「LinkArchiScape」と「京都モダン建築祭」のプレスツアーの滞在先として選ばれたのが、元清水小学校を保存・活用した「ザ・ホテル青龍 京都清水」。地域の記憶を刻んできた校舎を受け継ぎながら、ホテルとして再生された唯一無二のヘリテージ建築。その魅力を、ファッション・エディターの清原愛花がご紹介いたします。
名所を巡るのではなく、建築そのものを辿り、物語を感じる——。
「LinkArchiScape」と「京都モダン建築祭」のプレスツアーで体験したのは、そんな京都の歩き方でした。保存と活用、記憶と現在。その間に立つ建物が歩んできた時間を感じながら街を巡り、最後に辿り着いたのが、元清水小学校を保存し活用して2020年に開業した「ザ・ホテル青龍 京都清水」。子どもたちの時間を育んできた場所が、いまはホテルとして生まれ変わったこの場所で、一夜を過ごしました。


写真を比較してみると、その成り立ちが少しずつ浮かび上がります。「ザ・ホテル青龍 京都清水」は、今からおよそ90年前、昭和8年(1933年)に建てられた元清水小学校の歴史的価値ある校舎を活かしたホテル。戦前の京都で、「将来の京都を支えるのは子どもたちだ」という思いのもと、地域の人々が寄付を募って建てた校舎だったという。

当時としては珍しい、鉄筋コンクリート造のモダンで画期的な校舎。南棟の外観に残るアーチ窓や、屋根部分のスパニッシュ瓦、また、意匠を凝らした正面ファサードからは、「せっかく建てるなら、他に負けない誇れるものを!」という地元の気概が感じられます。その立地や外観上の装飾、内装デザインから、“唯一無二の特徴を持つ建築”として評価された学校のひとつだったそう。そして、いまもその姿が大きく変わってないことに、本当に驚かされます。

廃校となったのは2011年。長い歴史を持ち、地域にとって欠かせない校舎をどう残すかが課題となるなか、“保存”と“活用”の両立を目指して選ばれたのが、“ホテル”というかたちでした。元々の建物の魅力を際立たせるため、増築部分はあえて黒を基調に。クリーム色の既存校舎とのコントラストがとてもモダンで、この場所が歩んできた時間を、より鮮明に映し出しているかのように感じられます。
テラスと階段——校舎をつなぐ、開かれたアプローチ

坂の多い東山の地形が生む高低差を、そのまま受け止めるように設えられたテラスと大階段。三つの校舎を結ぶこのアプローチは、かつての学校の記憶をなぞるようにゆるやかに館内へと導いてくれます。子どもたちが元気に行き交ったであろう場所を、いまは世界中からのゲストが行き交う——用途は変わっても、人を迎え入れるための動線として、この階段は変わらずこの場所の“顔”であり続けています。
館内へ——踊り場と廊下に残る、学び舎のムード




廊下へ進むと、長く伸びる動線や天井の高さが、かつての校舎の面影をそのまま感じさせてくれます。腰壁の高さや素材感を残しながら、床や照明でホテルとしての洗練をプラス。新しい要素は控えめに、建物がもともと持っていた佇まいを大切にしようとする、その姿勢やセンスに心を掴まれます。
元講堂が生まれ変わった、libraryという空間


館内でもひときわ印象に残ったのが、「restaurant library the hotel seiryu」。かつては入学式や卒業式などを行う講堂として使われていた空間だったそう。天井高をそのまま残した大きな一室に、本がずらりと並ぶ光景は、まるで図書館のようです。写真集や小説、京都にまつわる書籍、コミックまで、ジャンルは実に多彩。食事をしながら自由に本を手に取れるほか、宿泊者であれば客室へ持ち帰って読むこともできます。 私はこの図書館のような空間で、本をめくりながら朝食をいただきました。かつて多くの子どもたちが集った講堂が、いまはゆったりと食事を楽しめるレストランとして使われていることが、とても印象に残ります。
客室——片肘張らずに過ごせる、京都の一室

館内を巡り、客室に入ると、それまでの建築的な余韻を受け止めるような、穏やかな空気に包まれます。モダンで落ち着いたインテリアに、ゆとりのあるベッドと広々としたバスルーム。華美すぎず、必要なものが心地よく整えられた客室です。 約7,000㎡の敷地に、客室はわずか48室。既存校舎由来のアーチ窓を残す部屋もあり、中庭を望む部屋や、法観寺・八坂の塔を望む部屋など、眺望もさまざま。 旅先でありながら、気負うことなく自分の時間に戻れる。とても心地よく、ゆっくり過ごすことができました。
ブノワ 京都——敷地内で味わう、気取らないビストロ

