編集部が選ぶ今月の一冊|山内マリコ著『逃亡するガール』
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は山内マリコの新刊をお届け。
『逃亡するガール』
著者/山内マリコ
価格/¥990 発行/U-NEXT
初めて地元・富山を舞台に描いた、山内マリコの真骨頂
デビュー作『ここは退屈迎えにきて』(2012年刊行)を筆頭に、地方に生きる若い女性たちのリアルを描き出す作風で話題になりながらも、これまで地方都市の具体名は書かずに執筆をつづけていた山内マリコ。
そんな彼女の最新作となる『逃亡するガール』は、主人公である高校生の山岸美羽が「学校の最寄り駅から〈富山地方鉄道〉に乗って電鉄富山駅で降り、マリエ一階のスタバ」で勉強をしているシーンから始まり、舞台が富山県であるということがわかる物語となっている。
息苦しい現実から逃避するように勉強に取り組み、良い成績をおさめているものの、進路や未来に対して具体的な展望を抱けずにいる美羽。そんな美羽は思いがけないかたちで、知らない高校の制服を身にまとった浜野比奈と出会う。
ともに放課後を過ごすようになるふたりだが、行く先々で不条理に居場所を追われつづけてしまう。そして同じ時間を過ごすなかで、それぞれの実情が少しずつ明らかになっていき……。
それまで自分の目に映る世界の中のことしか考えられなかった美羽が比奈と出会い、そして比奈の出自を知ったことによって少しずつ世界が拡張し、ひとりの人間として成長していく物語は、誰の心にも響くものがあるはずだ。
また、フィクションという形態を取りながらも、美羽が暮らす富山という土地が抱える問題や、さまざまな社会問題を違和感なく取り込み、読者へと問いを投げかける物語は、まさに山内マリコ作品としての真骨頂を発揮している。
進路に悩む若者はもちろん、迷いを抱えている大人にも一歩踏み出す勇気を与えてくれる『逃亡するガール』。全世代におすすめしたい一冊だ。
Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito
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