酒井順子インタビュー「“〜とされている”は本当にそう? 女性を縛ってきた呪いを解く」 |
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酒井順子インタビュー「“〜とされている”は本当にそう? 女性を縛ってきた呪いを解く」

60年に一度巡ってくる干支「丙午(ひのえうま)」生まれの女性は「夫を殺す」という──。江戸時代からまことしやかに囁かれていた迷信は、300年もの間、女性たちを縛ってきた。著書『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』を上梓した酒井順子に、不必要なラベルにとらわれず自分らしく生きる方法をインタビュー。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年4月号掲載)

 

「丙午の呪い」の背景は同調圧力

──「丙午(ひのえうま)(*1)生まれの女性が夫を殺す」という迷信によって、丙午である1966年の出生数が前年と比べて25%も減ったという史実に驚かされました。こんな迷信が効力を持ってしまったのは、何が原因なのでしょうか。

「当時の女性が『今年女の子を産んだらそういうふうになってしまうかもしれない』と思ったわけではないのでしょう。どちらかというと親族やご近所さんなど周りからの圧力のほうが大きかったのだと思います。『わざわざ良くない年に産まないほうが』と。今風に言うと同調圧力ですね」

*1. 丙午(ひのえうま)……古代中国から伝わった暦法で、十干と十二支の組み合わせからなる干支の一つ。全部で60通りあり、今年は丙午にあたる。江戸時代から「丙午に生まれた女は夫を殺す」という迷信が囁かれるようになり、その年に出産の予定がある家庭やその年に生まれた女性に影響を与えた。昭和の丙午(1966年)には前年より出生数が25%も減少した。

──丙午生まれの人にアンケートを取ったそうですが、圧力を感じたという声はありましたか。

「一部、ご自身のお母さんが周りから圧力を受けたという回答はありました。でもむしろ、私みたいに丙午だったことがちょっと自慢だったという人が多かったんです」

──迷信の影響の強さにおびえている身からすると意外です。

「ただそれは、私が東京育ちだからなのかもしれません。アンケートでは、ある地方に住んでいたお母さんが周りから『産まないほうがいい』と言われたけれど、おばあちゃんが止めてくれたから自分はこの世に生まれることができた、という話もありました。地域によって、迷信の影響力の強弱があったようです」

──逆に考えると、丙午生まれの女性は迷信に屈しない環境で育った、自由な精神の方が多いのかな、なんて感じたりもしたのですが。

「むしろ、人数が少ないことによる影響のほうが強いのかなと思っています。たとえば、入試などで揉まれていないから、競争心が薄いんですね。就職のときは、バブルの時代でもあったのでさらに楽でした。強い女性が多いとされていますが、私の印象で言うと、強い女性はむしろ少ない気がするんですよ」

──酒井さんのベストセラー『負け犬の遠吠え』(2003年)での、攻撃されても負けを認めて「腹を見せる」という処世術は、そんな圧力への対処法があるのかと衝撃的でした。

「競争慣れしていないので、戦うよりも腹を見せるほうが楽だな、と」

──明治以前の丙午生まれの女性たちの苦労や活躍も書いていますね。

「天明の丙午(1786年)の生まれで、幕末の尊攘派を支えた村岡局(むらおかのつぼね)のような女性もいました。幕末に名を残した女性の多くは、志士と男女の関係にあって男性の活動を支えていましたが、彼女は色恋と関係なく、国の未来のために信じた道を歩んだ。丙午に生まれた女性が強いのだとしても、村岡局のような強さを持つことができるなら素敵ですよね。調べると、時代時代にこういう素敵な女性がいることがわかりました。一方、かわいそうなのは和宮(かずのみや)さん。江戸幕府十四代将軍の徳川家茂(いえもち)に降嫁(こうか)した皇女です。3歳のときに『歳替(としかえ)』という儀式を行って、丙午の生まれではないことにしたんです。それなのに、結婚相手が21歳の若さで亡くなってしまう。どんなに気に病んだことでしょう」

