編集部が選ぶ今月の一冊|酉島伝法著『無常商店街』 | Numero TOKYO
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編集部が選ぶ今月の一冊|酉島伝法著『無常商店街』

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月はSF界の鬼才、酉島伝法による新作をお届け。

『無常商店街』

著者/酉島伝法

価格/¥1,870
発行/東京創元社

現実が溶け出す、没入必至の酉島伝法ワールド

『皆勤の徒』『宿借りの星』『るん(笑)』などの作品で知られる酉島伝法(とりしま・でんぽう)。現実には存在しない奇想的な世界を巧みな筆致でリアルに描き上げる、唯一無二の鬼才だ。そんな彼の最新作となる『無常商店街』は、どこにでもありそうな街の商店街が物語の起点となっている。

主人公である翻訳家の宮原聡は、研究所のフィールドワークで全国を転々としている姉・清美から猫の世話を突然頼まれてしまう。清美が滞在しているという、厚生労働省で非公表の要観察地域になっているという浮図市(ふとし)に位置するアパート・仏眼荘にしぶしぶ滞在することになった聡。ある日、翻訳に必要な資料を求め、姉から近づくなと言われていた「無常商店街」に足を踏み入れてしまう。最初はよくあるような場所だったにもかかわらず、アパートの大家に教えてもらった書店を求めて歩みを進めるごとに、商店街の様子が異様なものになっていき──。
 
スマホの地図アプリがある現代、初めて訪れる場所でも道に迷うことは大幅に減った。しかし地図アプリが正常に動作しなくなり、自分の居場所を確かめられなくなった途端、不安に襲われてしまう人も少なくないだろう。本書に終始漂っているのは、そんな筆舌に尽くしがたい不安だ。正しい道に出ようと周囲を見渡しながら歩くごとに、知っていたはずの景色がゆがんでいき、知らず知らずのうちに自分まで未知の世界に飲み込まれていく感覚を、VRのように没入的に体験できる本書は、浮世から離れたいときにうってつけの一冊だ。

また、本作は表題作をはじめとする3編の連作となっているのだが、続く2編では思わぬ登場人物と聡がバディとなって活躍したり、聡が表題作で習得したダンスのスキルが思わぬ形で役立ったりと、奇想天外な冒険譚めいた愉快な物語へと展開していく(ちなみに猫は終始無事だ)。言葉とイメージの奇術師として名高い酉島伝法が描く世界に初めて触れる人にもおすすめしたい『無常商店街』。摩訶不思議な世界へと続く入り口として、ぜひあなたの本棚のラインアップに加えてみて。

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Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

Profile

林 みき Miki Hayashi ライター。女性向けファッション&カルチャー誌の創刊と編集に7年間携わった後、フリーランスに。2008年より『ヌメロ・トウキョウ』本誌・公式サイトでの新刊レビューおよび文芸記事を担当。
 

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2025.11.28 発売

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