注目のアーティスト藤倉麻子が仮想×現実で導くリアリティの行方 | Numero TOKYO
Art / Feature

注目のアーティスト藤倉麻子が仮想×現実で導くリアリティの行方

光と影、水や土、植物と人工物が入り交じり、描き出される摩訶不思議なランドスケープ——。「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」への参加をはじめ、大きな注目を集めるアーティスト、藤倉麻子。インフラが作り出す郊外の景色、内外の境界である庭などをテーマに現代の都市や風景に鋭く切り込む試みをたどり、これからのリアリティが向かう地平を展望する。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年9月号掲載


『インパクト・トラッカー、遠浅』映像、砂場台、地図、冊子(2023年)青森県下北半島をリサーチし、原子燃料サイクル施設などエネルギーや物流施設が点在する光景に衝撃を受けて制作。© Asako Fujikura
 

『インパクト・トラッカー』映像(2025年)『インパクト・トラッカー、遠浅』の続編として、グローバル・サプライチェーンによる地表改変のインパクトをトラッキング(追跡)する主体の視点を考察した作品。© Asako Fujikura

『インパクト・トラッカー』映像(2025年) © Asako Fujikura
『インパクト・トラッカー』映像(2025年) © Asako Fujikura

藤倉麻子インタビュー:仮想との往還で描くヴィジョン

建築家の大村高広とともに建築界の大舞台「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」日本館の展示に挑んだ。アーティスト活動の原点、CGと実空間の往還など、謎めく世界観の過去・現在・未来に迫る。

『ミッドウェイ石』映像、鉄製コンテナ、FRP製擬岩、縄、ボラード(2021年) Photo : Akira Arai (Nacasa & Partners Inc.) 「CULTURE GATE to JAPAN」(東京国際クルーズターミナル)に出展された、日本庭園がモチーフの屋外展示作品。© Asako Fujikura
『ミッドウェイ石』映像、鉄製コンテナ、FRP製擬岩、縄、ボラード(2021年) Photo : Akira Arai (Nacasa & Partners Inc.) 「CULTURE GATE to JAPAN」(東京国際クルーズターミナル)に出展された、日本庭園がモチーフの屋外展示作品。© Asako Fujikura

『手前の崖のバンプール』映像、パフォーマンス、冊子、角材収納棚、写真、ラジオ(2022年) Photo : 太田琢人 ダンサーのAokid、建築領域の大村高広、近藤亮介、齋藤直紀らと制作した展覧会企画。鑑賞者自らが貨物のように水上タクシーで東京湾岸の物流拠点を巡った。© 物流型展覧会製作委員会
『手前の崖のバンプール』映像、パフォーマンス、冊子、角材収納棚、写真、ラジオ(2022年) Photo : 太田琢人 ダンサーのAokid、建築領域の大村高広、近藤亮介、齋藤直紀らと制作した展覧会企画。鑑賞者自らが貨物のように水上タクシーで東京湾岸の物流拠点を巡った。© 物流型展覧会製作委員会

『手前の崖のバンプール』映像、パフォーマンス、冊子、角材収納棚、写真、ラジオ(2022年) Photo : 太田琢人 © 物流型展覧会製作委員会 
『手前の崖のバンプール』映像、パフォーマンス、冊子、角材収納棚、写真、ラジオ(2022年) Photo : 太田琢人 © 物流型展覧会製作委員会 

郊外の風景が育んだ“仮想×現実”の空間表現

──近年は展示やアートフェアなどへの参加が相次いでいます。どの展示も、一目で藤倉麻子作品だとわかる強烈な個性と存在感を発していますが、この確固たる作品世界はいつ頃、どのようにして生まれたのでしょうか。

「もともとイスラムの建築や庭園に興味があったことから大学でペルシャ語を専攻し、大学院から美術の世界に入って創作を始めました。大学院の修了制作時より今に至るまで、やろうとしていることはほとんど変わっていませんね。自分の思う風景を3DCGソフトで作って映像作品にしていくんですが、使用しているソフトも始めた頃と同じです。あらかじめはっきりと全体像を思い浮かべて作品を作り始めることはほぼありません。まずは手を動かして、ある部分を作り、出てきたヴィジュアルを見ることで新たに何かを思いつき、そこからさらにリサーチをしたりプロジェクトに展開したりして、対象となるものを深めていくというのが、いつもの流れです」

