
重層的なバロックから優美なネオ・ルネサンス、華やかなアール・ヌーヴォー、そして藤本壮介やSANAAが現代の息吹を吹き込んだ最新建築まで、名建築が立ち並ぶハンガリー・ブダペスト。古代ローマ時代から続く世界屈指の温泉大国としても知られ、ネオ・バロック様式の宮殿と見紛うばかりの豪奢な空間で、立ち上る湯気に包まれ身体を芯から温める楽しみもある。この街が一年で最も輝きを放つのがホリデーシーズン。聖夜の光に照らされながら、温泉で解きほぐされた身体で、東西の意匠が交差する街角に迷い込む。歩くことでより深まっていく、ブダペストの豊かな奥行きに触れる旅へ。
ターキッシュ エアラインズを選んだ理由
冬のブダペストは霧や雪が建築をやわらかく覆い、石の量感が都市に静けさを与える。この季節ならではの雰囲気を堪能しようと、12月上旬ハンガリーへ飛び立った。
今回はターキッシュ エアラインズを利用。なぜなら、就航国数世界No.1を誇るターキッシュ エアラインズはイスタンブールをハブに、ストレスフリーなルート設計ができるから。ブダペストのような日本からの直行便がない都市でも、無理のない動線で行けるのが大きな利点だ。
出国前は成田空港に新設された「ターキッシュ エアラインズ ラウンジ」へ。2025年に誕生したばかりのラウンジで、程よく落ち着いた照明とウッド調の内装。出発ロビーの喧騒から、数歩で完全に切り離される感覚が得られた。全体の座席数は約105席。食事エリア、ラウンジエリア、静かな作業スペースが緩やかに分かれている。

このラウンジを語るうえで欠かせないのが、食事のクオリティ。なんと、他の空港ラウンジではあまり見かけないピザ釜(ピデ釜)を設置し、熱々のトルコ風ピザ(ピデ)が食べられる。また、スパイスや香草が効いたデリやトルコチャイなど異国グルメ好きにはたまらない味わいが揃う。

ラウンジで過ごす時間は、旅への助走だと思う。メールを返し、ノートを開き、コーヒーを飲みながら、これから向かう街のイメージを膨らませる。成田のターキッシュ エアラインズ ラウンジは、その切り替えをとても自然に促してくれる場所だった。
ラウンジで快適に過ごした後は、いざ搭乗。ターキッシュ エアラインズの楽しみは、機内エンターテイメントの多さ。最新作の映画からドキュメンタリー、話題のドラマまで豊富なプログラムで、何を見ようかと迷うほど。

また、機内食もバラエティに富んでいて、事前に申し込んでおけば、グルテンフリーミールやアジア風ベジタリアンミール、ヴィーガンミールなどをセレクトすることができるそう。今回は朝10時15分成田発の便でイスタンブールへ。到着から約1時間でブダペストへ向かう便に乗り継ぐというかなりスムーズな導線で、あっという間にブダペストに着いた。
世界一の文化インフラへ。市民公園が魅せる建築の最先端
中央ヨーロッパに位置するハンガリーの首都ブダペストは、ドナウ川によってブダとペストに分かれ、それぞれ異なる歴史と風景を育んできた街。帝政期の古典建築からアール・ヌーヴォー、そして現代建築まで、多様な建築様式が共存し、それがブダペストの魅力のひとつとなっている。

ブダペストの代表的な観光スポットといえば、市⺠公園。ただの公園と思うなかれ。ブダペストで最も歴史ある公園空間のひとつで、緑豊かな広場を軸に美術館やミュージアム、温泉浴場など多彩な文化施設が点在する、ヨーロッパでも有数の文化インフラ開発エリアなのだ。
公園自体が都市のオアシスであると同時に、近年進められている「リゲット・ブダペスト・プロジェクト」という大規模な再開発プロジェクトによって、未来志向の文化建築が次々と姿を見せている。

そのプロジェクトを象徴するのが、藤本壮介が設計した「ハンガリー音楽の家(House of Hungarian Music)」。世界中から170以上の応募作を抑えて選ばれたこの建築は、有機的な波状の屋根と巨大なガラスファサードが特徴。まるで公園の風景と溶け合うような造形は、音の波動からインスピレーションを得たとも言われている。この建物を訪れた時、人やモノとの境界線を曖昧に、そして、自然に溶け込む建築を追求し続けてきた藤本さんらしさを感じた。

