編集部が選ぶ今月の一冊|最果タヒ著『恋の収穫期』
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、最果タヒの最新小説をお届け。
『恋の収穫期』
著者/最果タヒ

価格/¥1,760 発行/小学館
人と人とが結ばれる奇跡のきらめきを捉えた青春小説
昨年、詩集『恋と誤解された夕焼け』で第32回萩原朔太郎賞を受賞した最果タヒ。詩人としてのみならず小説家としても活躍する最果の最新小説作品となる本書は、「恋」をテーマとした青春小説だ。しかし主人公たちは恋に浮かれることをせず、むしろ「恋とは何か?」と哲学者のように真剣に探求しつづけており、それゆえに世代を問わず心を震わされる輝きに満ちた一冊となっている。
物語の舞台となるのは、22世紀の日本──とはいえ、科学技術は東京にだけ一点集中しており、SF作品などで描かれる未来とはだいぶ様子が異なっている。科学技術の恩恵を受ける東京の人々の間では、幼い段階で体内に電子機器を組み込むことが常識となっているのに対し、主人公のひとりである梢が暮らす軽井沢では無線電力や無線電波も整備されておらず、東京は〈地方でしかない軽井沢から見れば未来と変わらない〉という卑屈な理屈が流行るほどだ。
そんな軽井沢に、東京から転校生・早見がやってくる。東京の人間というステータスに加え、人を惹きつけるルックスを持つ早見に、多くの女子生徒たちは一瞬で虜になる。しかし恋愛というものに対して半信半疑な梢は、東京に憧れる友人の光が早見に夢中になるのをどこか距離を置いて見守っているだけだ。だが、当の早見は〈あなたが一番恋愛に関心があるとぼくのセンサーが判断したから〉という謎めいた言葉とともに梢に近づき──。
前の段落だけを読むと恋愛小説のような印象を受けるかもしれないが、最初に述べたように梢や早見は恋に浮かれはしない。その代わり、彼らの関係性をつなぎ、行動の原動力にもなる「恋」とは一体何なのかを、哲学対話かのように言葉を交わしながら物語を展開させていく。彼らの瑞々しい言葉によって織りなされていく、ときにミステリめいた物語に、いま「恋」をしている人はもちろん、過去/未来に「恋」をしていた/する人も惹きつけられるはずだ。
また、特筆すべきは梢と早見をはじめとする登場人物たちの会話だ。若者特有のノリの軽さはありながらも、言葉の上辺だけでコミュニケーションが成立しているとは決して思い込まない彼らが交わす会話は誠実であり、どこか美しさすら感じさせられ、「恋」についてだけでなくコミュニケーションのあり方についても思いを巡らす読者もいるかもしれない。
他人同士である「わたし」と「あなた」が、特別なつながりを結べることの奇跡を実感させる本書。西村ツチカによる、物語のワンシーンを幻想的に捉えた装画・挿画とともに、奇跡のきらめきを受け止めてほしい。
Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito
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