建築が語りかける、秋の京都へ。「LinkArchiScape」と「京都モダン建築祭」の旅【後編】 | Numero TOKYO
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建築が語りかける、秋の京都へ。「LinkArchiScape」と「京都モダン建築祭」の旅【後編】

建築を巡る旅が、こんなにもワクワクして、心を動かすものだとは──。文化庁の新プロジェクト「LinkArchiScape」、そして京都全体を舞台にした「京都モダン建築祭」。普段はなかなか見ることのできない歴史的建築が特別に公開され、京都という街や文化の奥深さに触れられた二日間。実は建築好きでもあるファッション・エディター清原愛花が、秋の京都で出合った豊かで濃密で、少しマニアックな時間を前編・後編の二回に分けてお届けします。

京都の街は、歩けば歩くほど“知らなかった景色”を見せてくれる街。普段は静かに佇む建物たちが、この建築祭では生き生きと語りはじめます。「えっ、こんな場所が京都に?」「この建物、こんな物語を秘めていたの?」そんな発見の連続だった後編の建築をここからご紹介します。

東華菜館―本格中華をいただきながら、ヴォーリズの名作を堪能

鴨川の風景に溶け込みながら、唯一無二の存在感を放つ東華菜館。
鴨川の風景に溶け込みながら、唯一無二の存在感を放つ東華菜館。

四条大橋のたもとで、圧倒的な存在感を放つスパニュッシュ・バロック式の洋館──それが東華菜館。1926年正月に竣工し、当時はビアホール文化の盛り上がりとともに人気を集め、戦時中に西洋料理が制限されたことで中華へ転じ、現在のかたちになったそうです。

繊細な彫刻とやわらかな色彩が、建物に華やぎを添える。
繊細な彫刻とやわらかな色彩が、建物に華やぎを添える。

設計を手がけたのは、1000軒を超える建築を残したアメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。敬虔なクリスチャンで酒もタバコも嗜まない人物でありながら、こうした華やかな商業建築にも真摯に取り組んだことでも知られています。

天井を見上げるたび、異国の物語が静かに流れます。
天井を見上げるたび、異国の物語が静かに流れます。

街を見守るように佇む、美しい塔屋のシルエットは圧巻!
街を見守るように佇む、美しい塔屋のシルエットは圧巻!

外観を彩るのは、三重県伊賀市で焼かれた立体的なテラコッタタイル。魚やタコ、ホタテなどの食材モチーフがダイナミックに造形され、イスラム風の文様、スパニッシュ修道院を思わせるアーチなど、多様な文化のエッセンスが混ざり合う独創的なデザインが本当に惚れ惚れするほど! テラコッタがふんだんに使われた建物は、戦前の限られた時代にしか見られず、非常に貴重な存在なのだそうです。

彩色の天井が広がるダイニング。
彩色の天井が広がるダイニング。

現役で稼働する日本最古といわれるオーチス製エレベーターも見どころのひとつ。
現役で稼働する日本最古といわれるオーチス製エレベーターも見どころのひとつ。

異国のアーチがつくる陰影が、食事の時間をさらに豊かにする。
異国のアーチがつくる陰影が、食事の時間をさらに豊かにする。
カリッと揚がった大きなお肉がとっても美味な甘酸っぱい酢豚。
カリッと揚がった大きなお肉がとっても美味な甘酸っぱい酢豚。

今回は、名物の春巻きや酢豚をはじめとするボリューム満点の本格北京料理をいただきながら、笠原先生と一級建築士で学芸員、建築祭実行委員でもある前田尚武先生の解説をダブルで伺うというなんとも贅沢なひとときに。“建築を学びながら、その建築の中で食事をする” ──そんなまたとない体験に、質問も炸裂。とても有意義な時間となりました。スパニッシュ、メキシコ、イスラムなど多彩な文化が混ざり合う華やかな建築と、美味しい中華。東華菜館という魅力を五感でまるごと堪能できた非常に思い出深いランチタイムとなりました。

東華菜館(旧矢尾政レストラン)
住所|京都市下京区四条大橋西詰
竣工年|1926(大正5)年
用途|レストラン
構造・規模|鉄筋コンクリート造・地上5階、塔屋、地下1階
設計|ヴォーリズ設計事務所(W・M・ヴォーリズ、佐藤久勝)
施工|大林組
https://www.tohkasaikan.com/

京都市役所本庁舎― 多様な様式が息づく、京都の現役名建築!