敷地内の別棟には、世界各地でミシュラン星付きレストランを展開するデュカス・パリが監修する「ブノワ 京都」が。今回は、こちらでディナーをいただきました。フランスのビストロを思わせる、どこか親しみのある空気感の中で味わうのは、旬の素材を取り入れたモダンなビストロ料理。アンティーク家具に囲まれた、アットホームな店内は、ほどよく力が抜けていて、自然とくつろげます。 建築を巡り、たっぷり歩いた一日の終わりに、心地よい余韻を残してくれるディナーとなりました。
K36 The Bar & Rooftop——京都の稜線と街を一度に味わう、特別なルーフトップ

以前から「ここのバーは素敵!」と噂に聞いていた、ザ・ホテル青龍 京都清水の4階にある「K36 The Bar & Rooftop」。実際に足を運ぶと、その理由はすぐにわかりました。 室内のバーと、開放感あふれるルーフトップバーのふたつの空間が用意されています。 眼下には京都の街並み、そしてすぐそばに法観寺・八坂の塔。視線を遠くへやれば、東山三十六峰の稜線がやわらかく空を区切り、京都という街の輪郭が立ち上がってきます。

近年、世界各地で増え続けるルーフトップバーですが、この4階で山と街を一度に見渡せるロケーションは、稀有な存在です。 「K36」という名前は、京都の“K”、清水の“K”、東山三十六峰の“36”、そして360度のパノラマビューに由来するそう。その名の通り、ここには京都の風景が凝縮されています。

この夜いただいたのは、K36 ジントニック。東山を望む特等席で味わうクラシックな一杯は、シンプルでありながら、記憶に残るひと時となりました。
朝食——元講堂で味わう、からだが目覚める京ごはん

朝食は、「restaurant library the hotel seiryu」にて。元講堂という広々とした空間に、朝のやわらかな光が差し込み、自然と気持ちが整っていきます。夜は寿司バーとしても使われているこの場所ですが、朝は一転して、静かで心地よい1日のスタート地点に。


朝食は、メインディッシュを一品選び、前菜やサラダ、パン、フルーツ、ドリンクなどはビュッフェスタイルで楽しめる構成。 私は「京の朝鍋」をチョイスしました。「京都に来た〜!」と声に出したくなるような、やさしく深いお出汁の味わいが、からだにすっと染み渡り、朝から驚くほど軽やかに完食。 この朝食は、「Well-being」をテーマに、幸せな一日の始まりを表現しているそう。旬の食材を取り入れたメニューが揃い、食べることそのものが“整える時間”になっていきます。ビュッフェとメインを組み合わせることができるという贅沢感もあり、大満足の朝食時間となりました。
朝の清水散策——人のいない京都を歩く、静かな特権


このホテルに宿泊されたなら、ぜひ体験してほしい朝の時間があります。 清水寺の開門は朝6時。まだ街が目を覚ましきらない薄明の時間にホテルを出発し、徒歩7〜8分ほどで向かう、早朝の清水散策です。 人影のない石畳、静まり返った東山の空気。観光地としての京都とはまったく異なる、凛とした表情に出合えるのは、この立地に泊まるからこその特権!

道すがら目に留まったのは、「すべての源は自分自身」という言葉。朝の澄んだ空気のなかでふと立ち止まり、この街を感じる時間そのものが、旅の記憶をより深いものにしてくれます。

にぎわいが始まる前の清水寺を歩き、その余韻を胸にホテルへ戻る——。ここで過ごす朝は、観光というより、“京都に身を置く”という感覚に近いもの。滞在の満足度を、静かに、けれど確実に高めてくれる、豊かで贅沢な時間でした
建築が、旅の記憶になるとき
「ザ・ホテル青龍 京都清水」で過ごした時間は、建築を巡る旅の延長線上にありながら、その先へと静かに導いてくれる体験でした。
かつて地域の未来を願って建てられた学び舎が、時を経てホテルとして息づく——その事実に身を置くことで、建築が単なる“かたち”ではなく、人の想いや記憶を受け継ぐ存在であることを、改めて実感します。
歴史を刻んだ空間に身を委ね、朝の清水を歩き、山と街の稜線を眺めながらカクテルをいただく。ここで過ごす時間は、京都を「訪れる街」から「関わりをもつ街」へと少しずつ変えてくれるように感じました。
ヘリテージホテルの魅力は、ラグジュアリーや新しさの先にある“積み重ねられてきた時間”を体感できること。その奥深さは、こうしたプレスツアーという機会がなければ、きっと気づくことはなかったと思います。
建築とともに生きるということ、場所が人の記憶を育てるということ——旅を通して得た新たな視点は、これからの人生の中でも、残り続ける気がしています。このような学びと発見に満ちた、かけがえのない滞在体験を与えて下さったことに、心から感謝を込めて。
ザ・ホテル青龍 京都清水
京都府京都市東山区清水2丁目204-2
TEL/075-532-1111
URL/https://www.princehotels.co.jp/seiryu-kiyomizu/