──世間でも、あれこれ言われたでしょうし。

「ご自身もあまり長生きはできなかった。ただそれは、丙午だったからというわけではなく。たまたまだったのだけれど、丙午に生まれたがゆえに、悩まなくていいことも悩んでしまったのではないか。あとは、明治の丙午に生まれて、結婚難を苦にして自殺してしまったたくさんの女性たちについても、胸が痛みます」

──江戸時代でも丙午生まれの女性が自殺するようなことはあったのでしょうか。

「自殺についてはあまりよくわかっていないんですけれども、生まれた子どもを殺してしまうといった事例はあったようですね」

女性の底知れない生命力への畏れ

──いずれも悲惨なお話です。驚いたのが、丙午の迷信のルーツが江戸時代の「八百屋お七」(*2)と、比較的新しいことです。

「お七は、恋しい男性に会いたい一心で、放火をしてしまいました。お七の事件を契機に丙午の迷信が広まったのは、強い女性、男性を凌駕する女性に対する男性の恐怖心の表れでしょうね」

*2. 八百屋お七……江戸時代前期の寛文の丙午である1666年に生まれた八百屋の一人娘で、火事の避難先で恋に落ちた相手と再び会おうと放火事件を起こしたといわれる。この事件が元になり、丙午の迷信が生まれた。

──女性の地位が低い時代に、なぜそんな恐怖心があったのでしょう。

「女性の底知れない生命力への畏れみたいなものが、昔も今も男性の根源にあると思うんですよね。日本に限らず、世界共通の現象として。力では男性のほうが強いけれども、いつ凌駕されるかわからないという不安があったのでしょう。封建制度が色濃い江戸時代は、制度としては女性が男性の下に置かれていました。だからこそ男性は、反逆される可能性を常に意識せざるを得なくなってしまったのかもしれません」

──女性を「下」に置いたがゆえに、かえって恐怖心が高まってしまった、ということでしょうか。

「上にいる者はいつも、下からの反逆に怯えなくてはなりません。だからこそ、自分の意見を主張したり、アグレッシブに来る女性は押さえつけなければならないという心理が働いたのではないでしょうか。恋愛においても、女性が主導権を握ってグイグイ行かないほうがいい、となったときに、八百屋お七は、こらしめなくてはならない存在となった。好きな男性に会いたいがゆえに放火してしまったお七の物語が、『女が積極的だとろくなことにはならないんだよ』という警告として広められたのではないかと。お七は火あぶりになった3年後に、まず井原西鶴(いはらさいかく)の『好色五人女(こうしょくごにんおんな)』(*3)に取り上げられています」

*3.『好色五人女(こうしょくごにんおんな)』……貞享3年(1686年)刊行。江戸時代前期を代表する俳諧師、浮世草子作者の井原西鶴が5人の女性が起こした事件を元に書いた浮世草子。「恋草からげし八百屋物語」は八百屋お七の事件を題材にしている。

──その物語にはまだお七が丙午生まれだとは書かれていなかったそうですね。

「その後、歌舞伎や文楽にもなっていく中で、お七のキャラクターがどんどん立っていった。そのうちに丙午と結びついて、長く続く迷信になっていったのではないでしょうか」

──男性も、積極的な女性に惹かれているところもあったのでは?とも思ったのですが。

「そういう男性もいたと思います。川端康成は随筆『丙午の娘讃(むすめさん)』(*4)で『美しくて、勝気で、剛情で、好戦的で、利口で、浮気で、移気で、敏感で、鋭利で、活潑で、自由で、新鮮な娘』と丙午女性を絶賛していますね。ただ、川端は珍味としての丙午を好んだような気がしていて、みんながそうかというと、疑問です。多くの男性は、浮気性でいちいち言い返してくるような女性とは、付き合いたくなかったのでは。夏目漱石は『虞美人草(ぐびじんそう)』(*5)で、丙午生まれの藤尾を、我の強い嫌な女として描いていますし」

*4.『丙午の娘讃(むすめさん)』……大正~昭和にかけて活躍した小説家、文芸評論家の川端康成が大正14年(1925年)に発表した、丙午生まれの女性を讃美する随筆。