『Fixing Garden』映像、図面、資料(2022年)庭の制作を通じてフィクショナルな風景の創造と実空間の回復を同時に試みるプロジェクト。© Asako Fujikura + Takahiro Ohmura
『Fixing Garden』映像、図面、資料(2022年)庭の制作を通じてフィクショナルな風景の創造と実空間の回復を同時に試みるプロジェクト。© Asako Fujikura + Takahiro Ohmura

──ヴィジュアルを作る上で、よりどころにしているイメージなどはありますか。

「生まれ育った埼玉県の郊外、東京から電車で40分ほどの土地の風景が、いつも私の思い浮かべる風景のベースになっています。そこは広大で均質で、どこまでも延びていく空間だと私には感じられます。住民の暮らしに合わせて作られたというよりはもっと大きな何か、都市のエネルギーや物理法則に従って構造が出来上がっているような印象があります。もともと、物事の裏側にある見えない奥行きみたいなものに目が行きがちな性質なんです。道路や倉庫など、インフラストラクチャー系の構造物が目立つ郊外の風景に触れていると、この眺めを形作っているのは、グローバルなところまでつながっていく流通という仕組みかもしれないと思えてきます。それで作品づくりにおいても『物流』というテーマが浮かび上がってきました。

さらには、風景が囲われてできる『庭』も気になり始めました。イスラム庭園をはじめ、庭とは厳しい自然環境のなかにあって、何とか自分たちの居場所や精神的な避難場を作ろうとする営みなのかもしれません。そうした庭への関心から『Fixing Garden』という作品プロジェクトも生まれてきました。まずは実在の空き家と庭があり、それらをリノベーションしようと決めました。そこで改修の指示書となるような映像を作っていき、映像内で得た知見やアイデアを、現実空間の空き家や庭に当てはめて、実際の改修を進めています。映像内だと周りにいい風景が広がっているので、それを眺めやすいよう実在の空き家の窓をしつらえたり。ヴァーチャルな世界での作業がリアルの世界にフィードバックされていきます」

『Ideal Wall / Actual Brick』映像、日干しレンガ(2022年)実空間で日干しレンガと3DCG上で理想の壁を作る試み。© Asako Fujikura
『Ideal Wall / Actual Brick』映像、日干しレンガ(2022年)実空間で日干しレンガと3DCG上で理想の壁を作る試み。© Asako Fujikura

──リアルとヴァーチャル双方の空間を行き来して創作するのはなぜでしょう。どちらかに専念するわけにはいかない?

「現実の世界とデジタルの世界、思考に合わせて動かして、両方とも使うのが自然かなと思っています。それぞれの場ごとの長所をできるだけ生かしていこうとはしていて、例えば『Ideal Wall / Actual Brick』という作品では、映像空間内の庭に置く要素として日干しレンガを用いています。日干しレンガは時々作るんですが、やってみると同じ型を使っても水や藁、砂など材料の配合や日当たりが異なるからか、まったく同じ形のものは一つとしてできません。これをCG空間で作ろうとすると、完全に同一のものがいくらでも複製可能となり、それらを積み上げてまったく均一な壁が出来上がります。

どちらがいいかは、何を作りたいかによってそのつど変わってくるのだと思います。デジタル上だと土地にしろ建築にしろ、いくらでも拡張することができますし、現実世界ではあまりにも大きかったり重かったりして動かせないものでも簡単に移動させられます。庭づくりでいえば、本来あの植物とこの植物は共生できず隣同士に植えられないといったことはよくありますが、ヴァーチャル空間ならそういった心配もなく植えてしまうことができます。両方の世界を行き来していると、デジタルと現実の間には何らかの緊張関係があるのを感じます。双方と同時に接していくことで、世界の秘密みたいなものが垣間見えることもあるんじゃないかと、期待している部分もあります」

ヴェネチアの日本館を架空のもとに改修する試み


「第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館」展示「中立点」(2025年)において、藤倉麻子+大村高広は映像作品『Construction Video』『Human Video』『Object Video』『Prompter』を含む館内のインスタレーションを手がけた。(上)『Construction Video』より。壁や穴など日本館の建築要素と人間の対話シナリオをもとに制作された3DCGアニメーション。 © Asako Fujikura + Takahiro Ohmura
 

『Construction Video』より。 © Asako Fujikura + Takahiro Ohmura

『Human Video』より。人間5名の実写映像。 © Asako Fujikura + Takahiro Ohmura
『Human Video』より。人間5名の実写映像。 © Asako Fujikura + Takahiro Ohmura

──今年2025年には「第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館」の展示に参加を果たしました。出展の経緯は?

