Numero TOKYOおすすめの2021年6月の本
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は松田青子の短編集、台湾現代文学を代表する作家・呉明益の2作目となる長編、そして古川日出男によるノンフィクション。
『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』
著者/松田青子 価格/¥1650(税込) 発行/中央公論新社社会における違和感への気づきを描く短編集
『おばちゃんたちのいるところ』がLAタイムズ主催のレイ・ブラッドベリ賞などの文学賞の候補になったりと、海外での注目も年々高まっている松田青子。最新短編集となる本書には、2014年から2021年の間に発表された11編が収録されている。 コロナ禍で見知らぬ街へと子どもを連れて逃げる母親、映画の中の“男の子になりたかった女の子”に憧れた少女が自分の“目”を持つ大人へと成長するまでを物語る表題作など、固定観念が生み出す違和感に気づいた人々が、自分の価値観や生き方を得ていく様子が多く描かれる。 時代錯誤な社会的役割を押し付ける「物語」の語り手に、老若男女のキャラクターたちが「いつの時代の話だよ!」「名前だの世代だの、あんたに勝手につけられたくねえよ!」とメタフィクションのように反発する『「物語」』と題された一編は痛快な内容であると同時に、わかりやすい「物語」を消費しがちな“読み手”への警鐘のようにも響く。 たとえ違和感への悩みを打ち明けられる人が身近にいなくとも、同志が確かに存在するという希望を与えてくれる一冊。『複眼人』
著者/呉明益
訳/小栗山智
価格/¥2420(税込)
発行/KADOKAWA
生と死、神話と現代文明が交錯する未曾有の物語
『歩道橋の魔術師』『自転車泥棒』などの作品で知られ、台湾現代文学を代表する作家の一人である呉明益(ご・めいえき)。彼が2011年に発表した本作には3つの島が登場する。
1つ目は太平洋に浮かび、神話のような文化や風習のもと人々が暮らすワヨワヨ島。2つ目は、長男が夭折しない限り次男は「戻ることのない航海の任務を与えられる」というワヨワヨ島の掟に従った少年のアトレが漂着する巨大なゴミの島。そして3つ目は、数年のうちに巨大地震が発生すると予測される近未来の台湾。この台湾の東海岸には夫と息子が山で行方不明になり、喪失感に苛まれた大学教師のアリスが暮らしている。
物語は、分裂したゴミの島の一部が東海岸へと漂着することで大きく動き始める。土砂に埋もれていたアトレを発見するアリス、生活が一変する台湾の先住民族であるアリスの友人たち、調査のため台湾を訪れる海洋生態学者とトンネル建設にかつて携わった技術者。彼らが目の当たりにする異変と、それぞれが過去に負った心の傷についてが並行して語られる物語は、ときに現実と超自然が交錯する驚異的な世界を描き出す。環境問題をテーマとした作品という説明だけでは到底形容しきれない多元的な物語は、台湾と同じく資源が限られた島に暮らす私たちの生き方についても問いを静かに投げかける。
『ゼロエフ』
著者/古川日出男
価格/¥1980(税込)
発行/講談社
被災地を歩き抜いた先に見据えた「真実」
2020年7月24日から8月9日にかけて「復興五輪」として行われる予定であった東京オリンピック。その大会期間中に故郷である福島県の中通りと浜通りを徒歩で縦断し、「それが歓迎されているのか、そうではないのか、それは復興に貢献しているのか、そういうことではないのか」を自身の目でまず見て、地域の人々に話を聞く計画を立てていた著者。年内の大会開催が見送られた後も縦断の計画は進められ、本書の第二部にあたるルポルタージュ『4号線と6号線と』を書き上げる。しかし、ある真実を洞察した著者は、11月に数日間をかけて4号線と6号線が合流する宮城県の阿武隈川の流域を歩き、さらに踏破距離と思考を重ね続ける。
紋切り型の報道では伝えきれない人々の声を物語り、震災論であると同時に国家論でもある本書。コロナ禍などによって国家の空洞化や「復興五輪」のうたい文句の虚しさが顕在化した今、「問う=思考する=思想する」ことを止めない小説家の言葉はより一層深く響く。
ヌメロ・トウキョウおすすめのブックリスト
Text&Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito