人生をマジカルな語り口で祝福するスティーヴン・キング原作の映画『サンキュー、チャック』 | Numero TOKYO
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人生をマジカルな語り口で祝福するスティーヴン・キング原作の映画『サンキュー、チャック』

主演トム・ヒドルストンが魅せる鮮やかなダンスの圧倒的な歓喜――。人生をマジカルな語り口で祝福するスティーヴン・キング原作の珠玉の名作をマイク・フラナガン監督が映画化した『サンキュー、チャック』が5月1日より全国で公開される。それに先駆け、4月27日(月)に開催されるトークショー付き特別試写会にNumero.jp読者5組10名様をご招待!

恐怖のその先にある希望

まもなく訪れる世界の終わり。ある学校の授業で、ウォルト・ホイットマンの詩篇「わたし自身の歌(Song of Myself)」(1855年刊の詩集『草の葉』収録)について教師マーティー(キウェテル・イジョフォー)が教えているとき、生徒のひとりがカリフォルニアでマグニチュード9.1の巨大地震が起こったことを伝える。すぐにインターネットはつながらなくなり、やがてテレビやラジオを通して、世界中が壊滅的な被害に遭っているニュースが届き出す。混乱と絶望の中を人々が鬱々と彷徨う状況の中、マーティーは保護者たちとの面談があった日の夜、看護師として働く別れた妻フェリシア(カレン・ギラン)からの電話を受け取る。彼女は続出する自殺者の対処に疲れ切っていた。そんな元妻にマーティーは、天文学者・SF作家のカール・セーガン(1934年生~1996年没)が唱えた“宇宙カレンダー”(Cosmic calendar)の話を始める。

「宇宙が誕生したのは150億年まえ。彼はその150億年を、1年間のカレンダーに圧縮したんだ。ビッグバンが起きたのが1月1日の午前0時0分1秒。いま現在は12月31日の午後11時59分59秒とする。銀河系が形成されたのは5月。太陽や地球が誕生するのは9月半ばだ。じゃあ、人類が出現したのはいつだと思う?」――。

この答えは映画を観て、ぜひご確認いただきたい。2024年に作家生活50周年を迎えたスティーヴン・キング。その節目の年にマイク・フラナガン監督が映画化した『サンキュー、チャック』は、数多いキング原作映画の中でも特に完成度が高く、深い余韻を残すヒューマンドラマの新たな名作だ。原作は2020年刊行の短編集『IF IT BLEEDS』に収められた中編「The Life of Chuck」。日本では『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』として4月23日に邦訳が発売される(文藝春秋刊)。

一般には「ホラーの帝王」として知られるキングだが、本作は『スタンド・バイ・ミー』(1986年/監督:ロブ・ライナー)、『ショーシャンクの空に』(1994年/監督:フランク・ダラボン)、『グリーンマイル』(1999年/監督:フランク・ダラボン)といった、彼のもうひとつの魅力である“人間を深く見つめる物語”の系譜に連なる。珠玉のストーリーテリングは高く評価され、2024年9月の第49回トロント国際映画祭では最高賞に当たる「観客賞」(ピープルズ・チョイス・アウォード)に輝いた。

監督のマイク・フラナガンは、少年時代からの熱心なスティーヴン・キング読者であり、これまでにも『ジェラルドのゲーム』(2017年)や『ドクター・スリープ』(2019年)といったキング作品の映画化を手がけてきた。さらに2026年にはテレビシリーズ『キャリー』も控えており、それらはホラー系の作品群となる。しかし『サンキュー、チャック』では、人生をマジカルな語り口で祝福する原作小説の独自性や精神性を大切に扱い、驚くほど丁寧なタッチで物語を紡ぎ上げている。キング作品にしばしば潜む“恐怖のその先にある希望”という主題を、フラナガンは原作通りの大胆な「逆時系列」構成によって鮮やかに描き切った。我々観客は物語を追ううちに、主人公チャックの人生だけでなく、自分自身の生の意味までも静かに問い直すことになるだろう。

本作は三幕構成だが、物語は通常とは逆の順序で展開する。第三章から第二章、そして第一章へと時間を遡る構成によって、謎に満ちた主人公“チャック”ことチャールズ・クランツ(トム・ヒドルストン)の人生が“終わりから始まりへ”と反転して描かれていく。流麗でどこか講談調のナレーションが物語を導くこの語り口は、単なる技巧の披露にとどまらない。観客はまず、突然訪れる世界の終末という大きなミステリーに包まれる。そして幕が遡るごとに、チャックという人物の輪郭が少しずつ浮かび上がり、彼の人生の断片がパズルのように組み合わさっていく。やがて数々の謎は思わぬ姿を現わして多面的に響き合い、最終的には我々をより高い次元の思索へと誘う哲学的な体験へと変わっていく。

では、ここから物語全体の流れをざっくりと紹介していこう。

■第三章:「ありがとう、チャック」


冒頭、世界は崩壊の瀬戸際にある。通信は途絶え、自然災害が連鎖し、人々は混乱の中にいる。ミツバチもとうとう絶滅したようだ。そんな世界の街頭看板やラジオ放送、テレビ画面に突如として現れる謎の広告――「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間! ありがとう、チャック」。
この不可解なメッセージはいったい何なのか? 世界の終わりを象徴するミームなのか? 一方、高校教師マーティーと元妻フェリシアは久々に再会し、星々がひとつずつ消えていく夜空を見上げながら終末の時に臨む。
いったい“チャック”とは何者なのか?

