
2025年、ブラジルは日本との国交樹立130周年という節目を迎える。地球のほぼ反対側にありながら日本との結びつきは深く、サンパウロを中心に約270万人もの日系人が暮らす、世界最大のコミュニティが存在する。さらにイタリア、ドイツ、スペイン、そしてポルトガル植民地時代に奴隷として連れてこられたアフリカの人々など、多様なルーツを持つ移民たちが共存することで、ブラジル文化は多様に育まれてきた。

こうした多文化的な背景は、現代アートや建築、デザインに独自のインスピレーションをもたらし、美しいビーチや雄大なジャングルといった大自然、超富裕層も多い南米最大都市サンパウロを中心に成熟する都市文化と相まって、唯一無二のクリエイションを育んでいる。多様性と自然、そして都市が呼応し合いながら紡がれるブラジルの創造力は、グローバルサウスへの注目度も高まる今、世界の潮流に新たな息吹を注ぎ込んでいる。今回はぜひ訪れてほしいサンパウロ、そしてリオ・デ・ジャネイロのアート、建築、デザインの注目スポットを紹介する。
サンパウロ
1. サンパウロビエンナーレ(São Paulo Bienal)

1951年に始まり、36回目を数える南米最大の現代美術の国際展。世界各国から150名を超えるアーティストが参加し、日本人作家としては石川真生、イケムラレイコらが選出された。テーマは「Not All Travellers Walk Roads Of Humanity as Practice(すべての旅人は道を辿るわけではない 人類の実践について」。これはアフロブラジル作家コンセイサォン・エヴァリスト(Conceição Evaristo)の詩から着想したものだが、鑑賞者にとってはそのタイトルのとおり、なかなかにチャレンジングな展示構成になっている。

というのも、作品キャプションにはアーティストについての基本情報(出身地や生年などの出自)がほとんど記されていなく、有機的に繋がった“道”のようなフロアで予備知識、そして偏見もないまっさらな気持ちで作品に遭遇するよう促される。中には良く知っている“友人”のような作品もあれば、それまで出会ったことのない未知の作品、そして縁なく通り過ぎてしまう作品もある。テーマごとにゆるやかに仕切られた展示空間はクリエーションの多様性が内包されたユートピアのようでもあり、アートとの出会いは人間との向き合い方にも似ているかもしれない、と思わせる。

キュレーションはカメルーン出身のボナベンチュラ・ソー・べジェン・ンディクン(Bonaventure Soh Bejeng Ndikung) を中心にブラジルやモロッコなどの多国籍なチーム編成で行われた。ちなみに、会場となっているビルは1954年、ブラジルの巨匠建築家オスカー・ニーマイヤーによってビエンナーレ用に作られた。螺旋を描くスロープや巨木のような柱などその建築自体がまるでアートといっていい傑作である。
住所/Av. Pedro Álvares Cabral, s.n. Ibirapuera Park, gate 3 Ciccillo Matarazzo Pavilion, São Paulo, SP, Brazi
会期/2026年1月11日まで 入場料無料
https://36.bienal.org.br/en/
2. サンパウロ美術館(MASP)

イタリアから移民してブラジル人となった建築家リナ・ボ・バルディが1968年に手がけたサンパウロ美術館。長年拡張工事が続けられていたが、今年ついに新館「ピエトロ・マリア・バルディ・ビルディング」がオープンした。設計はサンパウロをベースとするMETRO Arquitetos Associados。現在は「Historias da ecologia(エコロジーの歴史)」という展示で主にグローバルサウスの背景をもつ100名以上のアーティストによる作品が展示されている。


本館の常設展示はリナ・ボ・バルディが考案したもので美術館が持つ権威的な展示方法を否定し、鑑賞者と作品の対話を重視する、という意図がある。作品をガラス板で挟み、ブロック状の支柱で自立させるという非常にユニークな手法で、名画の裏側まで360度見られるというコンセプトは今なお斬新である。
住所/Avenida Paulista 1578, CEP 01310-200 São Paulo SP Brazil
TEL/+55 11 3149 5959
https://www.masp.com.br/
3. オーロラ(Auroras)

サンパウロには国際的なアートシーンで注目されるギャラリーも多いが、中でも訪れて欲しいのがここ。ミッドセンチュリー期に建てられたオーナーの邸宅をギャラリー空間にしており、アートとインテリアのリアルな関係性や生活の中のアート、といったイメージを膨らませることができる。


