Numero TOKYOおすすめの2024年1月の本 | Numero TOKYO
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Numero TOKYOおすすめの2024年1月の本

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、紫式部を現代に蘇らせた古川日出男の新作と、短歌初心者におすすめしたい人気歌人ふたりによる一冊をお届け。

『紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」』

著者/古川日出男
価格/¥1,980
発行/新潮社

紫式部の肉声まで現代に蘇らせる、実験的トリビュート

いまやエッセイの一形態として書かれ/読まれ、人気を博している日記。しかし歴史を遡れば、平安時代の貴族たちの間でも私的な日記の作成が流行していたという。そんな平安時代の女流日記文学の代表作のひとつが、大河ドラマでも話題になっている紫式部が記したとされる『紫式部日記』だ。

『平家物語』を現代語訳し、さらには異聞となる『平家物語 犬王の巻』(河出文庫)までも生み出した作家・古川日出男が手がけた本書は、単なる『紫式部日記』の現代語訳ではなく〈紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」〉を内包した小説作品という、なんともひねりの効いたものとなっている。

作中の語り部となる〈シングル・マザーで、フィクション・ライター〉である〈わたし〉は、『紫式部日記』を現代語訳するだけでなく、日記の背景も“現代”の読者に向けての解説をしながら物語を駆動させる。〈とまどいは、あって当然です。ここは──この日記の内側の世界は──少しも「現代」ではないのですから。一千年以上もむかしなんですから!〉と記しながら。しかし彼女は筆を進めるにつれて日記の要点の要約や、要所の抜き書きをしはじめ、次第に自身の内面を“現代”の読者へとさらけだしていく。

この〈わたし〉の肉声ともいえるフィクション・パートによって、現代語訳パートの解像度はどんどんと高まっていき、〈日記の内側の世界〉と現代の境はどんどんと縮まっていくのを感じる読者も多いはずだ。過去に『紫式部日記』を読んでもピンとこなかったという人にこそ本書を手に取り、魅力を再発見してもらいたい。

また、古川日出男がなぜ『紫式部日記』を現代語訳する〈わたし〉を創出したかを解説する、書き下ろしの自作解題も一読の価値があるので、ぜひ併せてご注目を。

『水歌通信』

著者/くどうれいん+東直子
価格/¥2,200
発行/左右社

歌人ふたりの短歌と散文が織りなす、夢ごこちの物語

歌人の東直子とくどうれいんが、お互いの短歌をもとに紡いだ歌物語となる本作。短歌と対になった散文で、とある街での出来事が描き出されていくのだが、まるで夢でも見ているような気分になれて心地良い。

結婚を前提にパートナーと暮らしはじめた会社員のみつきと、街を浮遊しながら思考する謎の存在であるミメイのふたつの視点で物語は進む。〈わたしはもう、うっとりすることはうんざりなのだ〉と思いながらも、ことあるごとに過去の恋人・ハギノのことを考えてしまうみつき。そんなみつきと淡く調和するかのように、うつろいながらさまざまな思考をつづけるミメイ。そしてみつきの物語は、パートナーに結婚を打診されることで転調していき──。

みつきとミメイの物語は、それぞれのパートだけを読んでも成立するかもしれない。しかし重なり合うからこそ生まれるハーモニーのような響きこそが本作の醍醐味だと感じられるので、みつきの行く末が気になっても焦らずにゆっくりとページを進めてほしい。

また、中には短歌を読み慣れていないからと本作を手に取ることを躊躇している人もいるかもしれない。が、どの短歌も散文と対になっているので、どのようなシチュエーションからどんな短歌が生まれるのかも疑似体験できるので、むしろ短歌初心者にこそおすすめしたい。

連作小説とも歌集ともまた違う、新たな読む楽しみをぜひ感じてみて。

Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

Magazine

JUNE 2024 N°177

2024.4.26 発売

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