港町・神戸で出合った、近代建築の名作たち「神戸建築祭2026」で巡る建築の旅 | Numero TOKYO
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港町・神戸で出合った、近代建築の名作たち「神戸建築祭2026」で巡る建築の旅

昨年秋、「京都モダン建築祭」に参加して以来、すっかり建築熱が高まっているファッション・エディター清原愛花です。昨年に続き今回は、港町・神戸で開催される「神戸建築祭」へ。2023年にスタートした「神戸モダン建築祭」は、2025年から名称を新たに「神戸建築祭」として再始動。2026年は5月8日から10日まで開催が決定。今回はその本番に先駆けて行われたプレスツアーに参加させていただきましたので、レポートいたします。

名所を巡るのではなく、建築そのものを旅する

神戸は、開港によって発展し、港町として近代日本の発展を支えてきた都市。そして同時に、戦災と阪神・淡路大震災という二つの大きな災禍を経験した街でもあります。それでも、多くの名建築が姿を残し、人々の記憶とともに、今もなお大切に受け継がれています。

「神戸建築祭」は、そんな建築の記憶を辿るイベント。普段は非公開の建物や歴史的建築を巡りながら、神戸という街の奥行きを体感することができます。今回のプレスツアーでは、港町の歴史を伝える建築から、世界的建築家の名作など、神戸の近代建築を象徴する場所を訪れました。

港町・神戸の記憶を刻む孤高の建築——旧加藤海運本社ビル(パスポート公開)

最初に訪れたのは、数々の映画やドラマのロケ地としても知られ、普段は非公開の建築「旧加藤海運本社ビル」。今回の神戸建築祭で、一般公開されるのは初めてだという貴重な建築です。

加藤海運グループのルーツは1877(明治10)年。神戸港の発展とともに歩んできた老舗海運会社で、この建物は昭和初期、本社ビルとして建てられました。場所は、造船所やクレーンが並び、神戸港の景色が広がる、防潮堤のすぐそば。まさに港とともに生きてきた建築です。

外観でまず目を引くのは、角を丸く取った大胆なフォルムと、建物のコーナーに沿って弧を描く大きな連続窓。水平に伸びる庇と相まって、1920〜30年代に流行したアールデコの影響を感じさせます。どこか船のブリッジ(操縦室)を思わせるデザインで、海運会社の本社らしい象徴的でモダンなフォルム。港に面した立地と相まって、まるでこの場所から神戸港の動きを見守ってきたかのような佇まいです。

神戸建築祭実行委員長の松原永季先生によると、この建物はアールデコとモダニズムの狭間に位置するような建築。設計者は残念ながら不明ですが、当時ヨーロッパから取り寄せた建築雑誌を参考に設計された可能性が高く、1930年代初頭としては、非常に先進的だったといいます。

建物の内部に足を踏み入れると、そこには思いがけない景色が広がっていました。半円形の窓から差し込む光が床に影を落とし、まるで映画のワンシーンのような静かな空間です。実際、この建物は映画『アルキメデスの大戦』やNetflix『The Outsider』など、数々の作品のロケ地として使われてきました。

印象的な床の模様ですが、こちらは、映画『スパイの妻』の撮影時に施されたものを、今もそのまま残しているそう。つまりこの空間には建築の歴史だけでなく、映画の記憶も重なっているのです。

細部に目を向けると、もうひとつ興味深い特徴があります。それが窓のサッシ。現在ではほとんど見られないスチール製のサッシで、上下に動かす昇降式の窓。こうした窓を製作できる職人は、今ではほとんどいらっしゃらないそうです。

建物の前に立つと、ある疑問が浮かびました。どうして、この場所にこんな建物を建てたのだろう?

潮風にさらされながら、港のすぐそばに建つこの建物は、神戸港の動きを見守る“目”のような存在だったのでしょう。海を見渡す窓、船のブリッジを思わせるフォルム、そして当時最先端だったアールデコのデザイン。長い年月、海風にさらされてきた外壁には錆びや汚れが残り、決して“きれいに保存された建物”とは言えないけれど、その風化した姿は、港町・神戸の歴史そのものを語りかけているように感じました。

屋上から見える港の景色。
屋上から見える港の景色。

設計者は不明。しかし確かなのは、この建物が当時の神戸港の発展と国際性を象徴する存在だったということです。海外の雑誌を取り寄せながら新しい建築を生み出そうとした人々の情熱。そして港町の最前線で、100年近くにわたり静かに時代を見つめてきた建物。旧加藤海運本社ビルは、神戸という都市の近代化の記憶を今に伝える、唯一無二の建築でした。

DATA
住所|兵庫県神戸市兵庫区島上町1-5
竣工|1937年頃
設計・施工|不詳

港の建築の余韻に浸っていると、松原先生が「すぐ近くに、もう一つ見てもらいたい建築があるんですよ」とひと言。予定にはなかったのですが、そのまま皆で歩いて見に行くことに。

