建築が語りかける、秋の京都へ。「LinkArchiScape」と「京都モダン建築祭」の旅【前編】
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建築が語りかける、秋の京都へ。「LinkArchiScape」と「京都モダン建築祭」の旅【前編】

建築を巡る旅が、こんなにもワクワクして、心を動かすものだとは──。文化庁の新プロジェクト「LinkArchiScape」、そして京都全体を舞台にした「京都モダン建築祭」。普段はなかなか見ることのできない歴史的建築が特別に公開され、京都という街や文化の奥深さに触れられた二日間。実は建築好きでもあるファッション・エディター清原愛花が、秋の京都で出合った豊かで濃密で少しマニアックな時間を、前編・後編の二回に分けてお届けします。

「京都モダン建築祭、興味ある? 行ってみない?」
そう声をかけてくださったのは、いつもお世話になっているPRの大先輩。「建築祭って何ですか?」と首をかしげつつも、よく考えたら私、旅先で建築を見るのが好きで、いろんな街で建築巡りをしてきたんだった!……そう思い出した瞬間に「はい!行きます!!」と返事をしていました。

建築祭という新しい“旅のかたち”とは!?

文化庁が今年スタートさせた新プロジェクト「LinkArchiScape―建築ツーリズムをつなぐ」は、全国で広がりつつある建築祭をつなぎ、建築を通して地域文化を再発見するための新しい試みです。いわば、「観光名所を巡る旅」から「街の記憶を辿る旅」建築を入口に、その背景にある歴史や物語に触れる──そんな新しい旅のスタイルを提案してくれます。

京都の文化を支えた元番組小学校でもあり、日本映画原点の地でもある、立誠ガーデンヒューリック京都。
京都の文化を支えた元番組小学校でもあり、日本映画原点の地でもある、立誠ガーデンヒューリック京都。
 

「建築祭展」「アート展」「トークイベント」の3部構成で展開され、全国の建築祭の魅力を紹介。特に下記の4つがフォーカスされていました。

京都モダン建築祭(京都府京都市)
なめりかわ建物フェス(富山県滑川市)
ひろしま国際建築祭(広島県福山市)
マツモト建築芸術祭(長野県松本市)

会場では、建築写真を使ったインタラクティブな展示や、気鋭アーティストによる作品展示など、建築とアートが響き合うダイナミックな空間が広がっていました。

京都モダン建築祭とは?

そして、今回の旅の本編ともいえるのが、実際に京都の街を歩いて巡る「京都モダン建築祭」。2022年にスタートしたばかりにもかかわらず、すでに大人気のイベントなのです! 普段は非公開の歴史的モダン建築が、この期間だけ特別に一般公開され、ヴォーリズ、片山東熊、武田五一、安藤忠雄……名だたる建築家たちの作品を歩いて体験できるのが魅力。昨年は102件、今年は過去最多の126件が公開され、専門家によるガイドツアーはなんと90コース!「建築っておもしろいんだ」という熱気が、確かなブームとして広がっていることを感じました。

いざ、モダン建築を巡る、秋の京都の二日間へ!!
というわけで、京都の街全体が舞台になり、時代も様式も異なる建築を巡る「京都モダン建築祭」と文化庁の「LinkArchiScape」。この二つを一度に体験できるプレスツアーがいよいよスタート! ここからは、私が心からワクワクした“京都モダン建築”をご紹介したいと思います。どれも忘れ難い濃密な建築体験でしたが、読んでくださる皆さまに届くよう、印象深いスポットをピックアップしてまとめてみます。

東本願寺──“お東さん”で出合った、旅の静かなハイライト

宗祖・親鸞聖人の御真影が安置される重要な御堂は、高さ38m、正面76m、堂内に敷かれた畳はなんと927枚という、世界最大級の木造建築で、見る者を圧倒する存在感!
宗祖・親鸞聖人の御真影が安置される重要な御堂は、高さ38m、正面76m、堂内に敷かれた畳はなんと927枚という、世界最大級の木造建築で、見る者を圧倒する存在感!

建築を巡る旅のはじまりに、思いがけず“自分のルーツ”に触れるような体験がありました。それは、私にとって特別な場所でもある東本願寺(お東さん)でいただいた「お斎(おとき)」の時間。

実は私、富山県出身で、実家が真宗大谷派。“お東さん”は幼い頃から身近な存在で、祖父もよくお参りしていた場所。そんな本山でランチをいただけるなんて……感謝と懐かしさが入り混じる、忘れ難い時間となりました。

静謐な木造の回廊に、やわらかな光が満ちる。東本願寺ならではの凛としたムード。
静謐な木造の回廊に、やわらかな光が満ちる。東本願寺ならではの凛としたムード。

朱塗りのお膳が美しい、東本願寺の伝統的精進料理「お斎」(¥4,000)
朱塗りのお膳が美しい、東本願寺の伝統的精進料理「お斎」(¥4,000)

今回いただいたのは、伝統的な精進料理「お斎(おとき)」。朱塗りのお膳がふたつ並ぶ姿は、豪華で見た目にも美しい構成。やさしいお出汁の香りがふわっと立ち込めるお部屋で、栗ご飯のほくほくとした甘み、焚き合わせの奥行きのある旨み、滑らかな胡麻豆腐、季節の天ぷら──どのお料理も、心と身体にすっと溶け込んでいくような穏やかな味わい。そして、お坊さんと一緒に唱える食前・食後の言葉も格別で。食べるという行為が、自然と“感謝する時間”へと変わる、大切なひとときとなりました。

