現代アートとの対話を通して、ファッションの新たな可能性を探求してきた「アンテプリマ(ANTEPRIMA)」。2026-27年秋冬コレクションでは「時」をテーマに掲げ、現代美術家・宮永愛子とのコラボレーションを発表した。
時間や記憶、変化といった目に見えないものを表現し続けてきた宮永。その詩的な世界観が、アンテプリマの服やバッグに新たな息吹を吹き込んだ。10月21日(水)まで、銀座・和光でポップアップ『時をまとう。記憶をたたむ。』を開催。これを機に、クリエイティブ・ディレクターの荻野いづみと宮永愛子にそれぞれインタビュー。二つのクリエイションが出合い、見えてきたものとは。

アートはファッションを自由にする。荻野いづみが考える創造の原動力
30年以上にわたり、アンテプリマを率いてきた荻野いづみ。デザイナーであると同時に、アートコレクターとしても知られ、現代美術との交流をブランドのクリエイションへとつなげてきた。なぜ今、アートなのか。そう尋ねると、荻野はファッションという産業が抱えるジレンマを率直に語り始めた。
──荻野さんは長年アートコレクターとしても知られ、また第61回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館展示において、同展を支援するコレクターズサークル発起人代表も務めています。荻野さんにとってアートとはなんでしょうか。
「30年ほど前から現代アートに夢中になって、いろいろな作品やアーティストに出会ってきました。現代アートは、自分では考えも及ばないような世界へ連れていってくれる。『よくこんなことを考えましたね!』と笑ってしまうような驚きもあれば、感動することもある。生きていてよかったと思わせてくれる、私にとっては原動力のようなものです。
ファッションの世界は、常に次のシーズンに追われています。しかもビジネスですから、数字のことも考えないといけない。その中で毎シーズン、新しいコンセプトやアイデアを生み出し続けるのは、決して容易なことではありません。一方でアーティストは、そうしたファッションのスピード感や商業的な価値とは違うところで、自分の思想や信念を貫いて作品をつくり続けている。そのエネルギーは本当にすごいと思います」
──アンテプリマ30周年記念では横山奈美さんとのコラボレーションを企画され、2025年秋冬コレクションで加藤泉さん、26年春夏コレクションで岩崎貴宏さんとコラボレーションしています。アートとファッションが出合うことはどのような意義があり、またアンテプリマのクリエイションに新しい可能性をもたらしているのでしょうか。
「アーティストとのコラボレーションは、私だけでなく、スタッフにとっても大きな刺激になっています。というのも、私たちはアーティストの作品のモチーフをそのまま使ってコラボレーションするのではなく、アーティストが何を好きで、どんな音楽を聴き、どんな服や靴を身につけているのか。パーソナルなところにまで迫って相手のことを知ろうとします。そうすると、思いもよらないキーワードが出てきたりして、そこから何が生まれるかわからない。でもそれがすごく面白い。
数年前から始まったアーティストコラボレーションは私だけでなく、デザイナーチームがものすごく喜ぶんですよ。最初のミーティングなんて、おもちゃ箱をひっくり返したみたいにアイデアが出てくるんです(笑)」

──今回は宮永愛子さんをコラボレートアーティストに迎えました。宮永さんとの出会いはいつでしたか? また、宮永さんの作品にどんな魅力を感じていたのでしょうか。
「出会いはおよそ10年前。香港で作品を購入したことがきっかけで、その後、瀬戸内の芸術祭で体験した宮永さんの作品も記憶に残っていました。ずっと心の中にあるということは、それだけ強い印象を受けたということです。宮永さんの作品は時間を感じさせるものが多いですが、ナフタリンの白い世界というイメージも強くあって、それをどうファッションに落とし込むか最初は悩みました。でも、制作を進めるほどアンテプリマとの共通点が見えてきたんです。
たとえば、一本のワイヤーコードを編み上げてつくるワイヤーバッグ。糸が連なって形になっていく構造は、時間の連続性を思わせます。今回発表した26-27FWのウェアにも、編み始めの糸をあえて残したニットや、グラデーションによって変化を表現したデザインなど、時間の痕跡を感じさせるディテールを取り入れています。こんなふうに宮永さんとお話しするなかで、どんどんアイデアが膨らんでいったんです。
そうした対話から生まれたアイテムのひとつが、純銀のバタフライモチーフをあしらったワイヤーバッグです。純度99.9%の銀を使用した蝶は、空気に触れることで少しずつ色や表情を変えていきます。一般的なファッションアイテムなら、できるだけ新品の美しさを保とうと考えるかもしれません。しかし、このバッグは変化すること自体がデザインの一部と捉えました」
──変色していくことを受け入れるという発想が興味深いです。
「私は時間が経って変化したものにも、美しさがあると思っているんです。以前、台北のアートコレクターのお宅で、あるアーティストの作品を見せてもらったことがありました。かなり初期の作品だったので、時間が経って黒く変色していたんですが、持ち主は『黒くなった今のほうが好きなんだ』とおっしゃっていて。それを聞いてなんて素敵だろうと思いました。
そこには持ち主が作品と過ごした時間や思い出がある。時間を吸収して変わっていくものの魅力を改めて感じました。だから今回も、銀が黒ずんでいくことをネガティブに考えず、その変化も含めて楽しんでいただけるバッグにしたいと思いました」

