隅から隅まで徹底した美意識でつくり上げられるスクリーンにいつも右往左往させられてばかり。それでも愛さずにはいられないウェス・アンダーソンの最新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』もまた、計算し尽くされたカオスな世界へと私たちを誘う。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年11月号掲載)

重厚な装丁のウェス世界のページをめくる
文・梶野彰一
数か月前、パリのシネマテーク・フランセーズで開催されていたウェス・アンダーソン展を訪れた。『グランド・ブダペスト・ホテル』の模型や『ファンタスティック Mr.フォックス』の人形、『ダージリン急行』のトランクなどが並び、緻密な絵コンテや設計図の数々に圧倒された。その余韻を抱えたまま新作を観られたのは幸運だった。重厚な装丁のウェス世界のページをめくる感覚が、すぐに戻ってきた。
今回の舞台は1950年代、架空の国家フェニキア。大富豪ザ・ザ・コルダ(ベニチオ・デル・トロ)はその生涯をかけた一大国家プロジェクト「フェニキア計画」の立て直しに奔走する。飛行機事故を含む6度の暗殺未遂を生き延びてきた彼はさすがに自身の身を案じる。唯一の後継者として疎遠だった娘リーズル(ミア・スレアプレトン)を呼び寄せ、家庭教師のビョルン(マイケル・セラ)を巻き込んで、資金調達と目的遂行の旅に出る。向かう先々で陰謀、妨害、そして暗殺の危機が待ち受ける旅だ。

ウェス映画では『フレンチ・ディスパッチ』で存在感を示したデル・トロが威厳と優雅さを併せ持つ主役のザ・ザを演じ、新生、ミア・スレアプレトンは父に反発しながらも、修道女見習いの敬虔さとマトリョーシカ人形を思い起こさせるチャーミングさを併せ持った不思議な娘役にはまっている。なるほど、ケイト・ウィンスレットの娘というプロフィールを見て納得の存在感。
映像面では、監督のファンには申し分なし。シンメトリーを徹底した構図、パステル調の色彩、唐突に差し込まれる図版や文字といったウェス流の様式美が全開だ。先にページをめくるとたとえたように、その映画体験は読書に似ていると思う。ト書きや登場人物のセリフを追いながら、図版を眺めてページをめくる。ただその端々にまで気を配られた画面設計や、一語一句まで整えられたセリフ、キャラクターの衣装や小道具、目を配るところが多い上に、ネイティヴでない私はセリフも耳でなく目を使って字幕も追わなければならない。ただの小説ではない、しいて言えば文字のぎっしり詰まった絵本か何か、それも監督のテンポ感でページは次々にめくられていく。ちょっと字幕が空滑りしたりすると、あっという間にストーリーから置いてきぼりを喰らってしまう。

それでも、この「過剰にコントロールされた世界」こそがウェス映画の魅力で、絵と言葉の奔流にしがみついて、ふと心に残るセリフや一枚の挿絵に出会うような感覚が毎度クセになっているのに気がつくだろう。
思い起こされるのは『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)。マチュー・アルマリックのキャラクターにとどまらず、あの作品のがちゃがちゃした冒険譚の熱気がよみがえってくる。ただこの作品では並行的テーマが収束しないまま雑多さを抱えたままで突き進む。そのカオスは新しい挑戦のよう。
そして脚本の装飾を剥がしてみると根幹にあるのは「父と娘」という普遍的な家族のテーマ。『ロイヤル・テネンバウムズ』や『ライフ・アクアティック』『ダージリン急行』など、監督が繰り返し描いてきた物語の系譜に連なりながらも、今作のコンプレックスは突出しているかもしれない。ザ・ザとリーズルは監督の生み出した新たなアイコンになるだろう。
小道具は名だたるメゾンとコラボ! 本物へのこだわりがそこかしこに
『ダージリン急行』に登場したラゲージの復刻版が、ルイ・ヴィトン2026年春夏メンズコレクションに登場するなど、ファッションと縁が深いウェス作品。今作も小道具や衣装一つ一つへのこだわりが満載だ。



「ザ・ザがリーズルに何かあげるならカルティエに作らせるだろうと思って、同社に頼んだら引き受けてくれました」とウェスは語る。他にも“本物”にこだわった小道具がひしめき合い、絵画作品まで実物を提供してもらったという徹底ぶりに驚かされる。
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』
大富豪ザ・ザ・コルダは、フェニキア全域のインフラを整備するプロジェクトの実現を目指していたがとある妨害により赤字が拡大し、計画が脅かされている。修道女見習いの一人娘リーズルを後継者に指名し、彼女を連れて資金調達の旅に出るが……。
監督・脚本:ウェス・アンダーソン 出演:ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、リズ・アーメッド、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、 マチュー・アマルリック、リチャード・アイオアディ、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッ チ、ルパート・フレンド、ホープ・デイヴィス
配給:パルコ ユニバーサル映画
全国公開中
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Text:Shoichi Kajino Edit:Chiho Inoue
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