おすすめ! 年末年始に読みたい本(2020-2021)
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は年末年始に読みたい3冊をお届け。
『るん(笑)』
著者/酉島伝法
本体価格/¥1,800
発行/集英社
信心過ぎて極楽を通り越す、痛快ディストピア
異形の生命体が登場する『皆勤の徒』と『宿借りの星』で、日本SF大賞を2度受賞した酉島伝法(とりしま・でんぽう)による連作小説集。著者が初めて人間を主人公にした本作は、結婚式場に勤める土屋、土屋の妻・真弓の母である美奈子、真弓の甥の真の3人の視点で描かれ、日本のような世界が舞台となっている。
しかし日本のようではあるものの、スピリチュアルと科学の認識のされ方がわれわれの世界とは逆転しており、血縁よりも深い「心縁」でつながった人々は電磁波から受ける悪影響や思考盗聴を怖れ、あらゆる医療薬は違法薬物のごとく扱われている。また忌み言葉は「波長の悪い言葉」として排除されており、病垂れがついた漢字は「⽧」を外したものに置き換えられ、美奈子が患っている癌は次元上昇(アセンション)の済んだ地域においては「るん(笑)」と——「悲観スパイラルを作らない」ために、必ず笑顔で読むようにと「(笑)」付きで——呼ばれていたりもする。
言論統制や歴史改変すら行われている物語世界の中で、ひときわ不気味さを放つのが「心縁」のシステムだ。「心縁」のしきたりに則り、社会的関係性を維持するため“当たり前”にお互いを監視し合い、縁のない人物を蔑視する人々。属性集団における連帯が生み出す、彼らの他者への不寛容な態度は、現実の日本に根付く“当たり前”と何ら変わりないのが恐ろしい。何かの主義に傾倒するあまり生じてしまう人間の盲目性を描き出し、社会の姿を映す鏡としても機能する本作は、さまざまな価値観が混在する現代にこそ読むべきフィクションだ。
『ニッケル・ボーイズ』
著者/コルソン・ホワイトヘッド
訳/藤井光
本体価格/¥2,000
発行/早川書房
捉えにくい現実の本質を描き出すフィクションの力
『地下鉄道』でピュリッツァー賞小説部門、全米図書賞など数々の文学賞を受賞し、本作で再びピュリッツァー賞を受賞する快挙を成し遂げたコルソン・ホワイトヘッド。アメリカの地下をひそかに走る鉄道に乗って逃亡する奴隷少女を主人公とした歴史改変小説である『地下鉄道』とは異なり、本作はフロリダに実在した少年院で1960年代に起きた事件をモデルとしたリアリズム小説となっている。
ジム・クロウ法と総称される人種隔離制度による差別が行われていた時代、宝物であるマーティン・ルーサー・キング牧師の演説集レコードを繰り返し聞きながら育ったアフリカ系アメリカ人の少年・エルウッド。牧師の言葉を胸に「立派な人間」へと成長し、大学進学を志すエルウッドだが、無実の罪によって少年院ニッケル校へと送られてしまう。
ニッケル校の生徒たちに対し、職員たちが当然のようにふるう暴力や虐待の描写に、目を背けたくなる人もいるかもしれない。しかし苦難の中でも尊厳を犠牲にせず、人間として正しくあり続けようとするエルウッドの姿や、院の規則の目をかいくぐりながら日々を器用に生き抜く少年・ターナーとの間に育まれる友情が実に魅力的に描かれているので、読み進めるごとに作品世界から目を離せなくなるはずだ。
また現在と過去を行き来しながら展開していくストーリーは、心に負った癒えない傷と人間はどう向かい合って生きるべきか、過酷な体験や出来事を物語ることの意義についても問いかけてくる。現実世界では捉えにくい物事の本質を鮮明に描き出すことができるフィクションの力を実感できる、世代や人種を超えて永く読み継がれることを願わずにはいられない作品。
『時間旅行者のキャンディボックス』
著者/ケイト・マスカレナス
訳/茂木健
本体価格/¥1,120
発行/東京創元社
時間SFとミステリが見事に掛け合わさった傑作
現役の臨床心理士である著者が独創的な着眼点で描いたタイムトラベル作品ということだけでなく、ミステリ作品としての質の高さでも話題となった本書。1967年のイギリスで4人の科学者たちによるタイムマシン開発が成功し、300年先の未来までの時間旅行が可能となったという設定からして“時間SF”好きの興味をそそるものとなっている。
物語は3つの軸によって構成される。1967年から始まる軸ではタイムマシンの開発に伴い誕生する、国家からも独立した巨大なタイムマシン運用組織〈コンクレーヴ〉の内情などが、複数の人物の視点で描かれる。2017年から始まる軸はタイムマシンを開発した4人の科学者の1人であったバーバラと彼女の孫・ルビーの視点で描かれ、バーバラが最後にもう一度タイムトラベルをしようと目論むところから物語は始まる。そして2018年から始まる軸では密室で謎の変死体を発見した大学生のオデットの視点で、殺人事件の解明するために彼女が〈コンクレーヴ〉に潜入する物語が描かれていく。
タイムトラベルという新たなテクノロジーが人間の心理に及ぼす影響を描きながら、人間の幸福の形を問いかける物語は、臨床心理士である著者だからこそ描けたものといえるだろう。また〈コンクレーヴ〉という組織に所属する人々のプライドと愛憎が渦巻く様子もしっかりと描かれているので、特殊な設定ではあるが企業サスペンス作品が好き人も楽しめるかと思う。さまざまな視点から読めるうえ、物語の世界観に引き込まれてページをめくる手が止まらなくなるタイプの作品なので、余裕のある年末年始に一気読みすることを推奨したい。
Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito