小川哲 × 背筋 対談「ストーリーの作り方」 | Numero TOKYO
Culture / Feature

小川哲 × 背筋 対談「ストーリーの作り方」

小説家は一体何を考えて物語を作っているのだろうか。歴史も交錯する壮大なSF大作を紡ぐ直木賞作家の小川哲と緻密な仕掛けで読者を怖がらせる新進気鋭の人気ホラー作家、背筋に物語の作り方や考え方について聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年5月号掲載)

──伝えたいことをどのような形で物語に落とし込めたら、書き手として成功だと感じるのでしょう?

小川(以下O)「伝えたい内容にも種類があり、謎解きの要素のある作品だと必ず読者に正確に知っておいてもらわないといけない情報があるわけで。でも僕の場合は作品のテーマとか伝えたいことがそもそもあまりなく、どちらかというと自分が小説を通じて考えてみたい問いがあるかどうかが結構重要かもしれなくて。そして、それが読者に伝わるかどうかは問題ではなく、自分のモチベーションを駆動して小説が魅力的になっているかが大事になっています」

背筋(以下S)「私は小説って、いわゆる一人じゃない人にプレゼンする資料みたいなものだと思っていて。ペルソナを立てたとしても老若男女が手にする可能性があるものなので、そこに対して全ての品質を保証することって最初から不可能だったりする。その中でテーマを持って何かを書いたとき、テーマが正しく伝わらなかったとしたら敗北なのかというと、別にそんなこともないのかなと思い始めていて。自分が思ってもいないところの描写を読者が取り上げて『ここが良かった』と何かを受け取ってもらったときに、感情として心の中に波が立てばそれでいいのでは、というくらいの気持ちで書いたほうがいいのかなと思っています」

O「背筋さん、デビューして何年目ですか?」

S「今、3年目です」

O「3年目でその境地に! 僕はそこまでいくのにもっと時間がかかりました。ちなみにその“プレゼン資料”を、誰かに向けて作るとかってあります? 僕は初出の媒体の読者をめちゃくちゃ意識するんですけど」

S「同じですね。アンソロジーで書いてくださいって依頼されたら、まずお聞きするのが『誰が読む本ですか?』で。それに合わせられるかどうかはわからないけれども、念頭に置いて書くのと書かないのでは全然違うと思います。それを知ったタイミングで他の作家さんが誰かというのも聞きます。やっぱり誰の隣に並ぶのかで、自分の立ち位置って結構変わってきますから。ベテランの方と並ぶのであれば、背伸びして書くよりも飛び道具に振り切ったほうが棲み分けできると思いますし」

O「僕もアンソロジーは他の作家さんが誰か絶対に聞きますね。それこそベテランで手堅くお題を真正面から書いてくれる人がいたら『僕は好き勝手やろう』となる」

──そこまで物語以外のことも考えないと書けないものなのですか?

O「僕の場合は書けないですね、内側から物語があふれ出たりとかしてこないので。もちろん読者だけでなく、世界の流れだったり動きだったりとかもありますが、そういうインプットがないと僕はうまく小説を設計できない気がします」

S「書き手の中には『自分の生きるテーマとしてこれを書くんだ』という方がいらっしゃると思いますけど、私はそういうタイプではなくて。だからこそいろんな要素を加味した上でアウトプットしていかざるを得ないのかなと思っています。キャリアの差はすごくあれど、似たような二人がそろってしまいましたね」

O「そうですね。背筋さんが書くようなモキュメンタリーは僕の作品と読み味は違うかもしれないけど、たぶん作り方が似ている気がします」

正確さと面白さは比例しない

──小川さんは執筆する上でプロットを作らないそうですが、背筋さんはエクセルでプロットを作っていると過去に話していました。

S「それはわりと設定が入り組んだ作品だったからですね。単純に私が先に設定した時系列を忘れないようにエクセルで作りました」

O「サラリーマンをやっているみたいな感じがするから、僕は時系列を整理するのが死ぬほど嫌いで(笑)。全部頭の中で処理しているからむっちゃ矛盾とかするんですけど、校正で直せばいいやと考えていて。でも別に読者も時系列を表にしながら作品を読んでいないじゃないですか。だから著者が外部メモを使って整理しないといけないような時系列だったら、そもそも読者が混乱するんじゃないかと思うんですよ」

S「確かに! 耳が痛い」

O「『地図と拳』は、直木賞の受賞後に三浦しをんさんに時系列の矛盾を指摘されて。『確かに!』となって文庫化のときに直そうと思っていたんですけど、校正の人から指摘がなかったし、僕もどこだったか忘れてしまったのでそのままにしたんですよ。この間、三浦さんに会ったらまだ矛盾の箇所がどこか覚えていらして。『あそこだよ』と教えてもらったので今は直せる状態なんですけど、別にこのまま世界で三浦さんだけが気付いた矛盾として残しておくのもいいかなみたいにも思っています(笑)」

