約5年ぶりの新作『アイ・クイット(I quit)』をリリースし、フジロックで待望の来日を果たしたハイム。ジャンルの軽やかなクロスオーバーでシーンに新風を吹き込み、女性バンド像を刷新するアイコンとなったカリフォルニアの三姉妹は、この新作でより大きく扉を開け放ってみせた。自分たちが経験した失恋や新たな恋愛を通じてハイムがたどり着いたのは、自分らしく生きる妨げになっていたさまざまな物事を手放し、自由を手に入れるというテーマだった。
誰かのための「私」ではなく、私が愛せる「私」になりたい──そんな『アイ・クイット』に満ちた解放感についてや彼女たちのアイデアが詰まったアートワークやファッションについて、エスティ、ダニエル、アラナに話を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年10月号掲載)

──12年ぶりのフジロックのステージ、素晴らしかったですね。
ダニエル(以下D)「信じられないくらいだったよね」
アラナ(以下A)「素晴らしかった。あんなにたくさんお客さんが来てくれると思っていなかったし。これまでの私たちのライブの中でもベストの一つだったんじゃないかな。前回フジに出演した日は雨が降っていて」
D「ファースト・アルバム『デイズ・アー・ゴーン』のときだったよね」
A「そう。私たちがまだ赤ちゃんみたいなものだった頃(笑)」
3人「(笑)」
──今回は前回のフジよりも遥かにロックで、バンドサウンドのダイナミズムを感じるステージでしたが、これは新作『アイ・クイット』のもたらしたモードなのでしょうか。
A「新作と、その前のアルバムの両方の影響だと思う」
D「そう、私たちはロックンロールになってきているの」
エスティ(以下E)「ご存じのとおり、ハイムはずっとカバー曲を演奏してきたし、ロックンロールのカバーもたくさんやっていて。イーグルスや、フリートウッド・マックとかね。これまでも自分たちをロックバンドだと思ってきたんだけれど、確かにダニエルの言うとおり、今の私たちはロックミュージックを演奏することに最も心地よさを感じていると思う。それが私たち自身に最も近いから」
──『アイ・クイット』は深呼吸して肩の力を抜くような、解放感を感じる一作ですよね。このアルバムはどのようなテーマから作られたものなのか、その出発点を教えてください。
D「私たち全員が13年ぶりにシングルになった、っていうのも大きかったと思う。自由な立場になって、いろんなところに出かけ、いろんな人たちと出会おうとし始めたから。私自身も長く付き合っていた恋人と別れて、エモーショナルになっていたんだけれど、それがこのアルバムでの自己探求にもつながっている。そういうエキサイティングな時期に作ったアルバムなの」
A「私たち姉妹も、これまで以上に親密になったと思う。それぞれにたくさんデートをして、スタジオではデートがどうだったか報告し合うっていう(笑)。このアルバムを作っているときは、そういうたくさんの笑いと喜びの瞬間があった」