「今回の日本館展示のキュレーターは建築家の青木淳さんです。青木さんとしては建築展とはいえ、終了後に大量の廃棄物が発生するような展示は避けたく、映像中心の展示をやりたいと当初から考えていたようです。建築家の大村高広と私が共同で取り組んでいるさまざまなプロジェクトに着目してくださり、声をかけていただきました。出展作家は大きく二手に分かれ、日本館内部は私と大村、外部は建築スタジオSUNAKIの木内俊克さんと砂山太一さんが担当する形となりました。このチームでやろうとしたことは、日本館の“フィクショナルな改修”です。日本館の建築それ自体が意思を持った架空の世界を想定し、柱や壁、テラスなどの7つの建築要素がそれぞれペルソナとなり、自分自身の改修問題についてあれこれ考えたり、人間にアドバイスを求めて話しかけてきたりする映像を、3DCGと実写で作成しました。

7つの建築要素のうち、主人公格は『穴』に設定しました。日本館の中央にはピロティと上階を貫く四角い穴が空いていて、それが大きな特徴となっています。この穴が人間とやり取りするシナリオを作り、対話の様子を映像にしていきました。シナリオづくりにおいて私は主に非人間部分の発言担当でした。単なる擬人化に陥らないよう、モノがモノのまま話すとどうなるか考えながら作業しました。今回は実体としての日本館は改修していないのですが、映像を見た後で日本館を眺め直すと、見る以前とは異なる印象を受けるかもしれません。そう感じてくださる人がいれば、フィクショナルな改修は成功したと考えていいでしょう。音響にも力を入れていますし、ぜひ現地へ足を運んで『場』の体験をしていただきたいです」

館内の様子。CGと実写の映像が対比的に映し出される。中央には下階ピロティとつながる穴が。 Photo:高野ユリカ
館内の様子。CGと実写の映像が対比的に映し出される。中央には下階ピロティとつながる穴が。 Photo:高野ユリカ

エントランス風景。 Photo:高野ユリカ
エントランス風景。 Photo:高野ユリカ

──建築界の大舞台で、充実したインスタレーションを作り上げたわけですね。今後はどんな展開を考えていますか。

「今は、パブリックな場所で展示したり作品を設置することに、ぐっと関心が向かっています。実現する機会があるといいのですが。作りたいものは創作を始めた頃からずっと変わっていないので、これからも同じように自分の見たい風景、もしくは作るべき風景を、メディアや手法を限定せずに実現していくのだろうと思います。いかにも作品然としているものではなく、都市の中にただ佇んでいて、日当たりをちょっと屈折させるだけの、何げない壁やひさしのような存在。そういうものが生み出せたら、いちばんうれしいのかなという気がしています」

『Never Ending Sunlights』映像(2024年)日当たりが影の変化とともに明日の訪れを予告する様子に着目した展覧会「Sunlight Announcements/日当たりの予告群」(WAITINGROOM)の構成作品の一つ。© Asako Fujikura 
『Never Ending Sunlights』映像(2024年)日当たりが影の変化とともに明日の訪れを予告する様子に着目した展覧会「Sunlight Announcements/日当たりの予告群」(WAITINGROOM)の構成作品の一つ。© Asako Fujikura 

『Never Ending Sunlights』映像(2024年) © Asako Fujikura 
『Never Ending Sunlights』映像(2024年) © Asako Fujikura 

「第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館」展示
「中立点(IN-BETWEEN)― 生成AIと未来」

キュレーションに建築家の青木淳、キュラトリアル・アドバイザーにインディペンデント・キュレーターの家村珠代を迎え、作家として藤倉麻子+大村高広、SUNAKI(木内俊克、砂山太一)が参加。人間と生成AIの関係が危惧される未来に向けて、どちらが主体でもなく、日本古来の考え方である“間”=中立点に基づく知性のあり方を問う実験的展示。※最新情報はサイトを参照のこと。

会期/5月10日(土)〜11月23日(日)
住所/Padiglione Giappone, Giardini della Biennale Castello1260, 30122 Venezia, Italy
URL/https://venezia-biennale-japan.jpf.go.jp/j/architecture/2025

Interview & Text : Hiroyasu Yamauchi Edit : Keita Fukasawa

Profile

藤倉麻子 Asako Fujikura 1992年、埼玉県生まれ。都市・郊外を横断的に整備するインフラストラクチャーやそれらに付属する風景の奥行きに注目し、主に3DCGアニメーションの手法を用いた作品を制作。近年の展覧会に「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」(森美術館、2025年)、「積層する時間:この世界を描くこと」(金沢21世紀美術館、2025年)などがある。(Photo: 高野ユリカ)
https://www.afujikura.com/
 

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