向かった先は、旧加藤海運本社ビルからほど近い場所に建つ「石川株式会社本社ビル」(※神戸建築祭に参加のビルではありません)。赤レンガの外観が印象的なこの建物は、1905(明治38)年竣工。もともとは三菱倉庫の前身である東京倉庫兵庫出張所として建てられたそう。

「あ、この赤レンガ……見覚えがある!」と思ったのも束の間。設計を手がけたのは、日本近代建築の父とも言われる英国人建築家ジョサイア・コンドルの弟子、建築家・曽禰達蔵。工部大学校造家学科の第一期卒業生(日本で初めての建築家4人衆のひとり)で、丸の内のレンガ建築群や旧三菱銀行神戸支店など、三菱系の建物を多く手がけた人物として知られています。

英国から輸入された赤レンガを用いた外観や、正面入口のアーチの上に置かれた三角形の装飾(ペディメント)など、明治期の洋風建築の面影を今も色濃く残す貴重な建物。もともとは倉庫として建てられた建物ですが、正面ファサードには、どこか銀行のような重厚な意匠が感じられます。現在は神戸市景観形成重要建築物にも指定され、「島上町の赤レンガ」として親しまれているそうです。

港町・神戸の街を歩くと、こうして思いがけず、格式高い近代建築に出合えるのも、この街ならではの魅力。建築祭の醍醐味は、こんな寄り道の時間にもあるのかもしれません。

六甲の丘に建つライト建築の傑作——ヨドコウ迎賓館(ガイドツアー対象)

日本で唯一、フランク・ロイド・ライトの住宅建築を体感できる場所

港町の建築を巡ったあと、私たちは“芦屋の山手”へと向かいました。次に訪れたのは、神戸を代表する近代建築のひとつ——「ヨドコウ迎賓館」です。

1918(大正7)年、灘の酒造家「櫻正宗」八代目・山邑太左衛門が、東京の旧「帝国ホテル」の設計のため来日していたアメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトに別邸としてオーダーしたもの。ライトは、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと並び“近代建築の三大巨匠”とも称される、20世紀を代表する建築家です。住宅建築の分野で数多くの傑作を残しましたが、日本に現存する住宅作品の中で、当時の姿をほぼ完全に残す唯一の作品が、このヨドコウ迎賓館なのだそうです。

建物が建つのは、兵庫県芦屋市の緑に囲まれた小高い丘の上。敷地は南北に細長く、ゆるやかな南傾斜となっており、建物はその地形に沿うように階段状に配置されています。六甲山の自然と一体となるように設計されたこの建築には、ライトが提唱した“有機的建築”の思想が色濃く表れています。

ライトが得意とする、水平に伸びる直線を強調した典型的なプレーリースタイルの建物です。外観でまず目を引くのは、独特の質感を持つ石材。柱や壁には栃木県宇都宮市で採掘された大谷石が使われているそう。火山灰から生まれた柔らかな石で、彫刻が施しやすいのが特徴なんだとか。実際に見ると、四角形を基調とした幾何学的な彫刻が建物の随所に施され、独特のリズムを生み出しています。

車寄せの先端は、展望台になっています。
車寄せの先端は、展望台になっています。

大谷石がふんだんに使用され、シンメトリーが美しい入り口。
大谷石がふんだんに使用され、シンメトリーが美しい入り口。

ドキドキしながら中に入り、2階の応接室へ。広がるのは、計算し尽くされたシンメトリーの美しさ! 温かみを感じる作り付けの棚などに使われている木材は、すべてマホガニーの輸入材だそうで、複雑な木組みの装飾に目を奪われます。また、内部にも大谷石がたっぷり使われています。また家具も家に合うようにライトが設計したそうで、細部までこだわり尽くす仕事に、感動を覚えます。

そして、室内なのに、外にいるような清々しい空気感を感じます。それは、ライト建築の大きな特徴のひとつ「小窓」のおかげ。建物全体でおよそ120もの小窓が設けられており、そこから光と風を取り込む設計になっているそう。照明も天井には設けず、あくまでも自然のままに過ごすことができる、贅沢な造りです。

こだわりが感じられるドア。上に2つ、下に1つの蝶番、ドアノブの高い位置にもご注目を。
こだわりが感じられるドア。上に2つ、下に1つの蝶番、ドアノブの高い位置にもご注目を。

とにかく細部の細部まで本当にこだわりが強く、ライトさますごい…!としか言葉が出ません。(それと同時に、いったい当時の建築費はいくらだったのだろう…と考えてしまいます。)窓や扉には植物の葉をモチーフにした薄い銅板の装飾が施され(0.3ミリほどの薄い銅板を4枚半田付けしたものだそう。)、年月とともに銅が緑青へと変化し、本物の葉のような質感を帯びていきます。入口は意外なほど低く設計されていますが、これは建物の内部空間をより広く感じさせるための演出なのだとか。

また、館内には客人用と使用人用という二つの動線が設けられており、邸宅としての機能性もしっかり考えられています。

ライトは特に“影”を大切にした建築家でもありました。午後3時ごろになると、3階の廊下にある飾り銅板を通して差し込む光が、廊下の床に木漏れ日のような影を落とします。その光景もまるで自然の中にいるかのようで、思わず足を止めて見入ってしまうほど美しいものだそうです。(今回は午前中に訪問のため、光を見ることは叶わず。)

とにかく至るところに細かいライトのデザインが。4つの四角が繋がる、日本の仏具にも似たデザインの窓。本当に仕事が細かい……!
とにかく至るところに細かいライトのデザインが。4つの四角が繋がる、日本の仏具にも似たデザインの窓。本当に仕事が細かい……!