12月22日までは1970年代初頭、アメリカでフェミニズムのムーブメントで活躍したハーモニー・ハモンド(Harmony Hammond)と70〜90年代にブラジルのアートシーンで台頭したイヴェンス・マチャド(Ivens Machado)の二人展、11月30日まではアメリカ人作家レネ・グリーン(Renee Green)によるサイトスペシフィックなインスタレーションなどが展示されている。
住所/Av. São Valério 426, São Paulo SP Brazil
土11時〜18時以外はアポイントメント制
https://auroras.art.br/
4. ローズウッド・サンパウロ(Rosewood São Paulo)

20世紀初頭に建てられた歴史的建造物である産院のビルのリノベーションとフランスの巨匠建築家ジャン・ヌーベルによる新築棟を合体させたホテル。ちなみに約55万人のパウリスタがこの病院で生まれ、93年に閉院するまではサンパウロで最も大きな産院だったのだとか。

館内や室内には450点ものブラジル人を中心とした現代アートが展示されており、多くはこのホテルのために制作された。中でも敷地内のチャペルにあるヴィック・ムニース(Vik Muniz)によるステンドグラスは必見。アートに関して知識豊富なスタッフによる館内アートツアー(予約制)もある。
Courtesy of Rosewood São Paulo
ブラジルで採取されたクリスタルを壁面にずらりと並べたルームもあるスパ施設ではゲランと提携したフェーシャルやボディートリートメント、ヘア&ネイルサロン、そしてレイキやメディテーションまで、フルラインアップのプログラムが受けられる。

館内にはブラジルらしいメニューやライブ音楽を提供してくれる6カ所のレストラン、バー施設も。インテリアのいたるところにアートが設置されているので、お見逃しなく。
住所/Rua Itapeva 435, Bela Vista, São Paulo, SP 01332-000 Brazil
TEL/+55 11 3797 0500
https://www.rosewoodhotels.com/en/sao-paulo
リオ・デ・ジャネイロ
5. シェ・ジョージズ(Chez Georges)

リオといえばビーチを思い浮かべる方も多いと思うが、海を見下ろせる丘陵地帯にあるサンタテレサは18世紀に建造された修道院を中心に街づくりが始まり、当時は上流階級の人々が住まう瀟洒な邸宅が多く建てられた。今は歴史ある街並みに魅了されたアーティストやヨーロピアンなどが多く集まるエリアとして知られ、“リオのモンマルトル”と呼ぶ人も。

7つの客室にジョージ・ハリソンやジョージ・ベンソンなど音楽家の名前をつけたこのスモールホテルは1970年代にブラジル人建築家ウラジミール・アルヴェス・デ・ソウザ(Wladimir Alves de Souza)によって建てられた邸宅をリノベートしたものだ。この家は、最近、インテリア業界で注目されるブラジリアン・モダニズムの中心人物でもあるデザイナーのリカルド・ファザネロ(Ricardo Fasanello) が娘のために購入したもので館内にはファザネロがデザインした名作チェアのほか、ブラジルの名作家具が多数インストールされている。今も隣にはリカルドの家族が住んでいるとか。
Courtesy of Chez Georges

中庭のプールサイドから眺められる山の稜線と海の景色はまるでリオのポストカードのよう。テラスでは季節のフレッシュなフルーツがふんだんに添えられた朝食も楽しめる。ほかランチやディナー、カクテルなどは随時スタッフにオーダーすることができ、共用のダイニングルームやリビングエリアなどでいただく。ブラジリアン・モダンの贅を尽くした邸宅に住むように泊まる、そんなエクスクルーシブな体験を可能にしてくれるホテルだ。

住所/Ladeira do Meireles, 90 – Santa Teresa, Rio de Janeiro – RJ, 20241-340, Brazil
TEL/+55 21 97232 7563
https://georges.life/en/rio/
6. シャカラ・ド・セウ美術館(Museu Chácara do Céu)

シェ・ジョージズを手がけた建築家ウラジミール・アルヴェス・ジ・ソウザが、友人であるアートキュレーターのために設計した邸宅(1954年竣工)で、のちにミュージアムとして一般公開されることとなった。マティスやミロなど2万点以上の作品を持つといわれる、知る人ぞ知るミュージアムだが、2006年には窃盗団が侵入し、ピカソ、モネ、マティス、ダリの4作品が盗まれ、今なお行方不明のままだという。
ガーデンはリオの海岸計画などを手がけたブラジル屈指のランドスケープデザイナー、ロベルト・ブーレ・マルクス(Roberto Burle Marx) によるもの。サンタ・テレサ地区の中でも最も高台に位置し、そこに広がる景観もまた、このミュージアムの大きな魅力となっている

