
紅葉で街全体が燃えるような美しさを増す、秋の京都。この実りの季節、食通たちがこぞって足を運ぶ街・祇園に、知る人ぞ知る名店がある。それが2024年7月にオープンした「祇園 静水香(ぎおん・しずか)」だ。
伝統ある京料理や日本料理の技術を礎にしながら、一見さん(いちげんさん)や海外からのゲストにも門戸を開き、京都の美味を五感のすべてで楽しませてくれる。そんな噂を聞きつけ、秋の味覚満載のディナーへ出かけてきた。
ミシュラン2つ星「祇園 丸山」出身の料理人による、伝統と革新の京料理

「祇園 静水香」が店を構えるのは、伝統的建造物群保存地区にも選ばれ、観光名所としても名高い白川の巽橋近く。この店の指揮を執るのは、料理長の澤田和巳氏だ。京都の名店「祇園 丸山」で研鑽を積んだ後、東麻布の「万歴龍呼堂」(現在閉業)では総料理長を務め、『ミシュランガイド東京』で一つ星を獲得。その後アジア圏の「フォーシーズンズホテル」での海外経験を経て、「祇園 静水香」に参画した。

澤田氏が目指すのは、自身のルーツである京料理の伝統を大切にしながらも、誰もがリラックスして楽しめる新しい京都のおもてなしの形だ。「京都の料理は出汁が命」と語る通り、お水は京都の超軟水を使い、出汁の品質には一切の妥協がない。

その一方で、かつての祇園に根強かった「一見さんお断り」の空気を払拭し、初めて訪れる人でも温かく迎え入れられる、親しみやすい雰囲気づくりを大切にしているという。私が訪れた際も、女性の一人客がコースを堪能している様子も見られるなど、おひとりさまにも優しい。伝統と革新。その二つが共存する空間で、今宵のペアリングコースが幕を開ける。
「松茸サンド」×「新政」、「棒寿司」×「十四代」など、至高の日本酒フリーフローペアリング

今回いただいたのは、厳選された9種の日本酒ペアリングと、1品ずつ日本酒と併せた四季折々の料理が供される「杜氏コース」。日本酒はフリーフローと太っ腹なのに税金、サービス料込で26,400円というのだから驚く。しかもそのラインアップがすごい。乾杯は、福岡県の「田中六五 6513泡」。米の磨きを65%に設定し、アルコール度数を13度まで抑えた、軽やかでクリーンなスパークリング日本酒だ。
最初の一皿は、蛤(はまぐり)と雲丹の温かい茶碗蒸し。三重県桑名産の大きな蛤と、北海道産の濃厚な雲丹が乗せられている。紙の上にのった菊の花びらを器へ移し、一緒に口へ運ぶと、蛤のふくよかで肉厚な旨味と雲丹の甘みが、優しい出汁と共に溶け合っていく。

この一皿に合わせたのは、秋田県・新政酒造の最上級ライン「アストラル・プラトー」の一角を占める「見えざるピンクのユニコーン」。酒を用いて酒を醸す貴醸酒で、出してもらった2022年は1,789本しか生産されていない超希少な一本だ。シェリー酒を思わせる、芳醇でまろやかな甘さが、茶碗蒸しの出汁の風味をさらに引き立てる。

「祇園 静水香」の名物の一つでもある「ふらいさんど」は、秋のこの時期は松茸を採用。ザクっとした衣の中から、松茸の芳醇な香りが立ち上る。添えられたのは牛蒡のきんぴら、タルタルソース、そして削りたてのオータムトリュフとスダチの果汁。和と洋の香りが複雑に絡み合う、遊び心あふれる一品だ。

旬のお造りは、北海道産の天然ブリ、函館産の戸井マグロ、兵庫県明石産のケンサキイカなど、鮮度抜群のラインアップ。お造りに合わせたのは、山口県山縣本店の「防長鶴 純米大吟醸 山田錦」。山田錦を35%まで磨き上げた大吟醸で、まろやかな旨味が伴う。

