Numero TOKYOおすすめの2023年12月の本
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、京都文学賞を受賞した幻想的な物語と、話題作に事欠かない韓国SF界からの一編をお届け。
『ビボう六』
著者/佐藤ゆき乃
価格/¥1,980
発行/ちいさいミシマ社
切なくも愛おしい、夜の京都で繰り広げられる幻想譚
不思議な「夜の京都」に暮らす、千年もの月日を生きてきた土蜘蛛の怪獣ゴンス。ある晩、二条城の周りを巡っていたゴンスは、純白の羽を背中に生やした小日向と名乗る人物を助ける。白いかえるを探していたこと以外は記憶を失っている彼女の助けになろうと、魑魅魍魎たちが暮らす京都を案内するゴンス。共に時間を過ごすうち、ゴンスは小日向に恋心を募らせてゆくが——。
ゴンスが生きる「夜の京都」と、小日向が生きる現実世界での物語が交錯しながら進む、第3回京都文学賞を受賞した本作。いくつものコンプレックスを抱え、自分が傷つくだけだとわかっていながらも人と自分を比べながら現実世界を生きる小日向の物語は、否が応でも他者からの視線を意識してしまう現代人の生きづらさをリアルに感じさせる。
そんな悲痛な小日向の物語と対照をなすのが「夜の京都」を舞台に紡がれるゴンスの物語なのだが、ただファンタジックな恋物語にとどまっていないのも本作の魅力だ。恋にときめくゴンスの胸のうちを詩的に描くと同時に、〈本当の意味で自分のことを愛し尽くせるのは、自分自身しかいない〉と心の本質をも描く物語は、自己を肯定する大切さもそっと教えてくれる。ともすれば自分自身をないがしろにしがちな人にこそ読んでほしい、切ないながらもやさしさに満ちた作品。
『生まれつきの時間』
著者/ファン・モガ
訳/廣岡孝弥
価格/¥1,210
発行/inch media
社会のあり方に静かに問いを投げかける韓国SF短編
インディペンデントマガジン『inch magazine』から新たに生まれた、「短篇小説をポケットに」をコンセプトとした『inch magazine PocketStories』。その第1弾となる本書では、邦訳作品が世に出るたびに静かながらも話題を呼ぶファン・モガによる短編『生まれつきの時間』が収録されている。
「成長センター」と呼ばれる施設で、初めて目を覚ます主人公の「わたし」。しかし、なぜか既に言葉を話せることに困惑していると、自分は15歳で眠っている間に教育を施されていたと告げられる。困惑しながらも「リハビリ」の訓練を通して順調に「成長」していくも、ある段階に差しかかると「成長」が停滞してしまい「わたし」は焦燥を覚え始め──。
「わたし」をはじめ、作中に登場する0歳から14歳までの時間を生まれつき奪われた子どもたちは、韓国だけでなく日本にも存在する、とある競争システムに参加せざるをえなかった子どもたちのメタファーとなっている。しかし、この競争システムを体験した人だけでなく、思い描いていた学生時代をコロナ禍で送れなかった人や、まっとうな社会人生活を送れなかった就職氷河期世代の人も、物語に共感できる部分があるように思われる。また、オープンエンディングの物語から何を感じ取るかは人によってさまざまであろうから、本作を課題図書に読書会を開いてみたらきっと面白いだろう。
特筆しておきたいのが、訳者解説と巻末特別対談「韓国SFが描くもの」(前田エマ×ファン・モガ×廣岡孝弥)の充実した内容だ。物語世界をより深く理解する手助けになるのはもちろん、文学が韓国のカルチャーシーンにどのような影響をもたらしているかも語られているので、韓国SFのみならず韓国の文化に興味を持っている人にもぜひ本書を手に取ってもらいたい。
Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito