編集部が選ぶ今月の一冊|灰谷魚著『レモネードに彗星』
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は注目作家、灰谷魚のデビュー作をお届け。
『レモネードに彗星』
著者/灰谷魚

価格/¥1,815 発行/KADOKAWA
彗星のごとく現れた注目の作家による小説家デビュー作
「カクヨムWeb小説短編賞 2023」〔短編小説部門〕で円城塔賞を受賞した表題作をはじめとする7編の作品が収録された、灰谷魚(はいたに・さかな)の小説家デビュー作となる本書。7編中6編が2014年から2023年にかけてウェブ媒体で発表されたものにもかかわらず、そのどれもが経年を感じさせない魅力と瑞々しさに満ちており、なぜこれほどまでの才能の持ち主がこれまで小説家デビューを果たしていなかったのか不思議に感じる読者もきっと多いはずだ。
巨大な怪物が出現した世界で、突如宙に浮き始めてしまった友人への想いを描いた「かいぶつ が あらわれた」。世の中を共に憎みあうことで結ばれたユカリとまりえの数奇な運命を描きつつ、思いも寄らないラストが心を激しく揺さぶる「純粋個性批判」。スカートと皮膚が一体化してしまった〈私〉と友人が過ごす一晩のファンタジーを描いたショートショート「スカートの揺れ方」──と、収録作の多くが、語り手と特定の人物との一対一の関係性を感情豊かに描き出している。
しかし収録作の中では最もボリュームがあり、かつ書き下ろし作品である「新しい孤独の様式」では、この作風が進化しており、なおかつ純度の高い愛を見事に描き出した、傑作と呼ぶにふさわしい一編となっている。
主な登場人物となるのは、自分を普通の人間らしく律動させてくれる何かを探し求めている無職の戸川ハルオ、破滅的に美しい見た目を持ちながらも周囲から浮いている九頭見スミ、ハルオが所有する最新スマートグラスに備わっているアダルト機能の無課金コンテンツである宮田チロルの三者だ。物語は、中学と高校時代にささやかなやりとりを交わしただけの関係だったハルオとスミが、中学の同窓会をきっかけに十年ぶりとなる再会を果たすことから動き出す。
ひょんなことから〈横山光輝の三国志、全六十巻〉を十巻ずつ貸し出すために、スミと定期的に顔を合わせる関係となったハルオ。ときに突飛な言動をするスミとのやりとりに〈心地よい律動のようなもの〉を感じ、彼女の魅力に心を乱されるようになった頃、突如バーチャルな存在だったチロルが〈宇宙のバグ〉によって限りなく実体に近いボディを手に入れ、一方的にハルオの生活の面倒をみはじめる。しかしハルオとスミが友情以上の関係性を築いていく中、チロルによるある計画が発覚し——。
不器用にしか生きられない、孤独を抱えた大人たちが心を通じ合わせるストーリーに、予想のつかないファンタジックな展開がきらめきを添えている本作。人間の純粋さを結晶させたかのような恋物語には、大人にこそ読まれてほしいと願うと同時に、著者の今後の活躍を大いに期待させられる。彗星のごとくデビューした灰谷魚の作品たちが放つ輝きを、ぜひその目と心で感じ取ってほしい。
Text:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito
Profile