昭和初期の気概を宿す、堂々たるファサード。
昭和初期の気概を宿す、堂々たるファサード。

いくつもの建築を巡る中で、「これぞ京都!」と強く心に残ったのが、昭和初期に完成した京都市役所本庁舎です。“関西建築界の父”と呼ばれた武田五一が監修し、設計はその弟子・中野進一。1930年代、京都が近代都市として歩み出そうとしていた時代の空気をそのまま宿したような、いわば京都の威信を形にした建物です。

外観は、バロックやロマネスクを思わせる力強い表情。中央の塔屋は、当時の高さ制限(100尺)ギリギリまでに伸ばされ、都市としての気概を象徴するフォルムとなっています。

映画のワンシーンに出てきそうな、優美なダブル階段。
映画のワンシーンに出てきそうな、優美なダブル階段。

京都市内の風景を9枚のステンドグラスで描いた作品。
京都市内の風景を9枚のステンドグラスで描いた作品。

中に入ると、その豪華さと多様性に圧倒されます。玄関ホールでは、バロック建築の劇的なダブル階段が迎えてくれ、美しいステンドグラスは京都の四季をテーマにした色彩で見る者の心を掴みます。天井や壁には、イスラム風のアーチや植物文様がさりげなくあしらわれ、細部に宿る職人の手仕事に思わず見入ってしまいました。

2021年の本庁舎改修で、1927年の創建当時の姿に復元されたレトロな「正庁の間」。
2021年の本庁舎改修で、1927年の創建当時の姿に復元されたレトロな「正庁の間」。

曲線美と淡い色調が息づく、市会議場の優雅な空間。
曲線美と淡い色調が息づく、市会議場の優雅な空間。

さらに、戦後の庁舎には見られないゴージャスな「正庁の間」や、柔らかいパステルトーンと曲線美が印象的な「市会議場」など、どの空間も昭和のクラシックと現代の感性が軽やかに調和。「ここでファッション撮影がしたい!」と本気で思ってしまうほど、どこを切り取っても絵になる場所で、テンションが上がりました。

歴史的空間の中心で記念ショットを(笑)。
歴史的空間の中心で記念ショットを(笑)。

そして何より胸を打たれたのは、この建築が今もなお“現役”で使われているという事実。歴史遺産でありながら、市民が行き交い、議会が開かれ、京都という街を日々支える場であり続けている。“使われている建築だからこそ残っていく”という、建築保存の本質を、ここで深く実感しました。 京都市役所は、単なる庁舎でも、ただの名建築でもありません。京都という都市が積み重ねてきた「歴史」と「美意識」が凝縮されたた場所。市民に長く愛されてきた理由が、訪れてみて本当によくわかりました。

京都市役所本庁舎
住所|京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488
竣工年|第一期:1927(昭和2)年/第二期:1931(昭和6)年/改修年2021(令和3)年
用途|庁舎
構造・規模|鉄筋コンクリート造・地上4階、塔屋、地下2階
設計|竣工時・顧問:武田五一、設計:中野進一(京都市営繕課)/改修時:日建設計
施工|竣工時・第一期:山虎組・松井組・松村組、第二期:津田甚組/改修時:大成・古瀬・吉村 特定建設工事共同体
https://www.city.kyoto.lg.jp/

京都国立博物館・明治古都館―京都を代表する名建築へ


ライトアップされた夜の明治古都館。公開時間を待つ人々の列が本当にすごくて、人気の高さを感じました!
ライトアップされた夜の明治古都館。公開時間を待つ人々の列が本当にすごくて、人気の高さを感じました!