──今回のコレクションでは、「新しいものを身につける」というファッションの価値観にも、少し違う視点が加わったように感じます。
「そうですね。最近、私が大切にしているのは『自然な装い』です。今日も、3年くらい前の靴を履いて、1年前に購入したシャツに、今シーズンのジャケットを合わせています。全部を今シーズンのもので揃える必要はないと思うので。
今年9月末にミラノで発表したコレクションでも、28年前の靴をファーストルックに使ったことがありました。時間を飛び越えて、過去のものと今のものが自然に共存している。アーティストとコラボレーションすることで、そうした考え方もごく自然に自分の中で育まれてきました」
──時間を重ねることについて、荻野さんご自身はどのように感じていますか。
「とても素晴らしいことだと思います。長く付き合っているからこその安心感があるし、時間をかけて信頼が生まれることもある。服や靴だって、昔のものを見ると、誰と一緒にいたときのものだったか、どんな仕事をしたときのものだったか、いろんなことを思い出します。現代アートと骨董は相性がいいと私は思っているのですが、それも同じことで、新しいものと古いもの、どちらか一方がいいということではなく、違う時間を持ったもの同士が調和する。その美しさがあると思います」
──今回のポップアップの舞台は、銀座・和光。かつて時計店として始まった和光の本店地階 アーツアンドカルチャーは、「時の舞台」をコンセプトに掲げています。時間をテーマにしたコレクションを発表するには、これ以上ない場所ですね。
「以前、和光の時計塔に案内していただいたことがあって、本当に素敵な場所だと感動したんです。そのときから、いつかここで何かできたらいいなと。今回のポップアップではアンテプリマのファンだけでなく、宮永さんの作品を愛するコレクターの方々やアート好きの方、和光のお客様もいらっしゃる。アートを通していろんな出会いが生まれることも、とても楽しみにしています」

「時間とは、一瞬がたくさんあるだけ」。宮永愛子が見つめる変化の美しさ
今回コラボレーションアーティストとして迎えられた現代美術家・宮永愛子はこれまで、ナフタリンでかたどった日用品、塩やガラス、陶器の貫入音など、目に見えない時間や気配をさまざまな素材によって表現してきた。作品がゆっくりと変化し、ときには消えていく。そうした表現を追求してきた宮永にとって、スピード感のあるファッションとの協業はどんな気づきをもたらしたのだろう。
──アンテプリマからコラボレーションのお話があったとき、どのように感じましたか。
「美術とファッションでは、ものづくりの速度がまったく違うので、どんなふうに進んでいくんだろうと思いました。でも、以前からアンテプリマがアーティストとコラボレーションしていることは知っていて、いいなと思っていたんです。
作家は基本的に自分ひとりでつくることしかできませんが、協業することで、誰かが違う形で自分の作品世界を開いてくれるというのは、とてもありがたいこと。ファッションを通して、自分の作品を普段アートに触れていない人たちにも知ってもらえるかもしれないですし、どんなことが起こるんだろうと興味がありました」

