パリ、神戸、ロンドンを拠点に活動する3人のクリエイター。彼女たちはその街の風土や文化を感性に織り交ぜ、再編集していく。第2回目は、アーティスト・中北紘子のアトリエを訪ね、空間に息づくものとクリエイションのつながりをたどった。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年12月号掲載)

内なる感情を豊かな色彩とマチエールで幻想的な世界へと昇華するアーティストの中北紘子。東京、大阪、カリフォルニアと国内外を移り住みながら、10年前に生まれ育った阪神間にあるマンションの1室にアトリエを構えた。大阪市と神戸市の間に位置するこのエリアは、戦後日本の前衛芸術運動を牽引した「具体美術協会(具体)」が活躍していた場所でもあり、古くから暮らしとアートが密接に共存する。
「生まれ育った街だからよく知っている人ばかりで、今朝も姉の車とすれ違ったすぐ横をいとこの旦那さんがランニングしていました。他県に住んでいた時期もあるのですが、海と山に囲まれた自然豊かなこの土地が恋しくなって戻ってきました。阪神間は独特な地域で、古くから住んでいる人が多いので恋愛や結婚、働き方の考え方もコンサバティブなところがあります。そんな環境に窮屈さを感じることもあり、それを表現する方法が絵を描くことでした。

学生時代は美術部に入ったこともなく、描くことが楽しいと思ったこともあまりありません。ただ、言葉ではなく描写でならストレートな感情をぶつけることができて、そういった窮屈さも私の大切な一部です。『具体』のアーティストたちの“自分を解放して新しいものを作りたい”という原動力には、同郷だからこそ共感するものがあって。この阪神間で描き続けることは私にとって大きな意味があります」

カリフォルニアにもアトリエを持ち、二拠点で活動をする中北。カリフォルニアで制作した作品は鮮やかな色使いのものが多く、開放的な気候や風土が新たなクリエイティビティをもたらしたという。
「私のアトリエがあるニューポートビーチは落ち着いた雰囲気がどこか阪神間と似ています。そこでは窮屈だった感情が解放されて、『素の自分』でいられます。感情の赴くままに素直に絵を描くことができるから、それがきっと色使いにも出ていると思います」

柔らかな光が差し込む広々とした神戸のアトリエにはこだわりのアンティークや着物、本棚が並ぶ。代々受け継がれてきた物も多く、歴史との邂逅は中北の創作活動において重要な位置を占めている。

「プライベートはあまり発信してこなかったのですが、子どもが3人いるので、一日の中で絵のことだけを考えられる時間は限られています。ここは本当に制作だけをする場所と決めて、集中できる空間作りを大切にしています。蔵書の中でよく手に取るのは『古今和歌集』。季節に合わせた歌を読みます。骨董や着物もそうですが、歴史の息づく物からインスピレーションを受けることが多いです。

また、制作に入る前は音楽や香りで気持ちを切り替えています。音楽は渋谷慶一郎さんやギャラリーの音楽を手がけてくれた大沢伸一さんをよく聴きます。特に渋谷慶一郎さんの『Midnight Swan』は徐々にテンポが上がって心拍数と重なる瞬間が作品に入り込むスイッチになっている気がしてお気に入りです」
生まれ育ったからという単純な理由ではない。モダンな暮らしと伝統的な価値観が流れる土地で、長い歴史を宿す物たちに囲まれながら、安寧と窮屈さが織りなすアンビバレントな感情によって中北は創作へと駆り立てられている。
Photos:Wataru Hoshi Interview & Text & Edit:Miyu Kadota
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