京都の街が夕闇に染まりはじめた頃向かったのは、この旅のクライマックスとなる、京都国立博物館・明治古都館。ライトアップされた赤レンガと白亜の装飾が夜空に浮かび上がり、思わず息を呑む美しさ! 建物の前には長蛇の列が伸び、この建築がいかに愛されているかを物語っています。


左右対称の美が際立つ、片山東熊の端正なファサード。(オフィシャルを拝借)
左右対称の美が際立つ、片山東熊の端正なファサード。(オフィシャルを拝借)

明治古都館を手がけたのは、赤坂離宮(現・迎賓館赤坂離宮)や東京国立博物館・表慶館などを設計した宮廷建築家・片山東熊。英国人建築家ジョサイア・コンドルの一期生としてヨーロッパで本格的に建築を学び、日本に宮廷建築という新しい美の概念をもたらした人物です。私は片山東熊ファンなので、この明治古都館の訪問を本当に楽しみにしていました!

中央破風に刻まれた日本の神仏モチーフがゾクゾクするほどかっこいい!
中央破風に刻まれた日本の神仏モチーフがゾクゾクするほどかっこいい!

建物の完成は、1895年。ルネサンス様式を基調にしながら、バロックの優美さ、ローマ建築のアーチ、フランスのマンサード屋根など、ヨーロッパ各地の意匠を巧みに融合。しかし単なる模倣に終わらず、ペディメント(破風)には毘首羯磨(びしゅかつま)や伎芸天(ぎけいてん)といった日本の神仏モチーフが彫り込まれ、西洋の豪華さと日本の精神性が見事に共存しています。赤レンガを剥き出しにし、イギリス積みを採用している点は、“コンドル流”の証。いわば「イギリス式フランス建築」と呼ばれる独特の混ざり合いは、この建物ならではの魅力なんだそう。

白を基調とした光のホールは、圧倒的な清廉さ!(オフィシャルを拝借)
白を基調とした光のホールは、圧倒的な清廉さ!(オフィシャルを拝借)

中に足を踏み入れると、白を基調とした明るい空間に、古代ギリシャに端を発する円柱が並び、頭上の大きな天窓からやわらかな光が降り注ぐ構造に。明治の工匠技術が息づく優雅な空気が満ちていました。

池に映り込む光景までが1枚の絵画のような、特別な夜の表情。
池に映り込む光景までが1枚の絵画のような、特別な夜の表情。

この建物が京都に建てられたのは、平安遷都1100年を迎え、京都が再び文化都市として歩み出そうとしていた時期。その象徴が平安神宮であり、そしてこの明治古都館だったのだと解説を伺い、その壮大なプロジェクトに想いを馳せてしまいます。

夜の光に照らされた明治古都館は、まるで時代の境目に立っているかのような不思議な気分にさせてくれる、まさに京都モダン建築の象徴のような存在。ここを歩きながら、「京都の建築には、新しいものを受け入れて、京都らしく昇華する力がある」と深く感じたのでありました。

京都国立博物館・明治古都館
住所|京都市東山区茶屋町527
竣工年|1895(明治28)年
用途|博物館 構造・規模|煉瓦造・地上1階
設計|片山東熊
施工|宮内省内匠寮
文化財|重要文化財:明治古都館
https://www.kyohaku.go.jp/jp/

建築を巡る旅が、私に教えてくれたこと

今回の京都滞在では、文化庁主催「LinkArchiScape」プロジェクトのトークイベントにも3つ参加し、建築家の方々の視点や京都の都市文化へのアプローチに触れられたことも、旅の大きな学びとなりました。

文化庁『LinkArchiScape』のトークイベントにて。建築の魅力と地域文化の未来について、多彩なゲストが語り合ったひと幕。
文化庁『LinkArchiScape』のトークイベントにて。建築の魅力と地域文化の未来について、多彩なゲストが語り合ったひと幕。

トークイベントの会場となった東本願寺視聴覚ホール|高松伸設計、東本願寺境内の地下に潜む現代建築。
トークイベントの会場となった東本願寺視聴覚ホール|高松伸設計、東本願寺境内の地下に潜む現代建築。

