オーストラリアのシンガー・ソングライター、ステラ・ドネリー。彼女の3年ぶりの新作『ラヴ・アンド・フォーチュン』は、自身が経験した「友情関係の終わり」を描いた、キャリアの上で最もパーソナルな内容となった。このアルバムの制作に至るまでに「一度、音楽活動から離れる」という決断を下した彼女に話を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年1・2月合併号掲載)
“離れる”という決断

──新作『ラヴ・アンド・フォーチュン』の制作プロセスは、これまでの作品と比べてどんな違いがありましたか?
「今回のアルバムの制作において最も大きかったのは、私自身が一度音楽から離れたっていうことだと思います。前のアルバムで世界中を長い間ツアーした結果、何だか燃え尽きてしまって、音楽に対するインスピレーションをあまり感じられなくなってしまったんです。本当に自分が音楽をまだ楽しめるのか、情熱があるのかどうかもわからなくなってしまって」
──メンタルヘルスや燃え尽きといった問題は、現代の多忙なミュージシャンにとって大きなテーマですが、実際に休む決断をするのは簡単ではないと思います。どうやってその決断に至ったのですか?
「そうですね……勇気があったのか、ただの無鉄砲だったのか……正直、半々かも(笑)。ただ、あのときは他に選択肢がないように感じたんです。一年ほど無理を続けていて、心身ともに限界でした。ステージで歌詞が思い出せないこともあって、本当にボロボロだったの。だからあの決断は勇気がいることだったけど、同時に不可欠なことでもありました。いま振り返ると『よくやったな』と思うけれど、もうあのときの自分は、本当に今とはまるで別人のようで。音楽から一度離れたことで、私はやっぱり音楽が大好きだってことを再確認できたし、今は前向きなエネルギーに満ちています。あのとき全部を投げ出しかけた自分が信じられないくらいにね。休む決断をして本当によかったと思っています」

──とても素敵です。かつてのあなたと同じように苦しんでいるアーティストたちにアドバイスを送るとしたら、何と声をかけたいですか。
「まずは、ほかのアーティストに話しかけてみること。これが一番大事。外から見れば順調そうに見えても、みんな何かしら同じような悩みを抱えています。自分だけが苦しんでいるように感じるかもしれないけれど、そんなことはほとんどないから。音楽業界の関係者だけじゃなくて、アーティスト同士で話すことが大切だと思います。
あと、私にとって大事だったのは、ソングライティングに耳を傾けること。自分に対して『いま曲を書くのはどんな気持ち?』って問いかけてみるんです。もしそれを苦しく感じるなら、やり方を見直すタイミングなのかもしれない。ソングライティングは、私たちの活動の中心にあるものでしょ? その喜びがなくなってしまったら、作品から魂が抜けていってしまうから」
友情と恋愛の終わりの違い

──新作の内容についてもお聞かせください。今回のアルバムで追求したテーマは何ですか?
「このアルバムの中心にあるのは『友情の終わり』というテーマなんです。これは私自身の経験から来ていて、本当に大きな喪失でした。これまで恋愛の終わりを経験したことはあったけど、友情の終わりというのは、恋愛関係以上に苦しいものだった。友情関係が終わってしまったときは、どうしてそうなったのかもわからなくてとても混乱しました」
──なるほど。このアルバムを制作することは、その出来事に対する「癒やし」のようなプロセスでもあったのでしょうか。
「まさにね。癒やしであり、探求でもありました。曲を書くことを通じて、いろいろな感情を整理することができたと思います。友情関係の終わりという、失恋とは違うタイプの心の痛みを、音楽で整理していくような感じだった。書くことで癒やされ、前に進むことができたんです。それぞれの曲は、別れに伴う感情や悲嘆のプロセスを描いていて、前作と比べると内省的でパーソナルな作品になりました」

──「友情の終わり」と「恋愛の終わり」には、どのような違いがあると思いますか?
「とても違うものだと思います。『恋愛の終わり』は、多くの人が経験していることだし、友人たちが支えてくれるから、たくさんの助けを得ることができる。でも『友情の終わり』は周囲の人たちにもいろいろな影響を及ぼすから、誰かに話すことがより難しくなります。私たちの場合も共通の友人が多くいたから、誰にも負担をかけたくないと思って、より抱え込んでしまったんです。『恋愛の終わり』に比べて『友情の終わり』は、ずっと複雑で、傷を癒やすのに時間がかかりました」
前向きな一歩を踏み出した

──アルバムの制作中は、悲しみの中にいたような感じでしたか。それとも起きた出来事をポジティブに昇華していくような感じだったのでしょうか?
「それぞれの曲に違う感情を込めたから、いろいろな瞬間があったと思います。『Feel It Change』は少し自己正当化している部分があってやんちゃな感じ。『Year of Trouble』には罪悪感がにじんでいる。もちろん悲しみもあったけど、怒りや嫉妬など喪失に伴ういろんな色合いを全部詰め込んだ作品になっているんです。それぞれの曲が複雑な心の断片を切り取っているの。アルバムの曲順も意図的になっていて、各曲が少しずつ物語を明かしていくような構成にしています」
──制作にあたり何かインスピレーションを受けた作品はありますか?
「実はアルバムの制作を終えた後のことなんだけど、チャーリーxcxがロードを迎えた『Girl, So Confusing』のリミックス(*)には衝撃を受けました。二人が友情を修復するために音楽を使ったあの瞬間は、女性のパワーを象徴する、これまで見たなかでも最も感動的で革新的な出来事の一つだったと思う。複雑な友情というものを、あんなにも完璧に描いた曲は他にないと思います。
でも制作中に一番影響を受けたのは、実は音楽家ではなく私が尊敬する作家たちでした。特に小説を書く女性たち。お茶を片手に何日も一人で机に向かい、深く感情的な世界を生み出す。その姿を想像すると、自分も孤独じゃないと感じられたんです。シーラ・ヘティ、マギー・ネルソン、そしてオーストラリアの作家ヘレン・ガーナーといった作家の作品には深い洞察と静けさがあって、とても勇気づけられました」
(*)…世界的なシンガー・ソングライター、チャーリーxcxは、デビュー時から比較されてきたシンガー・ソングライターのロードとの仲違いを歌っていると噂されていた楽曲「Girl, So Confusing」でロード本人とコラボ。素直に本音をさらけ出し合い、結束した姿は反響を呼んだ。

──今作を通じて新しい一歩を踏み出せたと思いますか?
「そうですね。このアルバムが次のステップへ進むための通過点になって、新しい車輪を回すことができるようになった気がします。ちょうど新しいアルバムの制作を始めたばかりだけれど、前作よりもずっとアップビートで、軽やかなリズムになっている。今の私が抱いている希望を感じられる作品になると思います」

『ラヴ・アンド・フォーチュン』
過酷なツアー生活から退いて、自分を見つめ直した3rdアルバム。人間関係の崩壊や人生の節目、かつては永遠と感じていたものの残響など、さまざま物事の結末と向き合い、「次はどこへ向かうのか」を優しく問いかける。このアルバムをひっさげて、2026年4月に単独ジャパンツアーを予定。前売りチケットが販売中。
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Interview & Text:Kei Harada Photos:Nick McKinlay Edit:Mariko Kimbara
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