市民公園の入口近くに、2022年に完成した「民族学博物館」も必見。現代的な建築は、周囲の森を取り込みながら、曲線的で柔らかいフォルムの屋根庭園を持つ。展示スペースは、地上よりも地下に広がっており、合計約7,000㎡の展示面積を誇る博物館としても卓越したスケール。この博物館では、ハンガリーおよび世界各地の文化や生活様式を展示し、伝統と現代を架橋する学術的な場としても評価されている。建築自体が体験と展示の場ともなり、訪れる者に新しい視点をもたらしてくれる。


市民公園をさらに奥へ進むと現れるのが、ヨーロッパ最大級の温泉施設「セーチェーニ温泉」。黄色いネオ・バロック様式の建物に囲まれた巨大な屋外温泉はそれだけでもフォトジェニック。湯けむりの中でチェスを指すおじいさんたちの姿をみていると自然と心が和む。

さらに、リゲット・ブダペスト・プロジェクトの中核をなすのが、日本人建築家ユニット SANAA(妹島和世/西沢立衛)による設計案の新国立美術館。19世紀〜現代までのハンガリーと国際美術史を一望できる包括的な美術館として機能する予定で、SANAAがこれまで提示してきた建築の特徴、光・透明性・環境との調和は、この建物にも色濃く反映されそうだ。

街歩きに疲れたら、フェレンツィーク広場に佇むパリシ・ウドバー(Párisi Udvar)へ。ここは元々19世紀初頭のショッピングアーケードとして建てられ、20世紀初頭に現在の壮麗な形へと再構築された歴史ある建築。その内部のアトリウム空間は、アール・ヌーヴォーやネオ・ゴシック、ムーア風の装飾が融合する卓越した意匠で訪れる者を魅了する。

この空間の真髄ともいえるのが、「パリシ・パサージュ・カフェ & レストラン」。歴史的建築の細部に施されたモザイクやステンドグラスの光が降り注ぐ中で、伝統的なハンガリー菓子や季節の料理、香り豊かなコーヒーを味わえば、まるで時代を遡る旅に出たかのよう。カフェで過ごすひとときは、建築と空間が織り成す芸術体験そのもの。

ちなみにこちら、リニューアル前は2011年公開の映画『裏切りのサーカス(原題: Tinker Tailor Soldier Spy)』のロケ地のひとつとしても使われ、作中では緊張感溢れるシーンの名脇役として機能している。この映画を知っている人なら「パリシ・パサージュ・カフェ & レストラン」を訪れる感動はひとしおのはず……!(私は興奮が止まらなかった!)

今回宿泊したのは、くさり橋のたもと、ドナウ川沿いに佇む「フォーシーズンズ・ホテル・グレシャム・パレス」。中央ヨーロッパにおけるアール・ヌーヴォー様式の頂点としても知られる名建築だが、一時は荒廃の危機にあった。職人たちの手による緻密な修復を経て、往年の輝きを取り戻した。ここは単なるホテルという枠を超え、魔法のような優雅さで包み込む、まさに「住むことのできる美術館」だ。

グレシャム・パレスが完成したのは1906年。当時の最先端技術と装飾芸術を結集し、ロンドンの保険会社の本社として建てられた。曲線を描く鉄細工、花や植物をモチーフにしたレリーフ、そして時代の空気を封じ込めたような重厚で優雅なファサードに目を奪われる。一歩、中へ足を踏み入れると、ステンドグラス、モザイク床、鍛鉄の階段が連なるなど、見どころ満載!


ホテルの目の前にはドナウ川、視線を上げれば、くさり橋の向こうにブダ城が浮かび上がる。客室には大きな窓が備え付けられ、部屋からブダペストの象徴を独り占めするような眺めが。外では観光客が行き交っていても、室内にはフォーシーズンズならではの静寂が流れる。

音楽・信仰・祝祭——ホリデーシーズンのブダペストを歩く
ホリデーシーズンのブダペストは、音楽・宗教建築・市民の祝祭が静かに重なり合う。
アンドラーシ通り沿いに建つ「ハンガリー国立歌劇場」は19世紀後半、ハンガリーが文化国家としての自立を示すために建てられたネオ・ルネサンス様式の傑作。左右対称のファサードに並ぶハンガリーの作曲家たちの彫像、大理石の階段、金箔装飾が施されたホワイエ、天井画に描かれた音楽の神話世界に圧倒される。

豪奢でありながらも音響を最優先に設計され、音が最も美しく響くための装飾が選び抜かれているのがハンガリー国立歌劇場。公演を鑑賞しなくても、ガイドツアーだけでも見る価値は十分!建築そのものが、ハンガリーが音楽国家であることを雄弁に物語る。

次に向かったのは、ブダペスト最大の教会建築「聖イシュトヴァーン大聖堂」。

ハンガリー初代国王・聖イシュトヴァーンに捧げられたこの大聖堂は、厳格なネオ・クラシック様式の外観と高さ約96mのドーム、内部に広がる、金色と石のコントラストが見事!