──実際に制作が始まって、印象的だったことは?
「まず、デザイナーチームの皆さんから『宮永さんの好きなものを教えてください』と言われたんです。それも、どんな音楽を聴くのか、どんな靴を履いているのか、かなり細かいところまで。私が伝えたさまざまな情報を、皆さんが勉強して、つなぎ合わせて、形にしてくれました。
私の作品は消えていくものが多く、色や形も少ないので、ファッションのモチーフにするのは難しいだろうと思っていたんですが、皆さん本当に楽しそうにアイデアを出してくださって。
印象的だったのは、チームの一人ひとりにちゃんと『好き』があること。誰かに言われたからつくるのではなく、自分の好きなものを持っている。いづみさんがスタッフを信頼して任せているからこそ、みんながのびのびと制作できるのだろうなと思いました。そこには信頼と愛があって、とても気持ちのいい現場でした」
──ご自身の作品世界が投影されたバッグを見たときどんな印象を持ちましたか。
「純銀のバタフライをあしらったバッグは驚きました。銀は時間が経つと変わっていく。でもアンテプリマの皆さんは、『それでいい、その変化も好きだと思ってくれる人に理解してもらえたら』、とおっしゃったんです。
一般的にはたくさんの商品を流通させるとなると、誰もが満足する一定の品質や価値が必要になります。でも、使う人や環境によって変わっていくことまで受け入れるというのは、かなりアートに近い考え方だと思いました。
それまでは皆さんの提案に『いいですね』と頷いていたんですけど、そこから自分でもアイデアを出したくなって。
そこで提案したのが、自分の好きな音楽の楽譜を、白いオーガンジーに織り込み、バッグに編み込むというアイテムです。バッグの状態のままだとどんな曲の楽譜なのかわかりませんが、ほどいていくと一曲の音楽がずっと流れている。そんなアイテムです。そして、編むという行為には、時間がある。音楽が続いていくことと、アンテプリマが大事にしてきた一本の糸を編み込んでいくという手法が自然とつながっていると思いました」

──宮永さんは長年、作品を通して「時間」を表現してきましたが、ご自身にとって「時間」は、なぜこれほど長く制作の中心にあるテーマなのでしょう。
「時間って、本当にあるのかな?と思うことがあるんです。時計の針は進んでいくけれど、実際には“一瞬”がたくさんあるだけで、しかも同じ瞬間は二度とない。
また、コーヒーの香りを嗅いだだけで、30年前に友人と飲んだコーヒーのことを思い出したりしますよね。それは時間の旅だと思うんです。そう思うと時間は、ただ前へ進んでいくだけのものではないのではないかと。私たちは普段、何時に何をして、次に何をして、と先のことばかり考えてしまうけれど、想像する力があれば、過去にも自由に行ける。そういう時間のあり方に興味があります」
──そうした考え方はいつからお持ちでしたか?
「幼い頃から身近にあったものづくりの風景が影響しているのかもしれません。私は曽祖父の代から焼き物を手がけてきた家で育ち、庭にはかつて誰かがつくった陶器の破片が落ちていました。その破片一つひとつに、誰かがつくった過去があり、そして、今は破片の形をしているけれど、それもいつかもっと砕かれて砂になるかもしれない。そういうものが当たり前に目の前にあったから、古いとか新しいとか、あまり意識せずに育ったのかもしれません」

──今回、和光の会場で新たな作品も発表されています。銀座の花椿通りから採取した古いレンガや砂、ご実家に残されていた石膏型を作った作品だそうですが、そこにはどんな思いを込めたのでしょうか。
「どんな作品をつくろうかなと思ったときに、いづみさんから『宮永さんの好きなことをやったらいいですよ』と言っていただいたんです。和光といえば時計を思い浮かべますが、せっかくなら銀座でしかできないことをやりたいと思いました。以前、資生堂ギャラリーで展示したときに集めた花椿通りの古いレンガや砂が残っていたので、それを使うことにしたんです。大黒様や恵比寿様のモチーフは、家に100年ほど前から残っていた石膏型から生まれました。
石膏型というのは、いわばものの抜け殻。そのくぼみに、かつてどんな形があったのか。そこへガラスを流し込むことで、過去の形と、今この瞬間の空気が一緒に存在することになると思いました。そして、和光という場所にちなみ、時計のネジをモチーフにした作品には《時の懐》という言葉を与えました。
ファッションは次々と新しいものが生まれる世界だけれど、その新しさも、過去の時間に支えられていると思う。何もないところから、突然新しいものが生まれるわけではなく、過去を大切にすることで、未来もまた生まれてくるんじゃないでしょうか」
ファッションとアート。異なる速度で進む二つの世界が出合い、互いの創造性を刺激し合う。変わっていくことは、必ずしも何かを失うことではない。むしろ、時間を重ねることでしか生まれない美しさがある。そんな視点を与えてくれるコレクションだ。

ANTEPRIMA×宮永愛子『時をまとう。記憶をたたむ。』
会期/2026年10月8日(木)〜10月21日(水)
会場/銀座・和光 本店地階 アーツアンドカルチャー
住所/東京都中央区銀座4-5-11
URL/https://jp.anteprima.com
64,000円(税込)以上の購入者には、バタフライモチーフをあしらったオリジナルコンパクトミラーを先着でプレゼント(数量限定)。
Interview&Text:Mariko Uramoto Edit:Michie Mito
