
ロサンゼルスを拠点とするラグジュアリーアイウェアブランド、ジャック・マリー・マージュ(Jacques Marie Mage、以下JMM)の日本初となるフラッグシップギャラリーが、東京・表参道にオープン。国内外から蒐集された豪華な調度品や希少なアートピースに囲まれた空間では、JMM限定生産のアイウェアを始め、レザーグッズ、ジュエリーなどを展開する。
ブランドの創業者であり、クリエイティブ・ディレクターを務めるジェローム・マージュが「日本の伝統に対する深い経緯の表れ」と表現した本ギャラリーは、地下から2階までの3フロア構成。空間設計は、建築、インテリア、和食・茶道・和菓子といった日本の文化芸術を融合させたデザインで知られる、SIMPLICITY主宰・緒方慎一郎とJMMの協働で手掛けた。緒方自身が「JMMのものづくりは日本の職人性が核になります。和と洋の折衷、職人性をキーワードにデザインに落としこんでいきました」と語るように、歴史と現代性が共存する空間の至るところに、日本の職人文化と美意識への敬意がみて取れる。

ギャラリーのエントランスに設けられたのは、船内を思わせる“マザーシップ”と呼ばれる異形のスペース。神聖な素材である檜で仕上げた温もりのある空間の奥に掲出されているのは、書家・新城大地郎の大作だ。“母”という文字を描いた力強い筆致が、生命、愛、無限のエネルギーを包括する。奇しくも今年4月に第一子が誕生した新城にとって、本ギャラリーのテーマである“母船(マザーシップ)”は、自身が置かれた境遇と重なるものがあったという。
「“母船”の象徴は偉大な“母”であり、そのテーマは現在の私にとっても大きなテーマでした。JMMの哲学と思想から生まれたアイディアから、職人一人一人の手仕事によって誕生するJMMの作品は、唯一無二の命が誕生する奇跡と同様、美しいものがこの世に放たれた証だと思います」(新城大地郎)
崇高なテーマはまた、自身の作品を生み出す源泉になったと付け加える。
「それらを育む母体は創造性と愛を持った無限のエネルギーです。我が子が誕生する以前、 大きなお腹に耳を当てた時に私に跳ね返してきた子供の鼓動を忘れません。そんな鼓動がまるで聞こえてくるような、 生命力を感じるような作品 『母船』を目指しました」(新城)

有史以来、連綿と続く生命の繋がりを、導線によって意識させたかのような筒状のエントランスを抜けると、ヴィンテージの家具やラグ、JMMの長年のパートナー、エルベ マニファクチュリエ(Hervet Manufacturier)によるプレジデンシャルデスクを設たコンサルテーションルームが出現。壁面を覆う希少な能面のコレクションや屛風画が、空間にストーリー性を帯びた奥行きを付与する。

2階には、ジュエリーおよびメイド・トゥ・メジャー(カスタム)専用スペースを設置。部屋の両側に甲冑が鎮座し、江戸後期の六曲屏風が設えられたバーで、ゲストはウイスキーを味わいながらじっくりと寛ぐことができる。なお、このスペースに至るまでのアプローチには、静けさを感じさせるテラスを設けた。また、各フロアに共通するのが、従来のショップ然としたレイアウトとはまるで異なる贅沢な空間構成だ。商品を販売するうえで、ともすればネガティブスペースに陥りがちな「間」の取り方には、設計を手掛けた緒方ならではのある狙いが込められている。
「空間の体験に抑揚をつけるために間の取り方が重要になります。感情のピークはプロダクトとの出会いの瞬間になるよう空間はデザインされます」(SIMPLICITY)
緒方の言葉を借りるなら「(プロダクトとの)出会いへの期待感を高める」演出的効果が、さまざまな手法で意匠に採り入れられているのだ。

アトリエ機能を備え、ゲストが一枚板のカウンター越しにアイウェアを吟味できる地下1階は、船の心臓部にあたるエンジンルームに見立てたもの。この場所を含めてそれぞれ趣の異なる空間は、まるでプライベートレジデンスのような親密さを醸す。アメリカ西部、フランス帝政期、日本の歴史からのインスピレーションが折衷的に融合した空間に飾られた前述の能面を初め、13世紀の大鎧や19世紀の陶器製の龍、瞑想機などは、すべて博物館級のコレクションピースというから、実物を見に来るだけでも訪れる価値はありそうだ。


また、地下の一角には、もみじの木と枯山水の庭が設えられたスペースも。ここでは、SIMPLICITY監修による和菓子とお茶でゲストをもてなすのだが、その静謐なひとときがブランドへの理解を深めるのだと、緒方は語る。
「お店ではなくブランドの哲学を体感する場所としてとらえました。茶や菓子を嗜むことは効能や味を超えて、主人の趣向、もてなしを理解し愉しみ、共有する時間です」(SIMPLICITY)
ただ、現代社会においては、どこにいようと広告や販促物に囲まれ、常に消費を煽られる。なかでもお店という消費行動の最終地で、ゲストの歩みのペースを一旦落ち着かせ、伝統や歴史を尊重しながら存在感を喚起する今回の環境作りをどのように実践したのか? 緒方が例に挙げたのは、江戸時代の俳人・松尾芭蕉が提唱した俳諧の理念であった。
「不易流行と言うように、いつの時代も変えてはならないものと変えなければならないものがあります。我々のデザインに対するアプローチは、伝統を学び、ひも解き、新しく組み立て直すところから始まります。五感で体験いただくことを念頭において、不易流行を見極め、時代に合わせて再構築し、自然との調和がとれたかたちを創造しています」(SIMPLICITY)
一方、沖縄にルーツを持つ書家の新城にとっても、不変性は「書く」という行為において、少なかなず影響を及ぼすものだという。
「我々の先人たちは、地理的環境より受ける自然災害の脅威や、政治的抑圧など、時代とともに強制的な変化を伴いながら生活してきました。そういった歴史から自らのアイデンティティについて考えます。民俗学者であり禅僧であった祖父(岡本恵昭氏)からは、彼が亡くなってもなお“変わらざるものとは何か?”と問われているような気がしています」(新城)
本ギャラリーが、歴史と現代性が共存していることは冒頭でも述べたが、過去の歴史や伝統から学ぶこと、そして時代に合わせて価値観を更新し続けていくことは、何ら相反することではない。実際にジャック・マリー・マージュには、創業当初からのブランドフィロソフィとして、“Kaizen(改善)”と“Takumi(匠)”という概念がある。 旧態依然なことをアップデートしていく必要性は大切ではあるが、日本の職人文化と伝統的な美意識に改めて目を向けることで、新たな気づきや発見が得られるはずだ。ジャック・マリー・マージュの今回の試みが、きっとその一助となるに違いない。

JMM 東京 表参道ギャラリー
住所/東京都渋谷区神宮前5-9-7
営業時間/11:00〜20:00
TEL/03-6427-9460
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詳細はJacquesMarieMage.comにてご確認ください
Text: Tetsuya Sato