さて、4階の食堂へ。暖炉を中心に左右対称の厳格なデザインで統一され、神聖な雰囲気も漂います。三角形に仕上げられた換気孔から昼間は光が差し込み、夜は星空を眺めることができるそうで、ゆったりしたロマンティックな時間を過ごせそうです。

※現在は電化製品が置かれていない状況。
※現在は電化製品が置かれていない状況。

隣にある厨房です。驚いたことに、この建物が当時すでに「オール電化住宅」だったこと。キッチンには冷蔵庫やオーブン、電気コンロ、炊飯器など、現代と変わらない設備が設置されていたそう。(トイレももちろん洋式)この時代にどうやって電気を?と思いますが、なんと沿線の電鉄会社と直接契約して大量の電気を引き込んでいたそうで。100年以上前とは思えないほど先進的な設備を整えることができたんだとか。(電気代も驚くほど高額だったそう!)スケールが大きくてびっくりすることばかりです。

建築の完成までには、少しドラマもあったそうで……。ライトは帝国ホテル建設をめぐるトラブルなどを背景に日本を離れることになり、最終的な完成は弟子である遠藤 新と南 信が引き継ぎ、1924年に竣工しました。

実は山邑家がこの別邸を所有していた期間は、1924年から1935年までと意外と短く、その後は実業家・天本繫二郎の手に渡ります。戦後にはGHQの社交場として接収されるなど、時代の波の中で建物は使われ続けてきました。

そして、1947年、この建物を購入したのが淀川製鋼所でした。当時、同社の初代社長・宇田耕一の自宅が空襲で焼失してしまい、賓客を迎える迎賓施設が必要だったことから、この建物が社長邸として購入されたそうです。興味深いことに、購入当時はライト設計の建築であることを知らなかったといいます。その後、社長邸として使われたのち、独身寮として利用された時期もありました。

やがてマンションへの建て替え計画も浮上しましたが、建築家や地域住民による保存運動が実り、1974年には大正時代の建物として、また鉄筋コンクリート造の住宅建築として初めて国の重要文化財に指定されました。そして1989年から「ヨドコウ迎賓館」として一般公開されています。

現在までに三度の大規模修復が行われ、阪神・淡路大震災による被害も乗り越えてきた「ヨドコウ迎賓館」。さらに2024年には庭園を含む敷地全体が国の重要文化財として追加指定されたそうです。

屋上のバルコニーに立つと、六甲の山並み、芦屋の街並み、そして大阪湾までが一望でき、なんとも覇者の気分に。自然と建築が溶け合うこの景色こそ、ライトが目指した“有機的建築”の姿なのかもしれません。 

いや〜すごい建築を見させていただきました。もっと長くいたいし、また訪れたい。そして、この建築をきれいに眺望できる場所にも行ってみたい!

神戸という街は、港の近代建築だけでなく、こうして世界的建築家の傑作にも出合える場所。建築を巡る旅のおもしろさを、改めて実感した幸せな時間でした。

ちなみに、日本で一般公開されているライト作品は、明治村に移築された帝国ホテル(愛知)、自由学園明日館(東京)、そしてこの旧山邑家住宅のみ。まずは日本のライト建築を巡り、いつかアメリカ各地の作品も訪れてみたい——そんな新しい建築の旅への夢が広がりました。

DATA
住所|兵庫県芦屋市山手町3-10
竣工|1924(大正13)年
設計|フランク・ロイド・ライト
実施設計・施工監理|遠藤 新、南 信
施工|女良工務店
URL|www.yodoko-geihinkan.jp

実は今回のプレスツアーでは、神戸近代建築のハイライトともいえる「神戸女学院」の見学も予定されておりました。しかし残念ながら、仕事の都合でどうしても帰京せねばならず……涙。今回は伺うことができませんでした。 ヴォーリズ設計による美しいキャンパス建築として名高い場所。次の機会には、ぜひゆっくり訪れてみたいと思っています。

「神戸建築祭2026」詳細はこちらから


Profile

清原愛花Aika Kiyohara コントリビューティング・ファッション・エディター/スタイリスト。大学時代よりさまざまな編集部を経て、2009年より『Numéro TOKYO』に参加。田中杏子に師事後、独立。本誌ではジュエリー&ファッションストーリーを担当。フリーランスのスタイリストとしては、雑誌や広告、女優、ミュージシャンの衣装を手がける。最近は、愛犬エルトン・清原くん(ヨークシャテリア)のママとして、ライフをエンジョイ中。Instagram @kiyoai413
 

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