東本願寺の白書院。亀岡末吉が手がけた名建築で味わう、格式あるお斎の席。
東本願寺の白書院。亀岡末吉が手がけた名建築で味わう、格式あるお斎の席。

“建築を巡る旅”の途中で、こうして“文化を味わう体験”があること。京都モダン建築祭の魅力は、建物そのものを巡ること以上に、京都という街の息づかいに触れられるところにあるのだなと実感したのでした。

東本願寺

住所|京都市下京区烏丸通七条上る
《御影堂》
竣工年|1895(明治28)年
用途|寺院堂舎
構造・規模|木造・入母屋造
重要文化財|御影堂、阿弥陀堂、菊門、内事3棟〔洋館・日本館・鶴の間〕
https://www.higashihonganji.or.jp/

先斗町歌舞練場──近代建築と芸能文化が交差する場所

スクラッチタイルとなまこ壁が描く独特なレトロモダンな外観。
スクラッチタイルとなまこ壁が描く独特なレトロモダンな外観。

今年の京都モダン建築祭で、ひときわ人気を集めていたのが先斗町歌舞練場。映画『国宝』のロケ地となった影響もあり、当日は見学を待つ長蛇の列ができるほどの大盛況ぶり。建築史家で実行委員長の笠原一人先生とともに巡りました。

劇場の守り神のような、青釉で仕上げられた鬼瓦。
劇場の守り神のような、青釉で仕上げられた鬼瓦。

建物が竣工したのは1927年。設計は、大阪松竹座など多くの劇場建築を手がけた木村得三郎(大林組)外観は、日本陶業製のスクラッチタイルが壁面にあしらわれ、縦長窓が並び、和と洋が大胆に混ざり合う近代ならではの華やかさが目を引きます。

櫛のように釘を1列に並べた道具で引っ掻いて模様をつけたスクラッチタイル。
櫛のように釘を1列に並べた道具で引っ掻いて模様をつけたスクラッチタイル。

外壁下部は、蔵造りの建物に多く見られるなまこ壁をイメージさせるような、花街らしいデザインの装飾。
外壁下部は、蔵造りの建物に多く見られるなまこ壁をイメージさせるような、花街らしいデザインの装飾。

なかでも注目は、外壁に施されたスクラッチタイル。アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが設計した東京の旧帝国ホテル(1923年竣工)で使われ、注目を浴び人気となった意匠だそうで。石や煉瓦に似た重厚さを醸し出しながら、どこかやわらかい。光によって表情が変わるテクスチャーが建物全体に深みを与えています。

劇場内部は一気に和風に。格天井とその下には赤い提灯が並び、座布団が敷かれた升席もあります。
劇場内部は一気に和風に。格天井とその下には赤い提灯が並び、座布団が敷かれた升席もあります。

そして、内部の大空間には柱が一本もありません。鉄筋コンクリートの技術が劇場建築に取り入れられたことで、客席からの見通しが効くようになりました。天井には二条城の二の丸御殿を思わせる格天井や、数寄屋建築の意匠が織り込まれ、“日本らしさ”がさりげなく息づいています。

先斗町歌舞練場の裏側。表とは異なるモダンな表情が現れる。
先斗町歌舞練場の裏側。表とは異なるモダンな表情が現れる。

裏側に回ると、おもしろいポイントが発見できます。写真の左側の建物の窓に垂直線、水平線を組み合わせるという壁面デザインの仕方が、フランク・ロイド・ライトがよく使うデザインに似ていて、ライト風の建築だということがわかります。建築は時代によって、流行に左右されるものなんだなぁと驚かされました。

笠原先生の解説を聞きながら巡るうちに、改めて日本の近代建築の魅力について考えていました。近代とは、明治から昭和へと移りゆく時代、新しい日本の息吹が芽生えはじめたころ。西洋から入ってきた技術をそのまま模倣するのではなく、日本人の感性でやわらかく受けとめ、美しい和洋折衷へと昇華させていく。その混ざり合う力こそが、日本の近代建築にしかない、唯一無二の魅力なのだと感じました。

京都には、まだまだ知らないモダン建築がある。次の建築はどんな景色や物語を見せてくれるのだろう。ワクワクを抱えながら、後編の建築へと歩みを進めます。

先斗町歌舞練場
住所|京都市中京区先斗町通三条下る橋下町130
竣工年|1927(昭和2)年
用途|劇場
構造・規模|鉄筋コンクリート造・地上4階、地下1階
設計|顧問:武田五一、設計:木村得三郎
施工|大林組
文化財|京都を彩る建物や庭園(認定)
https://www.kamogawa-odori.com/

Profile

清原愛花Aika Kiyohara コントリビューティング・ファッション・エディター/スタイリスト。大学時代よりさまざまな編集部を経て、2009年より『Numéro TOKYO』に参加。田中杏子に師事後、独立。本誌ではジュエリー&ファッションストーリーを担当。フリーランスのスタイリストとしては、雑誌や広告、女優、ミュージシャンの衣装を手がける。最近は、愛犬エルトン・清原くん(ヨークシャテリア)のママとして、ライフをエンジョイ中。Instagram @kiyoai413
 

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