リンクレイターがあの伝説を等身大の青春群像として再起動。映画『ヌーヴェルヴァーグ』 | Numero TOKYO
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リンクレイターがあの伝説を等身大の青春群像として再起動。映画『ヌーヴェルヴァーグ』

1959年のパリに満ちていた昂揚──カイエ・デュ・シネマ誌を拠点に活動していた当時の若きシネフィル(映画狂)たちが、映画の常識を塗り替えようとしていたあの瞬間を、アメリカ人監督リチャード・リンクレイターが現代の感性で軽やかに呼び戻す。2025年製作の新作『ヌーヴェルヴァーグ』は、ジャン=リュック・ゴダール監督の長編デビュー作『勝手にしやがれ』(1959年製作/1960年公開)の撮影現場を、若者たちの息遣いがそのまま立ち上がる“メタシネマ”として再構成した快作だ。フランス映画でありながら監督はアメリカ人──このねじれこそが本作の核であり、ヌーヴェルヴァーグ誕生の原点である「フランスとアメリカの往復運動」を、リンクレイター自身のフィルモグラフィと地続きのものとして再起動させている。

『勝手にしやがれ』の舞台裏──“新人監督ゴダール”が映画史を跳ね上げる瞬間!

リンクレイター監督は『バッド・チューニング』(1993年)や『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016年)などで、若者同士が語り合い、笑い、音楽をかけ、くだらない話を続ける時間そのものを映画にしてきた。その“ハングアウト映画”の祝祭感が、ヌーヴェルヴァーグの青春と驚くほど自然に重なり合う。冒頭から某上映会に参加しているゴダール、トリュフォー、シャブロル、そしてスクリプター/共同脚本/助監督など多役を担った運動体の要であるスザンヌ・シフマンらが、リンクレイターの演出によって、隣室や部室で映画談義に興じる若者たちのようにいきいきと息づき始める。

ヌーヴェルヴァーグは、フランスの映画青年たちがアメリカ映画を愛し、批評し、自在にリミックスした運動体だった。『勝手にしやがれ』のジャン=ポール・ベルモンドはハンフリー・ボガートの影を露骨にまとい、ジーン・セバーグはオットー・プレミンジャー監督『悲しみよこんにちは』(1958年)──フランソワーズ・サガン原作のフランスで撮られたアメリカ映画──でのセシル役の演技をゴダールが観てオファーを出した。まさに作品の内部でも外部でも「フランスとアメリカの往復運動」が脈打っている。

そしてリンクレイター自身もまた、この往復運動の体現者だ。イーサン・ホークとジュリー・デルピー主演の『ビフォア』三部作──『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(1995年)、『ビフォア・サンセット』(2004年)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)は、アメリカ人監督が“なんちゃってフランス映画”を極めたような至高の連作であり、文化の越境を楽しむ姿勢がヌーヴェルヴァーグの精神と響き合う。

本作には、映画史の教科書で固有名詞として並ぶ人物たちが勢揃いする。ゴダール、トリュフォー、シャブロル、エリック・ロメールやジャック・リヴェットはもちろん、ロッセリーニ、ヴァルダ、ドゥミ、アラン・レネ、ジャック・ロジエ、ジャン・ルーシュ、映画史家ジョルジュ・サドゥールなどなど。映画作家だけでなく、シーンの周辺にいたさまざまな立ち位置の重要人物たちが入り乱れる、“ヌーヴェルヴァーグ・アベンジャーズ”との声も納得の豪華さだ。批評家アンドレ・バザンは1958年に亡くなっているため登場しないが、その不在が逆に時代の空気を際立たせる。

さらに、『マンハッタンの二人の男』(1959年)や『サムライ』(1967年)などのフィルムノワールの名匠、ジャン=ピエール・メルヴィル監督が著名な作家役として『勝手にしやがれ』に出演した際の場面なども再現される。ゴダールらがロベール・ブレッソン監督の『スリ』(1959年)の撮影現場を見るシーンも挿入されるが、これは“あったかもしれない可能性”としての脚色だろう。

1959年、デビュー前のゴダールはまだ“何者でもない”若者だった。終始サングラスをかけ、飄々とマイペースを貫く“新人監督ゴダール”の得体の知れなさに、周囲は「こいつ大丈夫か?」と半信半疑。しかし彼の即興演出とゲリラ撮影は、現場を混乱させながらも、すぐ未来の熱狂へと姿を変えていくわけだ。「セーターの柄が違います」「着替えたからさ」──こうした一見珍妙な会話が示すのは、これは“映画として撮られたもの”であるというメタレベルの視座だ。リンクレイターは神話を解体しすぎず、しかし等身大の若者としてゴダールを開いてみせる。その距離感はフランス映画『グッバイ・ゴダール!』(2017/監督:ミシェル・アザナヴィシウス)の、適切な接し方を間違えたようなシニカルな戯画化とは対照的だ。

本作は『勝手にしやがれ』のスタイルにならい、アカデミー比率(1:1.37)のモノクロ映像で撮影されている。VFXを駆使して再現された1959年のパリを、緻密な衣装と美術が彩り、ほぼ無名の俳優陣が闊歩する──ジーン・セバーグ役のゾーイ・ドゥイッチ(『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』にも出演)を除けば新人ばかり。ゴダール役のギョーム・マルベック、ベルモンド役のオーブリー・デュランは長編デビュー。彼らの瑞々しい存在感が、ヌーヴェルヴァーグの“若さ”を現在へと呼び戻す。

リンクレイターは「この映画を観た若者が“自分も映画を撮りたい”と思ってくれれば本望だ」と語る。映画作りの情熱、創作の素晴らしさ、仲間と共に何かを生み出す喜び──それらをヴィヴィッドに映像化することで、ヌーヴェルヴァーグの精神を現代の観客へと橋渡しする。ゴダールが“今その瞬間を生きる若者”をフィルムに焼きつけようとしたように、リンクレイターもまた、若者の創作衝動を肯定する。

題材があまりに巨大なので、筆者は鑑賞前には正直不安もあった。言うならば、山田宏一『友よ映画よ』(1978年刊行/話の特集社)というヌーヴェルヴァーグ青春メモリアルの名著を映画化するような企画だからだ。しかし蓋を開ければ、驚くほど明るく、楽しい青春映画だった。カイエ・デュ・シネマ誌では2025年度のベストテン第8位に選出され、同誌は「神話の映画化という重みを背負いながら、最後にはシンプルな喜びへとたどり着いた」と絶賛。リンクレイターは神話を壊さず、しかし敷居を下げ、観客を“映画を愛する若者たちの輪”へと招き入れる。

いやー、楽しかった。『ヌーヴェルヴァーグ』は、映画史の金字塔を軽やかに再起動し、若者の創作衝動を祝福する、近年屈指の“映画についての映画”である。2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

『ヌーヴェルヴァーグ』

監督/リチャード・リンクレイター
出演/ギヨーム・マルベック、ゾーイ・ドゥイッチ、オーブリー・デュラン
協賛/Chanel
7月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
https://nouvellevague-movie.com/

© 2025 ARP – Detour Development LLC
©JeanLouisFernandez
配給/AMGエンタテインメント

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人 Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。
 

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