建築史家・藤森照信氏と俳優・常盤貴子氏を迎える特別トークイベントの会場となった国立京都国際会館|大谷幸夫設計、日本モダニズムの頂点とも言われる建築。
建築史家・藤森照信氏と俳優・常盤貴子氏を迎える特別トークイベントの会場となった国立京都国際会館|大谷幸夫設計、日本モダニズムの頂点とも言われる建築。

会場となったのは、建築家・高松伸による秘められた名作「東本願寺視聴覚ホール」や、世界的建築家・大谷幸夫が手がけた戦後モダニズムの金字塔「国立京都国際会館」など、どこも語り尽くせない魅力を湛えた建築ばかり。実際に建築を訪ね、専門家の話を聞き、空間そのものに身を置くという体験が、京都という街の奥行きをより深く感じさせてくれました。

大谷幸夫の構造美が際立つ、象徴的なV字フレーム。
大谷幸夫の構造美が際立つ、象徴的なV字フレーム。

宇宙船のような天井照明が迎える、大ホールの壮麗な空間。
宇宙船のような天井照明が迎える、大ホールの壮麗な空間。

古き良き京都の面影を今に伝える、趣深い店構えが印象的な寺町京極商店街の書店。
古き良き京都の面影を今に伝える、趣深い店構えが印象的な寺町京極商店街の書店。

武田五一の設計で、1928年に毎日新聞社京都支局として竣工した、現・1928ビル。地下1階の「CAFÉ INDÉPENDANTS」では、泰山タイルに囲まれた空間でひと休み。
武田五一の設計で、1928年に毎日新聞社京都支局として竣工した、現・1928ビル。地下1階の「CAFÉ INDÉPENDANTS」では、泰山タイルに囲まれた空間でひと休み。

和洋が調和する端正な外観が美しい、明治期の名建築・島津製作所 創業記念資料館。
和洋が調和する端正な外観が美しい、明治期の名建築・島津製作所 創業記念資料館。

今回の旅で笠原先生や前田先生と一緒に歩いた京都の街を、ゆっくり思い返します。これまで何気なく通り過ぎていた建物が、専門家の解説とともに歩くことで、突然“語りはじめる”んです。

「古い民家だと思っていた建物が、実は歴史的に価値ある建物だったんだ!」

「このリノベーションにはこんな物語が隠れていたんだ!」

そんな驚きが何度も訪れ、これまでの“京都観光”の概念が軽やかに塗り替えられていくのを感じました。 そして気づいたのです。 私はいま、“名所を巡る旅”よりも、“建築を巡る旅”に強く惹かれているのだと! ただ京都の街を歩いているだけでは、決して触れられない深い物語。

建築祭に参加し、ガイドの方々に案内していただくことで初めて見えてくる京都の姿が、確かにそこにありました。 今年の「京都モダン建築祭」は過去最多の公開件数となり、来場者は7.1万人(昨年は約4.6万人)へと大幅に増加。普段は見ることができない建築を巡る「パスポート公開」には、4日間で6.6万人が訪れたそう。さらに、ガイドツアーは3,500人、特別イベントは1,200人が参加し、街を舞台にした建築祭が、“京都の秋の新たな風物詩”として確かに息づきはじめていることを実感しました。

「来年も絶対に参加しよう!」 京都の建築に触れた二日間が、そう強く思わせてくれました。 最後に、京都の建築をより深く、豊かに見せてくださった笠原一人先生、前田尚武先生に心から感謝を。建築が語る物語とともに歩く京都は、きっとまた来年も新しい景色を見せてくれるはずです。

Profile

清原愛花Aika Kiyohara コントリビューティング・ファッション・エディター/スタイリスト。大学時代よりさまざまな編集部を経て、2009年より『Numéro TOKYO』に参加。田中杏子に師事後、独立。本誌ではジュエリー&ファッションストーリーを担当。フリーランスのスタイリストとしては、雑誌や広告、女優、ミュージシャンの衣装を手がける。最近は、愛犬エルトン・清原くん(ヨークシャテリア)のママとして、ライフをエンジョイ中。Instagram @kiyoai413
 

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