小説家・金原ひとみインタビュー「手放すことで、受け入れられるようになった」 | Numero TOKYO
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小説家・金原ひとみインタビュー「手放すことで、受け入れられるようになった」

20年にわたり書きためてきたエッセイや掌編をまとめた新刊『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』を上梓した金原ひとみ。特にエッセイ「ニコール・キッドマンの初恋」では、離婚が成立した解放感あふれる気持ちを綴った。離婚からマインドまでを、手放すことで得られたものとは。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年1・2月合併号掲載

20年の中で手放したもの

──20年にわたる作家生活で手放したものは何かありますか。

「こだわりみたいなものが昔は強かったなと思っていて。それこそデビュー当時は自分の美意識にそぐわないものもそうだし、人に対しても『受け入れられない』と思ったら一瞬でバツッと関係を切っていました。そのこだわりというか美意識のようなものを、意識的にというよりは段階的に少しずつ手放してきたのかなとあらためて考えると思いますし、この10年くらいであらゆるものを受け入れられるようになったと実感しています」

──エッセイ集の中で「小説と出会ったこと、恋愛をするようになったこと、母親のいる家を出たこと、この三つによってずいぶん生きやすくなった」と書かれていましたが、お母さまとの関係を手放すことは大きな決断でしたか?

「家を出たというのは、だんだん家に帰らなくなったっていうだけで、自分の中で決断して何か変えようと思ったわけではないんです。けど10年、20年たったときに『あの段階で家を出ていなかったら、いろんなものを損なっていたかもな』と思ったし、必要なことだったんだなと感じます。私が『蛇にピアス』でデビューしたとき、母親の感想の一言目が『セックスシーンは減らせないのか?』で、もうその瞬間に電話を切って、その後数年にわたって連絡を取らなかったんですよ」

──お父さまは真逆のことを言っていましたよね?

「父親は『親が地元に住めなくなるくらい恥ずかしいものを書け』って言ってくれましたね。当時はありがたくとも何ともなかったんですがいま思うとすごいことですね。

私は子どもに極力干渉しないようにと、幼い頃から気をつけて接してきたところがあって。やっぱり自分が母親にされてきて無理だったことはほとんど人格批判的なことで。個人の中にあるものを批判することがいかに相手の心を閉ざしてしまうかを実感してきたし、それで何組もの親子が縁を切っているのも見てきました。

だから何か口を出したくなっても、『“子どもが私の思うようになってほしい”という気持ちがあるから、こんなことを言いたくなるんだ。他人には言えないのに子どもになら言えるというのは親のおごり。もうちょっと切り離さなければ』と自覚することによって、自分をなんとか抑えながら『どうなっても私は応援しているよ』ってどうにか言えるようになりました」

──理想のお母さんですよ!

「どうなんでしょう。『あのとき、もうちょっと強く言っていれば……』みたいにならないといいんですけど。でも、今のところは割と何でも話してくれているので、それなりに心を開いてくれてるのかなとは思います」

食卓に並ぶものが変わった

──婚姻生活を手放すことを決意してから離婚されるまで7年かかったとエッセイ集の中にありましたが、気持ちを後押ししてくれたものは何かありますか?

「自分の内面から出てくる要請っていうのが強くなっていったのもありますし、あと、みんなにヒアリングして離婚体験談をあちこちで聞いたんですよ。離婚の話をしているときに『もしかして経験あります?』って聞くと、いろいろな話が出てきて。『みんなそんな壮絶な離婚を経て今、自由や幸福を手にしているんだ』と思えたし、成功体験を聞いていくにつれて『私もきっとできる』みたいな気持ちにさせてもらったところはあります。あと、ほうぼうからいろんな弁護士を紹介してもらったり、揉めたときにどう対応したかっていう実務的なことを教えてもらったりしたの『これだけちゃんと情報を集めたんだから、きっと大丈夫』ってなりました」

──離婚を経て、それまで押し殺していた心を取り戻したと思いますが、その他に取り戻せた物事は何かありますか。

「全く意識してなかったことなんですけど、食卓に並ぶものが変わったんですよ。相手の好みに合わせていたつもりはなかったんですが、無意識にちょっとずつ避けていたのかなっていうことにハッと気がつきました。でもそれって食卓だけじゃなくて、友人関係とか自分が読むものとか聞くものとか、日常にあるもの全てがちょっとずつ影響を受けていたんじゃないかと思ったとき、すごくゾッとして。誰しも、一緒に暮らしていると、家族や恋人から少なからず影響を受けるじゃないですか? その染まっていたものがスッと溶け出していく感覚に気づいた瞬間、じんわりと『そうなんだ……私って野菜が好きだったんだ』となりました。

私は21歳で結婚したので、その間に加齢や生活スタイルの変化で変わっている部分ももちろんあるから、必ずしも相手の影響だけとは限らないんですが、40代の自分が生きやすい状況や好むものをなんでも好きに取り入れられるような状態になっていることがすごく喜ばしいし、幸せなことだと実感しています。自分が選び取ってきたものを捨てていく一連の作業を経たっていう達成感もありましたし、結婚生活があったからこそ書けたものもあったと前向きな捉え方もできるんですけど、全てがいい経験だったとは絶対に言いたくはないです」

──物事を手放したくても不安で手放せない人もいると思います。ポジティブな決意をするのに有効な対処方法は何かありますか。

「やっぱり私も離婚したいと思い始めた当初は、十何年も一緒にいる人がいなくなって自分がどうなっていくのかっていう不安もあったし、ちょっと非現実的な望みのように感じていました。でもずっと離婚したいのにできない状況の中でほとほとうんざりして、不安とかが吹き飛ぶほど結婚生活や同じ戸籍に入っていること、もう全てが嫌になったんです。

例えば、予行演習として服の断捨離とかしてみたらいいかもしれないですね。捨てて後悔ないなと思ったら『よし、これも捨てよう!』って感じで手放せるんじゃないでしょうか。あとコロナも大きかったなと私は思っていて。コロナ禍の最中に『もしかしたら死んじゃうのかもしれない』と考えたときに『自分にとって本当に必要なものって何なんだろう?』と本質的な取捨選択ができたという人が私の周りにはけっこういて。だから究極的な想像をしてみるのもいいかもしれないです。会社をやめる、やめないとかもそうですけど、自分が何を求めているのかがハッキリしない状態で、生活を続けていくのはつらいですからね」

 

『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』
希死念慮に苦しんだ10代、デビュー作による芥川賞受賞、結婚、出産、孤独で自由なパリでの生活、かけがえのない子どもたち、離婚、そして新たな場所へ。朝日新聞に掲載され話題になった「『母』というペルソナ」ほか、20年にわたる作家生活で書き継いできたエッセイと掌編をまとめた一冊。

著者/金原ひとみ
出版社/朝日新聞出版
価格/¥1,980
URL/https://publications.asahi.com/product/25620.html

Photos:Ayako Masunaga Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara

Profile

金原ひとみ Hitomi Kanehara 1983年生まれ。2003年に『蛇にピアス』ですばる文学賞を受賞し、04年に同作で芥川賞を受賞。織田作之助賞、谷崎潤一郎賞、柴田錬三郎賞など受賞多数。近作に『ナチュラルボーンチキン』(河出書房新社)、『YABUNONAKAーヤブノナカー』(文藝春秋)、『マザーアウトロウ』(U-NEXT)ほか。
 

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