私たち都市の人間は、ここが“世界の中心”と信じて疑うことがない。しかしそれは本当だろうか。“僻地”と呼ばれる場所で生きる人々――その鮮烈さに目を見張る。世界中を旅する写真家による、大地と人間をめぐる旅のまなざしが、あなたの認識に揺さぶりをかける。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年3月号掲載)




竹沢うるまインタビュー:大地と人間の息吹を求めて
世界の中心はどこにあるのか――問いの背景に始まり、人の姿を写す理由、旅の現在地をひもといていく。
旅する写真家が投げかける、世界の“中心”をめぐる問い
──これまでに140を超す国と地域を訪れたそうですが、旅をして撮影する現在の制作スタイルに至った経緯を教えてください。
「22歳の時にダイビングやサーフィンの雑誌を発行する出版社にカメラマンとして所属して以来、世界中の海で撮影する時期がしばらく続きました。でも、所詮は頼まれ仕事。僕自身にとって写真が大切なコミュニケーションツールであるからこそ“自分の写真”を見つけたいと思うようになったんです。30代の初めに思い切って会社を辞めて旅に出たんですが、103カ国を巡り、帰国までに約3年、1021日かかりました。今となっては、旅と写真は切り離せないものになっています」
──写真集として刊行される新作シリーズ『BOUNDARY | 中心』のコンセプトを教えてください。
「4年前に発表した前作『BOUNDARY | 境界』は、国境や文化など人間にまつわる“境界”やその曖昧さを表現しようと試みたシリーズでした。そこから派生して、境界はどのようにして生まれるのかという疑問が浮かびあがってきて、中心と中心がぶつかったときに境界ができるのではないかと考えました。そこで“世界の中心”を集めてみれば、境界のあり方も見えてくるのではないかという発想から『BOUNDARY | 中心』の制作を始めることにしたんです」














──インドネシア、インド、アフリカのベナン、ペルー、グアテマラ、モンゴル、日本、南太平洋のクック諸島で撮影されていますが、一般的に世界の中心とはみなされないような場所ばかりのように思えます。
「このシリーズでの一番の目的は、写真をとおして『中心とは何か?』という問いを投げかけることでした。一般にイメージされるような中心地からできるだけ遠い場所を選んだのは、そのためです。日本人の価値観や常識の範囲から外れた伝統や文化を持っている人たちを写真で提示することで、反対側の視点から見てほしいと考えました」
自然とともにある人々を訪ね、人類共通の地平に触れる
──写真には人々の信仰の姿やその土地の自然が写し出されていますが、街の風景や看板といった現代的な人工物がほとんど見当たりません。その理由は?
「理由は単純で、そういう文明的なものがほとんどないようなところに行っているからです。例えばモンゴルでは、トナカイを遊牧して暮らすツァータンと呼ばれる人々を訪ねたのですが、まず四輪駆動車でオフロードの草原や山を3日間走り、さらに馬に乗り換えてから数日かけてやっとたどり着くような場所でした。また、キリスト教やイスラム教のような体系化された世界宗教ではないアニミズム信仰を撮ることも大きなテーマの一つでしたが、昔からの風習が色濃く残っている場所は、おのずとアクセスが難しい場所になってしまうという事情もあります」

──日本でも宮崎県椎葉村やトカラ列島の黒島など複数の地域で撮影されています。この人物は、筆のような形のかぶり物がとても印象的ですね。
「それは、三重県の一部に伝わる念仏踊りの衣装です。頭のかぶり物はシャグマ(赤熊)と呼ばれていて、馬の毛でできている。モンゴル系部族である韃靼(だったん)人がもたらしたという言い伝えがあり、昔はヤクの毛が使われていたそうです」
──さまざまな“中心”を訪れたからこそ得た発見はありますか。
「結局はみんな一緒なんだ、ということです。よく見れば信仰のあり方や纏う祭礼の衣装にも、似たところが多くある。意識の深いところには、人間という種が共通して持っている集合的意識があるのではないか。そんな思いを抱きました」

──具体的に、どのようなところで一緒と感じられたのでしょう。
「ベナンのブードゥー教がわかりやすい例かもしれません。おどろおどろしい呪術というイメージを持っている人も多いと思いますが、実際には生活に密接した信仰なんです。各家庭には必ず精霊や神を意味するヴォドゥンがありますが、これは日本の仏壇のようなもの。街角のヴォドゥンはお地蔵さんみたいに親しまれています。すべてのものに神様が宿るという考え方が基本にあるんですが、まるで日本の八百万(やおよろず)の神みたいですよね」
大地の一部である人間と、人間が生きるべき大地の姿

──自然との関わりも重要ですね。
「ペルーではコイヨリッティという星と雪の祭礼を撮影しました。標高6372メートルのアウサンガテ山の氷河に十字架を立ててお祈りをするんですが、その氷河が信仰の対象になっているんです。アンデス山脈では乾季には雨がほとんど降りませんが、氷河から溶けた水が川となり流れることで、平地でジャガイモを育てたり、草原にアルパカを放牧したりできる。彼らはこのような母なる大地をパチャママと呼んで信仰しています。今回の取材で行ったような土地で暮らす人々は、自然に畏怖の念を抱きながら、今日という日を生き抜いているんです」
──彼らを中心とすれば、都会人のほうが特殊な存在になります。
「生存が保証された環境にありながら、より豊かに、より効率的にと表層的なところで汲々としているのは、主軸が人間ではなく社会システム、競争にもとづく仕組みのほうに置かれてしまっているからだと思います」




──写真集の最後にはモノクロの肖像写真が並べられています。そこに込めた意図は?
「いろいろな地域の人々を同じように撮って並べることで、みな同じなんだということを伝えたかったんです。また、見る人に問いを投げかけたいという思いから、被写体である彼らの視線がストレートに見る側に向かうよう、撮影者である自分の存在は極力消す必要がありました」
──今回のシリーズは、世界各地で捉えた「大地」の写真とのこと。印象的な言葉だと感じました。
「自然と密接に関わりながら、伝統文化を大切に受け継ぎ、自らも土地の一部として存在している人たちの姿を、私は『大地』と呼んでいます。信仰や芸能、纏う衣服のデザインなどすべてが自然から派生した要素であり、自然を体現しているのが人間であるともいえる。そんな『大地』を撮ることが、私が写真家としてなすべきことだと思っています」

竹沢うるま写真集『BOUNDARY|中心』
前作『BOUNDARY|境界』(青幻舎)から視点を転じ、大地に生きる人々の姿をとおして世界の中心を問う最新作。
発行/青幻舎
著者/竹沢うるま
価格/¥6,600
URL/www.seigensha.com/books/978-4-86831-037-2/
Interview & Text : Akiko Tomita Edit : Keita Fukasawa
Profile

https://uruma-photo.com/
