Numero TOKYOおすすめの2023年11月の本 | Numero TOKYO
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Numero TOKYOおすすめの2023年11月の本

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、新作が出るとなれば必ずチェックしておきたい人気作家、キム・チョヨプと最果タヒの新刊をお届け。

『この世界からは出ていくけれど』

著者/キム・チョヨプ
訳/カン・バンファ、ユン・ジヨン
価格/¥2,640
発行/早川書房

分断が進む社会を生き抜く希望をくれるSF短編集

ベストセラーとなったSF短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』(早川書房)で、日本でも数多くの読者の心を掴んだキム・チョヨプ。車いすユーザーであるキム・ウォニョンとの共著『サイボーグになる』(岩波書店)、初長編作品『地球の果ての温室で』(早川書房)に続き邦訳された第2短編集となる本書は、さらなる思索にみちたものとなっている。

収録されている7編は、「日本語版への序文」で著者自身が触れているように、全てが〈自分が属していた世界から他の世界へと旅立ったり、そうして旅立っていく人を見守る話〉となっている。また特長的ともいえるのが、どの話にも社会的多数派の側になじめない人物が──話を語る側としても、語られる側としても──登場することだ。

あたたかな余韻を残す収録作品が多かった『わたしたちが光の速さで進めないなら』と比べ、『この世界からは出ていくけれど』には感覚を共有できない者どうしの隔たりを真っ向から描き出す話や、ハッピーエンドかどうかは読者にゆだねる話もあり、気軽に読み流せるタイプの短編集だとは言い切れない。

しかし全話を通じて、例え完全に理解し合あえなくとも人と人は共に生きていけるという、分断する現実社会を生き抜くうえでの光明を見いだすこともできるので、希望の書として手にとってもらいたい。また、12月10日までの期間限定で、交通事故の後遺症により3本目の腕があるという感覚を持ってしまった恋人のことを理解しようとする主人公の旅路を追う「ローラ」が全文公開されているので、少しでも本書のことが気になった人は、どうぞお早めに一読を。

なお、どの登場人物に読み手である自分を重ねるかによって結末の捉え方が変わるだけでなく、現実社会を見つめる視野を広めてくれるのも本書の特長だといえるだろう。これまでのキム・チョヨプによる単著の装画を全て手がけているカシワイによるカバーと本文のイラストレーションも、各話を読む前と後では感じるものが変わってくるので、ぜひそちらにも目を向けつつ自分の中で生じる変化を楽しんでみてほしい。

『恋できみが死なない理由』

著者/最果タヒ
価格/¥1,430
発行/河出書房新社

恋や愛、そして人間の本質をリリカルに紡ぐエッセイ集

全国の書店を巡回する「最果タヒ書店」を開催したほか、2024年春に上演されるバレエ作品『シンデレラの家』の原案を手がけるなど、精力的に活動を続ける詩人の最果タヒ。雑誌や新聞をはじめ、さまざまな媒体で発表した51本のテキストを本人がセレクトしたエッセイ集となる本書は、恋や愛についてのみならず、詩人としての創作の源やベースにも触れられる内容となっている。

愛とは気持ち悪いものであり〈その気持ち悪ささえも丸ごと愛だから受け止めてくれって愛した相手に求めることは、「愛する」とは逆のことだと思うよ(※1)〉と言い、〈好きです、が、相手を縛らないで、相手の中に届いていくような時代が早く来てほしい(※2)〉と願う最果タヒ。その根底には、相手を理解することが愛ではなく、そもそも〈人はわかり合えないし、それは何十年もの時間を自分の体で、見て聞いて触れてきたのだから当然のことだ(※3)〉という考えがあるようだ。

一見、厳しくも冷たくも聞こえる言葉だが、一人ひとりが異なる感覚を抱いているからこそ、色とりどりの美点や意味がこの世界に存ることも、わかり合えない者どうしだからこそ相手の心のうちへと想像を働かせることが愛の第一歩へとつながることも、本書の中で彼女は語っている。

2020年から23年にかけて全国にて開催された「最果タヒ展」では、「われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」というサブタイトルをつけていた最果タヒ。お互いに近づけない星のような存在だからこそ、この世界は星空のような輝きに満ちていることをあらためて教えてくれる一冊だ。

※1 「愛は全部」より
※2 「必ずきみが愛さなくちゃいけない人なんて、いない。と、愛して、伝えたい。」より
※3 「さみしいままでいるために。」より

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Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

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2024.11.28 発売

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