編集部が選ぶ今月の一冊|村田沙耶香著『世界99』
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は村田沙耶香の新刊をお届け。
『世界99』
著者/村田沙耶香

上・下巻 価格/各¥2,420 発行/集英社
人間と社会の暗部を容赦なく炙り出す圧倒的巨編
いまや日本のみならず、海外でも人気作家となった村田沙耶香。そんな彼女が3年7カ月にわたって文芸誌で連載し、自身としては最長の作品となった『世界99』。新作を刊行するたびに、その独自の世界観で読む者を圧倒してきた村田沙耶香だが、本作ではさらなる驚きと凄絶な光景、そして現実世界にも通ずる人間と社会の暗部を容赦なく私たちに突きつける。
周囲との「呼応」と「トレース」を駆使し、コミュニティごとにふさわしい人格を作りあげることを特技とする主人公の如月空子。巧みにキャラクターを使い分けながら生きる空子は喜怒哀楽を一切もたず、「危険を回避して、安全に生きていくこと。誰とも摩擦を起こさず、ただただ、楽に生き延びること」だけを常に考えている。
「パンダとイルカとウサギとアルパカの遺伝子が偶発的に組み合わさって出来上がった生き物」とされるピョコルンをペットに持ち、郊外市街地であるクリーン・タウンに暮らす空子。しかし彼女が中学生になった頃から、優秀な遺伝子とされるラロロリンDNAを持つ人間が差別を受けるようになり、不穏な空気が社会全体に蔓延しはじめる。そして空子が社会人になった頃には、当初は愛玩動物として人気のあったピョコルンが、技術の発展によってある能力を備えたことにより、世の中の様相はさらに変わっていき──。

キャラを使い分けながらいくつものコミュニティを行き来する空子の暮らし、ラロロリン人への迫害、人間にとって都合の良い道具となったピョコルンの真実。この3つの要素がかけ合わさる上巻の終わりに、地獄のような光景を読者の私たちは見せつけられる。しかし、ふりかえるとフィクションの要素がまだ薄かった物語の冒頭の段階でも、入れ子構造のような搾取や、誰もが抱きうる加虐性についてが描かれており、私たちが生きる現実世界も地獄の入り口にあることに気付かされる。
物語が進むごとに凄惨さが増していくフィクションの世界に、現実世界が追いつくのも時間の問題ではないかと戦慄させられる思考実験のような側面を持つ巨編。老若男女を問わず、心して読んでほしい。
Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito
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