ポスト#MeTooに位置する新たな傑作。映画『グッドワン』

米国インディペンデントの新鋭監督が素晴らしいデビュー作を放った。1984年生まれで、LAを拠点に活動するインディア・ドナルドソン。彼女の初長編作となる2024年の映画『グッド・ワン』は、多感なティーンの少女が直面する気まずい状況を通し、日常の延長にある光景を扱いながら、言葉と沈黙のあいだに潜む震えを繊細かつ鋭敏にすくい上げていく。ケリー・ライカート監督の傑作『オールド・ジョイ』(2006年)からの影響や発展を感じさせる本作は、サンダンス映画祭でワールドプレミア上映され、第77回カンヌ国際映画祭の監督週間に出品された。ちなみに監督の父親は『追いつめられて』(1987年)や『世界最速のインディアン』(2005年)など、ハリウッドメジャーでも活躍してきたニュージーランド出身の映画監督/プロデューサー、ロジャー・ドナルドソンだ。

思春期の少女の揺らぎが“無自覚な男性性”の影や棘をすくい上げる
物語は17歳の女子高生のサム(リリー・コリアス)が、父親のクリス(ジェームズ・レグロス)とその友人マット(ダニー・マッカーシー)と共に、米ニューヨーク州のキャッツキル山地へ二泊三日のキャンプ旅行に出かけるところから始まる。本来ならマットの息子ディランも同行するはずだったが、父親との確執から直前に参加を拒否し、結果としてサムは二人の中年男性に囲まれた奇妙な旅に放り込まれる形となった。大学進学を控えた彼女にとって、それは父との貴重な思い出となるはずの休暇でありながら、どこか不穏な影が差し込む時間でもある。

クリスとマットは、長年の友情がもはや習慣のように固まった関係にある。責任感が強いが中年の混乱に沈むクリスと、失敗した元俳優として冗談に逃げながらも深い失望を抱えるマット。二人の軽口や苛立ちは山道のざらついた空気とともにサムの視界に流れ込む。例えばマットは、サムのクィアという属性──ジェシーというガールフレンドのことを何の気なしにからかう。またクリスとマットは共に離婚を経験しており、クリスは前妻(つまりサムの母親)より今の妻のほうが楽だと、娘の前で平然と話したりもする。

彼らガサツでゴツい親父の“無自覚な男性性”は、サムの視点から不快な棘として表出されていく。ドナルドソン監督は明快な説明を避け、われわれ観客に微妙な空気のささくれ立ちを受け取らせる。男たちは酒の酔いに任せて浮気話を始め、彼女の前で見せるべきでない姿をさらけ出す。彼らのノンデリカシーな態度によって、最初はぎこちないながらも楽しかった旅は、やがて言葉にできない不安の膜に覆われていく。
さらにトレイルでたまたま出会った三人組の若い男性グループと合流すると、クリスとマットの配慮に欠ける姿勢はますます際立つ。紅一点状態になってしまったサムが生理中であることに彼らが気づかないという小さな事実は、彼女の孤立と男女の身体的・社会的な断絶を鋭く照らし、彼女は彼らの知らない世界を抱えたまま歩き続ける。映画はこうした細部を積み重ね、思春期の少女が「良い子(Good One)」であることを求められ続ける構造を暴いていくのだ。

#MeToo以降、トキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)の糾弾を主題とする映画はひとつの潮流となった感があるが、ここまで微細な抑圧を注視した作品は稀かもしれない。『グッドワン』の中で決定的な“事件”として噴出するのは、酔っ払ったマットがサムに向けてしまう不用意な性的発言と、それを“男同士”の感覚で擁護してしまうクリスの暗黙の慣れ合いだ。もはや骨身にまで染みついた男性優位の価値観と、父性の暴力的な側面が具合悪く絡み合う。サムはその圧力の中で静かに、しかし確かに反抗の火を灯していく。彼女の「いいかげんにしろ!」というような心の叫びは声にならず、視線や沈黙の揺れとして画面に刻まれる。

自然音と呼応するセリア・ホランダーの音楽、そしてエンディングで流れる伝説のシンガーソングライター、コニー・コンヴァース(1924年生まれ~1974年に失踪)の歌声とストレンジなフォークサウンド(楽曲は「Talkin’ Like You (Two Tall Mountains)」)が、この小さな旅の余韻を深く響かせる。『グッドワン』ではひとりの少女が世界の粗さに触れ、そこから身を起こす瞬間を丁寧に描き出す。言葉の間に沈むものこそが人生を形づくるのだという確信を、そっと胸に置いていく作品でもある。主人公サムの難しい感情の揺らぎを体現したリリー・コリアスは、本作が映画初主演。今後の活躍が期待される新星だ。
『グッドワン』
監督・脚本/インディア・ドナルドソン
出演/リリー・コリアス ジェームズ・レグロス ダニー・マッカーシー
全国公開中
https://cinema.starcat.co.jp/goodone/
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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