間もない1946年11月の東京・下落合。GHQ占領下で日本の非軍事化と民主化政策が進められるも、民主化が遅々として進まない状況に焦ったGHQは、「今の日本に民主主義が浸透しないのは、人々がお腹をすかせすぎているためにほかなりません」と主張する仁藤子爵婦人が発案した「モデルケースとして何人かの日本人を選び、一定期間、安定した衣食住と民主主義教育を与える」という半年間の実験を行うことに。
そして集められたのが、巣鴨プリズンで通訳官をしていた教師役の日系二世のリュウ・サクラギと、元華族の真島美央子、横浜の洋裁屋のひとり娘の沼田吉乃、静岡の農家で生まれ育った近藤孝子、経歴不詳の宮下ヤエの、戦争によって人生が激しく変化してしまったこと以外は共通点のない、出自も性格もてんでばらばらな4人の生徒たちだ。
手探りで民主主義のレッスンを始めるが、生徒たちに翻弄されて思うように授業が進まないだけでなく、4人の住居を提供しながらも腹に一物を持つ仁藤婦人の言動にも頭を悩まされるリュウ。しかし騒動が起きるごとに一人ひとりの生徒の内情を知るきっかけとなり、5人は教師と生徒としての信頼関係を深めていく。そんな中「今の彼女たちに必要なのは、本当に民主主義のレッスンなのだろうか?」と、リュウは自問するようになり──。
戦後という舞台設定に重苦しい作品ではないかと思われそうだが、混沌とした時代を生き抜こうとする生徒たちが成長する姿は、読んでいて明るい気持ちにもしてくれるので、心配は無用だ。さらに、老若男女の読者を虜にしてきた著者ならではの、とある仕掛けも物語には込められており、エンタメ作品として十二分に楽しめる内容となっている。
また、作中ではタイトルの通り“民主主義のいろは”から始まるので、社会情勢が不安定な現代にこそ知っておきたい基礎知識を作品を楽しみながら学び直せるだけでなく、フィクション作品ながらも日本の加害者意識の不在についても描いた本作は、戦後80年である今年にこそ読んでおきたい一冊だ。読了後、作中におけるリュウの「民主主義の基本は、君たちが、自分自身で考えた物語を生きることです」という言葉が、きっと胸に深く残る『デモクラシーのいろは』。先行きが不透明な日々を明るく照らす、ポジティブな読後感をぜひ楽しんでほしい。
Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito
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