冬のブダペストを訪れるなら、大聖堂前広場で開かれるアドヴェント・バシリカ(クリスマスマーケット)は欠かせない。世界各地にクリスマスマーケットは数あれど、、アドヴェント・バリシカの魅力はなんと言っても、背景が大聖堂という圧倒的建築であること。

アドヴェント・バシリカは華美すぎず、地元の人々も日常的に集う市民の広場。木造の屋台が並び、そこにホットワイン(フォラルト・ボル)、焼き菓子、工芸品が並ぶ光景は、生活の延長としての祝祭に近い気がした。

なぜ、いま復元なのか。ハウスマン・プロジェクト
翌日は、ドナウ川の西岸、ゆるやかにせり上がる丘の上に広がる「王宮の丘」へ。ここはブダペストという都市の起点であり、政治・宗教・王権・防衛という国家の中枢機能が建築として層を成して積み重なった場所だ。この丘を歩くと、 ハンガリーという国が、何を失い、何を取り戻そうとしているのかを、建築を通して感じることができる。

現在、ブダペストの王宮の丘を中心に進められている「ハウスマン・プロジェクト」は、19世紀末に王宮建築を手がけた建築家アラヨシュ・ハウスマンによって設計された数多くの建物によって強力に形作られ、後に戦争と社会主義によって失われた、第二次世界大戦前の繁栄していた建築遺産を復元するための国家的な取り組み。このプロジェクトの本質は、単なる修復ではなく、かつて存在した空間の思想を取り戻す試みであり、建築を通じた国家アイデンティティの再構築を目指している。

ブダ王宮は、戦前までハンガリー王国の象徴であり、国家の権威と文化的成熟を体現する場所だった。しかし、第二次世界大戦で甚大な被害を受け、戦後の共産主義体制下では、装飾的・象徴的な建築は”旧体制の遺物”として軽視され、多くが簡略化、あるいは取り壊されてしまったのだ。

ハウスマン・プロジェクトで再建・復元されている建築は、単に外観を再現しているわけではない。どの過去を採用して都市を編集し直すかという編纂作業でもある。だから賛否の争点も、復元の根拠は十分か、新旧の境界は読み取れるか(=歴史の透明性)、世界遺産の景観と両立するか、21世紀の公共性(誰のための丘か)に接続するかに集約されるという。
現在も工事が進行しているエリアがある一方で、すでに完成し、その成果を目にできる場所もある。その代表例が、「聖イシュトヴァーンホール」。王宮内にある ブダペスト歴史博物館 の一角に位置し、2021年に修復を終えて一般公開された。決して広い空間ではないが、木工、装飾、色彩、意匠の密度は圧倒的で、わずか一室に“失われていた王宮の時間”が凝縮されているように感じられる。

ちなみに歴史博物館の入口は、「ライオンの中庭」と呼ばれる王宮の中庭に面しており、建物へ向かうまでの動線そのものも、かつての王宮空間を体感させてくれる。館内では、ブダペスト創設の物語から、ローマ時代、中世、オスマン帝国、ハプスブルク帝国、そして現代へと至る都市の変遷を、資料、アート、工芸品、古地図とともに辿ることができる。

美術館や博物館に入らずとも、このエリアを訪れる意味は十分にある。王宮の周囲を気の向くまま歩き、丘の上からドナウ川を見下ろし、修復された庭園を抜けて下へ降りていく。ブダ城地区は、展示を見るための場所というより、都市の記憶を歩いて感じられる場所だと思う。ブダペストという街の過去と現在、そのあいだに横たわる時間の層を感じ取りたいなら、ぜひ足を運びたい地区である。
ブダペストの建築は、過去の保存に留まらない。ハウスマン・プロジェクトによって、かつての黄金時代の意匠が次々と蘇り、また、藤本壮介氏やSANNAらが描く未来の景色と共鳴し合う。新旧の才能が交差する王宮の丘を歩けば、ハンガリーという国のアイデンティティと未来への意志を感じ取れるはず。

ブダペストの余韻を胸に、次の目的地へ。向かう先はチェコ・プラハ。 今回は時間をかけて都市から都市へと移動するため、食堂車付きの電車に乗ることに。列車で過ごした時間も含めた旅の詳細は次回の記事で!!

協力:ターキッシュ エアラインズ、Visit Hungary
Text: Mariko Uramoto