──フジロックではあなたたちが「quit」した(やめた)さまざまなことがスクリーンに映し出されるという演出がありましたが、そこから読み取れるのは「quit」がポジティブな意味で使われていたことでした。本作のテーマに『アイ・クイット』というタイトルがふさわしいと思った理由は?
A「もともとは仮で付けていたタイトルなんだけれど、実際に『I quit』という言葉でアルバムの世界観を表現してみたときに、私たちはこのアルバムで多くのことを手放したんだってことに、あらためて気づけたの。それって、みんなも身に覚えのあることなんじゃないかな。人生を旅していると、本当の幸せを達成するのを妨げている小さなことに気づかないものなんだよね。
例えばそれは、人から好かれようとするために自分を押し殺すことかもしれないし、タバコを吸うことや、自分を卑下することかもしれない。このアルバムでは、そうしたものを全て手放したかった。その時が来たって思ったから。最初のアルバムを作って以来、私たちはずっと息を止めていたかのように感じていたんだけれど、ついに息を吐き出すことができたっていう。これほど自分たちらしいと感じたことはないと思う」
──アルバムは非常に早く完成したと聞きましたが、あなたたちが恋愛で負った傷をえぐるような歌詞を書く作業はタフではなかったのですか。むしろカタルシスのある作業だった? それともセラピーのような?
A「このアルバムには間違いなくカタルシスがあった。過去のアルバムとの違いは、今作が最も『今』に焦点を当てて作られた作品だということ。高校時代の恋を思い出したり、5年前の経験を掘り返したりするんじゃなくて、リアルタイムで起こっていることを歌にしていったのが『アイ・クイット』だから」
D「そしてセラピーという意味では、私たちの曲は常にそうだと思う」
A、E「そうだね」
D「特に書いていてカタルシスを感じた曲は『エヴリバディズ・トライング・トゥ・フィギュア・ミー・アウト』かな。多くの個人的な問題と向き合っている曲だから」
E「ダニエルが不安を感じていた時期に生まれた曲だよね」
D「うん。私は人から好かれようとするタイプで、これまでは人と交流するときにとても神経質になっていたの。この曲ではそんな自分に対して、「大丈夫。自分自身のために生きなければならない」って言い聞かせているっていう」
──今作の音楽的インスピレーションについて教えてください。今作もハイムらしいジャンルミックスは健在ですよね。
E「アウトキャストの『スピーカーボックス/ザ・ラヴ・ビロウ』(2003年)からは、本当に大きな影響を受けている。あのレコードは今あなたが言ったように、ヒップホップやロック、クラシックにフォークと、多くの異なるジャンルが混ざり合っていて、子どもの頃に聴いて以来、ずっと魅了され続けているんだよね」
──ニコール・キッドマンやスカーレット・ヨハンソンらの有名なパパラッチ写真から構想を得たシングルのアートワークも最高だったんですが、あのアイデアはどこから?
A「私たちは常にクレイジーなアイデアを思いつくの。それが正しい形で実現することはまれなんだけど(笑)、今回は実現できた。『リレイションシップス』を作っていたとき、ニコール・キッドマンのあの写真が頭にひらめいて」
E「パパラッチが撮った全てのショットに、彼女のあらゆる感情がみなぎっているのが最高で。あの感情が曲にピッタリ合ったっていう。それで、私たちはさらにインターネットをさらって、再現したら面白い写真をたくさん見つけたの」
──再現したパパラッチ写真は全て2000年代のものでしたね。それはあなたたちが少女時代の懐かしい記憶とリンクしているから?
A「そうだね。私がまだ13歳くらい、3人全員に彼氏がいなかった時代。まだ両親と一緒に住んでいて、その家で私たちが何をしていたかというと、いつもコンピューターで何か面白いものがないか探していたっていう。それが私たちの逃げ場だったの」
D「当時、私が探していたパパラッチ写真はケイト・モスのものだった。彼女が着ていた服が大好きで、何を着ているのかいつも知りたかったから。ケイトが履いていたヴィヴィアン・ウエストウッドのブーツも、似たのを探してきたりして」
A「私たちはいつもスターが着ている服をチェックしてはヴィンテージショップに行って、なんとかそれを再現できないか頑張っていたの」
──ちなみに皆さんのファッションのこだわりは? 今、どんなスタイルがお気に入りですか。
D「私たちはルイ・ヴィトンと仕事ができて本当にラッキーだった。私は10代の頃からニコラ・ジェスキエールの大ファンで、だから彼が手がけるヴィトンにも夢中なの」
E「私たちはいつも素晴らしいヴィンテージショップを歩き回ってる。東京でも絶対に行かなきゃって。ヴィンテージには宝探しのようなワクワク感があるよね。今日のこの服もヴィンテージ」
A「私のこの服は、実はダニエルの。私自身はあまり買い物をしないかな。その代わり、ダニエルとエスティのクローゼットをあさらせてもらう(笑)」
──(笑)。『アイ・クイット』のアルバムカバーのルックも素敵ですが、どんなテーマがあったんですか。
E「実は意図的に、スタイリングしないってことをテーマにして、特定の時代やスタイルにはとらわれず、それぞれがヴィンテージショップで気に入ったルックを見つけて……結果的に3人それぞれが異なる時代のスパンコールのドレスを着ることになった。私のは80年代のもの」
A「私のは実は子ども用のコスチュームなんだよね」

──皆さんのアイコンは誰ですか。
D「ケイト・ブッシュをリスペクトしている。彼女は私にとって非常に大きなインスピレーション源。彼女はシンガー・ソングライターであり、プロデューサーでもあり、ジョニ・ミッチェルも同様で尊敬している。もちろんプリンスもね。自分の作品を全て自分で作り上げる、オールラウンダーなアーティストに憧れるから」
E「私もプリンスかな。ステージ上のプリンスとステージを降りた後のプリンスの間に違いがない、っていうのがすごいよね。彼は本当にアーティストとして生きていたんだろうなって」
A「私はザ・ストロークス。彼らは私の全てを変えた、お気に入りのバンドだから」
──自分を縛り付けるものを手放すことをテーマにした『アイ・クイット』を作り、あなたたちは自由になりました。これからどこへ向かいますか。
D「とにかくツアーをしたい。行きたい場所がたくさんあるの。東京、日本にもまた戻ってきたいしね」
A「うん。みんなが私たちのプレイを見たいって思ってくれる限り、プレイし続ける。もう無理ってなるまで、ずっとプレイして音楽を作り続けたい。それが夢かな」

ハイム『アイ・クイット』
価格/¥3,300
各種配信はこちらから
Photos:Michi Nakano Interview & Text:Shino Kokawa Edit:Mariko Kimbara
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