住所/Rua Murtinho Nobre 93, Rio de Janeiro, Rio de Janeiro
TEL/+55 61 3521 4369
Istagram/@museudachacaradoceu
7. グスタヴォ・カパネマ・パレス・ビルディング(Palace building Gustavo Capanema)

1937〜45年にかけブラジル政府の教育・公衆衛生省の本庁舎として建設されたビル。ブラジル建築の巨匠ルシオ・コスタが設計を主導し、オスカー・ニーマイヤーらそうそうたる建築家が参加し、ル・コルビジェが顧問を務めたブラジルのモダン建築の傑作ともいえるビルでありながら、ずっと使途が決まらず放置状態だったものが今年ようやく一般公開に。ちなみにグスタヴォ・カパネマは当時の教育相の名前。

中庭はニーマイヤーらブラジル建築には欠かせないランドスケープデザイナーのロベルト・ブーレマルクスが設計、タツノオトシゴやヒトデ、魚など海の生物をモチーフにした外壁のタイル画はブラジル人アーティストのカンディド・ポルチナーリ(Candido Portinari)による。現在、収蔵されたアート作品も順番に修復されているという。


ちなみに2021年には文化省も解体した当時の大統領ボルソナーロがビル自体を競売にかけようとしたが市民団体の抗議行動により守られたという経緯もあり、ブラジル文化を守る運動の舞台となった抵抗の象徴ともいえる背景を持っている。今後は、復活した文化省がこのビルに入省する予定で、ほか、レストランなど商業用途でも使用が検討されている。建築、アートファンは必見の最旬スポットで、内部の見学はツアー(ポルトガル語のほか、英語の回もあり)の予約が必要。

住所/R. da Imprensa, 16 – Centro, Rio de Janeiro – RJ, 20030-120, Brazil
https://www.gov.br/cultura/pt-br/assuntos/capanema
8. ジャネイロ・ホテル(Janeiro Hotel)

世界展開をするブラジルのファッションブランド「オスクレン」のクリエーティブ・ディレクター、オスカー・メツァヴァがクリエーティブディレクションを手がけたホテル。リオの高級住宅街でもあるレブロンビーチにあり、近隣には高感度なショップやレストランも多いエリアだ。まさに滞在することでカリオカのライフスタイルを体感できる、といってもいいだろう。

「Your bed is our beach」とのコンセプトで、窓から見える海の風景を最高に活かしたインテリアは、さすがリオを知り尽くしたオスカーらしい美意識が隅々まで行き届いている。白を基調に、ウッドやラタンなどナチュラルな素材の数をミニマルに配置したルームでは、自然にゆったりと心もほどけていくようだ。19階の屋上プール&バーからは、イパネマとレブロンの象徴ともいえる双子の岩山〈Morro Dois Irmãos〉や、キリスト像の聳えるコルコバードの丘を望む絶景が広がる。

太陽光発電を採用するなど、環境に配慮したサスティナブルなコンセプトの運営も「オスクレン」ブランドが掲げる理念と共鳴する。1階には新しいビストロスタイルのレストラン&バー「Cedilha」も最近オープンし、さっそくスタイリッシュなカリオカたちで賑わっているようだ。


住所/Av. Delfim Moreira, 696 – Leblon, Rio de Janeiro – RJ, 22441-000 Brazil
TEL/+55 21 2172 1001
https://www.janeirohotel.rio/

最後に治安のことを少し。ブラジル、というと治安のことを気にされる方も多いと思う。旅先ではもとより世界のどこにいても危機管理は自己責任でできる限りしたいと思う、昨今。危機の種類はさまざまなレベルで思いもよらないところから降ってくる。個人的な体験から言えば、今回約10年ぶりに再訪したブラジルで、治安は良くも悪くもなっていなかった、というのが感想。移動はUberが安いのでほとんどUberを使い、どんな少額でもクレジットカードが使えたのが便利だった。スマホの盗難は増えているので、道で写真を撮影したり、Uberを呼んだりするときはくれぐれもご注意を。
Photos & Text: Akiko Ichikawa














