松尾貴史が選ぶ今月の映画『しあわせな選択』

主人公マンス(イ·ビョンホン)は、妻(ソン·イェジン)と2人の子ども、2匹の犬と郊外の大きな家で“完璧”な人生を送っていた。しかし突然、解雇され、就活にも失敗。そこで彼に閃いたのは衝撃のアイデアだった…。韓国を代表する巨匠パク・チャヌク監督が、俳優イ・ビョンホン、ソン・イェジンとタッグを組んだ話題作『しあわせな選択』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年4月号掲載)

現代社会の“しあわせ”とは
人が「選択」をするのは、広い意味での幸せのためです。私はここ10年ほど、「幸せとは、選択肢の多さにある」のではないかと思うようになっています。
しあわせの定義は確定的には言えませんが、やはり新しい命を授かるのは最大級のものでしょう。生まれたての赤ちゃんは輝いていますが、それはその後の選択肢の多さではないでしょうか。

ところが、入りたい学校に進めなければ、就きたい職業に就くことができなくなる確率が高くなります。視力が落ちたら、パイロットになる夢を諦めざるを得ないでしょう。年齢を重ねるとチャンスも減っていきます。つまり、しあわせに向かうためにはどれだけ多くの選択肢を自分に残すべきかを優先すべきなのかもしれません。
この作品の題名「しあわせな選択」とは、まさに私が日々考えていることにジャストミートだったのです。韓国を代表する巨匠パク·チャヌク監督の新作は、時代の流れに翻弄される主人公とその家族の姿が描かれています。
主人公は長年会社で真面目に働き、堅実にキャリアを重ねてきたマンス(パク·チャヌク監督作品には25年ぶり出演のイ·ビョンホン)。突然会社から解雇を言い渡され、その場しのぎでのアルバイト生活を続けますが、いよいよお家まで失うような状況になり、かつてのライバルたちとのせめぎ合いが、全く予想もしない方向へ転がってしまいます。

サスペンスではありますが、滑稽でペーソスを誘うコメディにもなっていて、ただ深刻な世界が苦手な私にも退屈を与えません。「どう生きるべきか」という普遍的なテーマを、重厚になりすぎない塩梅で刺激的に運んでくれるのです。
再就職という設定は一見ありふれているようで、しかしただの家族ドラマにおさまらない珍妙な発想の連続で、最後まで展開が読めません。骨格は家族ドラマですが、現代社会の「競争」「再起」「選択」というテーマに絡めて、ブラックユーモアも洒脱で、イ·ビョンホンとソン·イェジンの、初共演とは思えない演技の相乗効果が絶妙です。

再就職を目指すベテラン役のイ·ソンミンのリアルで細やかな芝居もなかなかの味わいがあります。見どころの一つだと思います。他の人物像も、魅力的なキャラクターばかりで全く見飽きません。世界各国でさまざまな映画祭に出品されて大きな話題になっているようで、数々の賞にも輝きました。
度々取り調べに訪れる刑事二人とのスリルの中にもとぼけた味わいのあるやり取りも私の好物でした。ひょっとすると『パラサイト 半地下の家族』のような盛り上がりを見せるかもしれません。
『しあわせな選択』
監督/パク・チャヌク
出演/イ・ビョンホン、ソン・イェジン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、ヨム・ヘラン、チャ・スンウォン
全国公開中
https://nootherchoice.jp/
配給/キノフィルムズ
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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito
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