■第二章:「大道芸人サイコー」

ある晴れた木曜日の午後。会計士の“チャック”ことチャールズ・クランツ(トム・ヒドルストン)が、ビジネススーツ姿で街を歩いている。ミッドウエスト銀行に勤める彼は、会議に出席するための出張でここに来た。
そんな中、レコードショップのバイト店員でもあるミュージシャンのテイラー(テイラー・ゴードン)がストリートドラムを叩き始める。彼女は見知らぬ会計士の姿を目にすると、“歓迎のドラム”を叩きたくなった。するとチャックは路上に鞄を置き、その場で華麗に踊り始める。得意のムーンウォークも決め、途端に観客が集まってくる。チャックは、彼につられて踊り出した恋人にフラれたばかりのジャニス(アナリース・バッソ)に手を差し出し、ペアでダンスを展開。初対面の3人からなる即興コンボは皆の拍手喝采を浴びた――。
この自然発生的に巻き起こる鮮やかなダンスシーンは、本作のハイライトであり、感情的な核ともいえる。なぜチャックは突然踊り出したのか。なぜその瞬間が彼の人生にとって特別だったのか。この章は、チャックの人生における“歓喜の凝縮”として描かれる。フラナガン監督は、『ラ・ラ・ランド』(2016年/監督:デイミアン・チャセル)で数々の名場面を生み出したマンディ・ムーアによる振付を活かし、ダンスを“生の祝祭”として映し出す。チャックが「世界はこの瞬間のために作られたのだ」と感じるくだりは、この映画の中でも屈指の美しさを持つ。

■第一章:「私の中には無数の人が存在する」

最終幕で描かれるのは、チャックの幼少期から青春期まで。ここで初めて、彼の人生の核が明らかになる。祖母サラ(ミア・サラ)が教えるダンスの喜び。祖父アルビー(マーク・ハミル)、そしていろいろな人との出会い。これらの要素が折り重なり合い、チャックという人物を形成していく。

逆時系列という形式は、人生を俯瞰的に解体して見つめ直す装置として機能する。多様な経歴を持つキャスト陣のアンサンブルも最高だ。MCU『マイティ・ソー』や『アベンジャーズ』シリーズのロキ役でおなじみ、トム・ヒドルストンの紳士的な佇まいとダンスの魅力。名優キウェテル・イジョフォーやカレン・ギランらの確かな演技、そして『スター・ウォーズ』シリーズの初代ルーク・スカイウォーカー役で知られるマーク・ハミルの渋み。ニューオーリンズ出身の人気ドラマー、“ザ・ポケットクイーン”ことテイラー・ゴードンの出演も話題だ。なお主人公チャックの少年期(7歳時)は、監督の息子であるコーディ・フラナガンが演じている。

物語の鍵となる豊かなディテールの数々も見逃せない。少年期のチャックが祖母サラに教えてもらった想い出の作品として引用される、緑色のドレスに身を包んだリタ・ヘイワースが、ジーン・ケリーと共に踊る往年のハリウッド・ミュージカル映画『カバーガール』(1944年/監督:チャールズ・ヴィダー)の名シーン。スペンサー・デイヴィス・グループ(スティーヴ・ウィンウッド)の「Gimme Some Lovin’」、ワン・チャンの「Dance Hall Days」、ザ・ナックの「My Sharona」といったヒット曲。いずれもチャックの“宇宙”に欠かせないものだ。『サンキュー、チャック』は、世界の終わりを描きながら、むしろ人生の始まりを讃える寓話と言える。観終えたあと、誰もが自分の中の“多面性”と“宇宙”を見つめ直すことになるはず。

『サンキュー、チャック』

監督・脚本/マイク・フラナガン
出演/トム・ヒドルストン、キウェテル・イジョフォー、カレン・ギラン、ジェイコブ・トレンブレイ、マーク・ハミル
原作/スティーヴン・キング
5⽉1⽇(⾦)新宿ピカデリー他全国ロードショー
https://gaga.ne.jp/thankyou_chuck/

配給/ギャガ、松⽵
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Text:Naoto Mori Edit:Mariko Kimbara

Profile

森 直人 Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。
 

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