S「それで言うと、私は強迫的なところがあって。文字の表記とかも全部統一しないと許せないところがあるんですよ」

O「僕もそういうのあります。選考会とかで指摘しても、他の選考委員の方は誰も気付いてなくて『俺だけなんだ』みたいになったりしますね」

S「でも面白い作品は別にそんな矛盾があろうがなかろうが面白いし、それをわかっているからこそ変なこだわりを持っている自分が嫌で。早くそのこだわりから離れようと必死になっている感じです」

(左から)背筋著『口に関するアンケート』(ポプラ社)、『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)。小川哲著『言語化するための小説思考』(講談社)、『火星の女王』(早川書房)。『言語化〜』には小川の小説執筆時の思考の過程が惜しみなく綴られ、背筋も絶賛コメントを寄せた。
(左から)背筋著『口に関するアンケート』(ポプラ社)、『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)。小川哲著『言語化するための小説思考』(講談社)、『火星の女王』(早川書房)。『言語化〜』には小川の小説執筆時の思考の過程が惜しみなく綴られ、背筋も絶賛コメントを寄せた。

回りくどい描写にも意味がある

S「『言語化するための小説思考』の中で、小説の全ての文章が伏線であるべきだと書かれていたじゃないですか。それを読んで『確かに』となったんですが、自分の中で考えたときに『待てよ』となり、伏線になり得る情報以外をなくした怪談を書いてみたんですが、これが全く怖くなくて。『犬の散歩をしているときに古いアパートがあって、その窓の内側にびっしり蠅が止まっているのを見てしまいました』というところから話が展開する怪談なのですが、文章を削っていて一気に色が落ちたなと思ったのが、そこに至るまでの『私は犬を飼うことがずっと夢だった』みたいなストロークで。必要が無いものを書いていたほうが、その後に待っている怖さに効いているなと思いつつも、でもそれって伏線なのかどうかと感じるところがあって」

O「完全に伏線ですね。語り手のステータスにしても、怖がっている人がどういう人なのかなどを読者がイメージできたりしないと、その事象に対して怖がれないですから」

S「でもステータスを伝えるっていうことなら『28歳、都内住み、女性、最近犬を飼った』という箇条書きで済みますよね? でもそれをどんどんやっていくと必要な情報だけ残るけど色がない。じゃあ色って必要なのかとなると、話の主題を彩るものではあるけれど、ストイックにテーマだけを追求するなら必要な情報ではないということに帰結していくと思うんですよ」

O「本に書こうか迷ったことなんですけど、読者が文章を読む、つまりその本と関わっている時間と、処理できる情報の量は比例しているのがいちばん良くて。箇条書きって処理しなければいけない情報量が最も濃い状態で、読者がその文字列を読んだときと設定や世界を頭で組み立てるときにすごく時間的な乖離が生まれるんですよ。情報量が多すぎて、バッと読んでも何も頭に浮かんでこない。だから地の文で回りくどく書くというのは、読者が文章に書かれてある意味を理解するのと、目で文字を追っている時間をそろえる効果もある。なるべく目で追っている時間と、頭の中で理解するのにかかる時間がそろうといいんです」

S「それ、誰に向けて書くのかというのと密接に関わってきますね。読者層によっては少し説明的であってもここで一文入れておいたほうがいいみたいな。例えば長編とかになると小川さんのファンに向けて書かれると思うのですが、その場合は、自分のファンならこういう読み方をするという前提で文章の組み立てをしているということですか?」

O「それはそうかもしれないです。長編によってもどういう読者がいるかなどは内容によるので書き方を変えたりしますが、本当に自分のコアなファンや自分自身だけがわかればいいと思う小説を書くんだったら全然違う書き方になると思いますね」

──最後に質問です。二人にとって物語とはどんな存在ですか?

S「私は読み手の側面と作り手の側面で二つあるかなと思って。作り手でいうとフィクションという商品で、読み手でいうと救いだろうなと。例えば恋愛小説だったら『こんな素敵な大恋愛ができるんだ!』って思いたいし、それを思わせてくれるフィクションというのは救いになり得るんじゃないかと」

O「僕は、人々が自分が認知した現象を理解するモデルだと思ってます。昔の人は『雨の日が続いて農作物がとれない、どうしてだろう?』っていうときに『神様が怒っているからだ』と物語として現象を理解したわけですよね。人間自体が目の前で起こっている現象を物語としてしか理解できないと僕は思っているので、物語そのもの、フィクションというものは、人間の在り方が変わらない限りずっと存在すると考えています」

Photos:Takao Iwasawa Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara

Profile

小川哲 Satoshi Ogawa 1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞しデビュー。22年に『地図と拳』で第13回山田風太郎賞を、23年に同作で第168回直木三十五賞を受賞。ヒット作多数の今を代表する作家の一人。
背筋 Sesuji 2023年、『近畿地方のある場所について』でデビュー。同作で『このホラーがすごい! 2024年版』の国内編第1位を獲得。ドキュメンタリーのような体裁をとった“モキュメンタリー”ホラーブームを牽引する存在に。最新作に『穢れた聖地巡礼について』『口に関するアンケート』。
 

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