「中秋の名月」にちなみ、関西では「丸」と呼ばれて親しまれている、スッポンのお椀も振舞われた。滋味深いスッポンをワンタンで包んだ一杯で、秋ナスとアワビ茸が脇を飾る。

これに合わせるのは、岩手県の赤武酒造が秋に出荷する「AKABU 琥珀」と呼ばれる「ひやおろし」。穏やかな香りと米の旨味が、スッポンの繊細な出汁と見事に調和する。

続くは、サバの棒寿司が名物の京都にちなんだ、カマスの棒寿司。長崎県産のカマスの炙りに芽ネギ、高菜が良い味のアクセントだ。ここで、日本酒の王様「十四代」が登場。蔵が独自開発した山形県独自の酒米「酒未来」で造られた「大極上」だ。35%まで磨かれた米から生まれる、南国の果物のような華やかな香りと、柔らかくクリーンな口当たりが圧巻だ。

料理でエポックメイキングだったのが、北海道産のズワイガニの古酒漬け。古酒と醤油に漬け込んでおり、ねっとりとほぐれる蟹の身から、熟成された旨味が溢れ出す。

車海老や丹波黒豆、きくらげがぎっしり詰まった熱々の飛龍頭(ひりゅうず)は、京料理の真髄を感じる一品。

ペアリングは、柔らかな「女酒」の代表格である、三重県の「而今 特別純米」。新政が「都会的」なら、こちらは「田舎娘」と表現されるような、素朴で芯のある味わい。しっかりとした酸が、出汁の旨味に寄り添う。

メインディッシュは、山形牛を使った黒毛和牛のすき焼き。美しいサシの入った牛肉を、丹波地鶏の濃厚な温泉卵にくぐらせていただく。この力強い肉料理に合わせたのは、栃木県の「鳳凰美田 鳳(おおとり)」。自社で管理する兵庫の畑で育てた山田錦を35%まで磨いた、「ハレの日」にふさわしい華やかな一本。リッチなすき焼きの旨味を、見事に受け止める。

食事は、土鍋で炊き上げられた茶豆と秋刀魚のご飯。いくらや万願寺とうがらしも添えられ、最後の一口まで秋を満喫する。

デザートも手抜かりない。酒粕のアイスクリームや、柿の白和えといった一品の後、熊本県・山鹿産の和栗を目の前で絞り上げた、和栗のモンブランが登場。栗のペースト、和栗のアイス、白玉、安納芋のペーストが層をなす、贅沢な締めくくりだ。
日本酒好き垂涎の希少な銘酒と、日本料理の甘美なマリアージュ

「祇園 静水香」で特筆すべきは、これだけ希少性の高いプレミアムな日本酒がフリーフローで、レベルの高い季節の日本料理のコースとともに、22,000円というお値打ち価格で味わえること。日本酒好きなら、喉から手が出るほど欲しがる一本がいくつも出てくるのだから驚く。それも店主や料理長が、各酒蔵の担当者と直接交流があるからこそ実現できることだという。ある意味予約が取りやすい今のうちが、訪問の狙い目だと言える。

伝統的な京料理の良さを守りながらも、決して排他的にならず、新しいゲストを温かく迎え入れる「祇園 静水香」。そこは、京都の食文化の「今」を深く、豊かに体験できる、まさしく隠れた名店だった。“祇園は初めて”という友人を誘って、ぜひこの感動を分かち合いたい。
祇園 静水香(ぎおん・しずか)
住所/京都府京都市東山区清本町371-2
営業時間/お昼の部 12:00~15:00(LO 12:30)、夜の部18:00~(18:00一斉スタート)
定休日/年末年始
TEL/075-746-2442
URL/https://gion-shizuka.jp/
Photos & Text: Riho Nakamori