*5.『虞美人草(ぐびじんそう)』……明治~大正初期の文豪、夏目漱石が明治40年(1907年)に発表した小説。主人公、小野が裕福で美人だが虚栄心の強い藤尾と恩師の娘である小夜子の間で激しく揺れ動く。藤尾は丙午生まれに設定されている。

──現代の私たちから見ると、藤尾は魅力的に映るところもあります。

「漱石も、一瞬くらいは惹かれるときがあったかもしれないですね。ずっと付き合うかと言ったら別でしょうけど」

──こうした強い女性に対する恐怖心、現代でもあると思いますか。

「続いていると思いますね。やっぱり出る杭は、まだ打たれがち。昔よりだいぶ変わってきたとはいえ、本当は強いのだけれど強くないふりをしている女性たちはいるんじゃないですかね。忖度が必要な場面はたくさんある」

『とされている』が人々に与える影響

──「忖度」も、丙午の迷信が続いた理由の一つのように思います。

「『丙午の女が夫を殺す』なんて誰も信じていなくとも、『とされている』と言われると、人々の行動に影響を与えてしまうんですよ」

──自分では意味がないと思っていても、そういうもの『とされている』からと忖度して周囲に合わせることは、現代でも見られます。就職活動のスーツが黒一色になったりとか。酒井さんの時代はどうでしたか。

「私はネイビーのスーツでした。友達は白いスーツで行ったと聞きました。矢沢永吉かと(笑)」

──すごい(笑)。でも問題なく就職されて。

「会社が黒いスーツにしてくださいと言っているわけではないですからね。お受験ママの格好にしても、学校が紺スーツを指定しているわけではない」

──「とされている」パワー、まだまだ有効なのが少し恐ろしくもあります。

「迷信やデマにまた乗せられて、いつか大変なことが起きてしまう可能性もあります。昭和時代はネットがなくても迷信のせいで出生数が25%も減ったことを考えると、ネットがある世においての迷信騒動が怖いですね」

──干支の存在感は薄まりつつも、最近はMBTIが流行ったりとか。

「迷信とまでは言えないけど、科学的でもない」

──自己理解に役立つ半面、そのラベルにとらわれてしまっている人もいるんじゃないかと思うんです。

「勝手にレッテルを貼らないで、と言う人が多いけれど、一方には貼ってほしい人もいる。やっぱり人は居場所みたいなものがあると安心します。いろいろな占いが流行るのは、人々の間にそういう欲求があるからでしょうね。そんな欲求に迷信がすり寄ってくる可能性も、ないとは言えません」

──そういうものに縛られず、確固たる自分を持って生きていくにはどうすればいいんでしょう。

「縛られる良さもあると思うんですよね。最初から自由を求めてしまうと、自分が何を欲しているのかわからなくなる。例えば私も学生時代からエッセイを書いていたので、そのままエッセイストになる道もあったのですが、大人からは一回就職したほうがいいと言われて。今にして思えば、一度型に入っておくと、自分が何が好きで何が嫌なのか、どっちの方向に行きたいかがわかるよ、と言いたかったのでしょう。ありがたいアドバイスでした」

──縛られている状態にあっても、自分が何を求めているかを知ろうと努めることが大切なのかもしれませんね。

「不自由があるから、自由が見えてくるんですよね」

 

ひのえうまに生まれて─300年の呪いを解く─
著者/酒井順子
発行/新潮社
URL/https://www.shinchosha.co.jp/book/398512/

Photo:Ayako Masunaga Interview & Text:Hidemi Horikoshi Edit:Mariko Kimbara

Profile

酒井順子 Junko Sakai 1966年、東京都生まれ。高校時代より雑誌『オリーブ』に寄稿し、大学卒業後、広告会社勤務を経てフリーランスとしてエッセイ執筆に専念。日本の女の生き方·考え方をテーマに据え、2003年に刊行したエッセイ『負け犬の遠吠え』(講談社)はベストセラーとなり、講談社エッセイ賞·婦人公論文芸賞を受賞。近著に『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』(ともに新潮社)。
 

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