Numéro TOKYO10月号に初登場したピアニスト・作曲家の角野隼斗。東京大学の理系出身という異色な経歴を持ち、“かてぃん”名義でYouTubeでの活動を行う、今もっとも注目される音楽家の魅力に迫るインタビューは必読。本誌インタビューの一部に加え、本誌に掲載しきれなかった貴重な追加インタビューをお届けする。
東京大学大学院を経て、ピアニストの道へ
──今、最も忙しいピアニストといっても過言ではない角野さんですが、音大ではなく東京大学大学院卒業という珍しい経歴の持ち主です。
ピアノは3歳頃に始めて、コンクールでもたびたび賞をいただいていました。でもその意味はあまりわかっておらず、音響がいいホールで弾けるのがただ嬉しかった記憶があります。音楽と同じくらい数学も好きだったので開成中学に進んだのですが、その頃はジャズやロックに興味があってバンド活動もしていましたね。高校の頃は音ゲーにもハマって、毎年全国大会に出ていました。そんな高校時代だったので、音大でクラシックピアノをずっと弾くような生活はあまり想像できなくて。周囲も東大を目指す人が多く、東大でも音楽はできるからと進学した感じです。

──東大では、どんな研究をなさっていたのですか?
学部のときは音響分離といって、複数の音源が混ざったものを、個々の音源に分離するという研究をやっていました。大学院では自動採譜。僕は耳コピを自然にやってきたのですが、それが機械にもできるのかということに興味があって。フランスの国立音響音楽研究所にも留学して研究していました。インターンをして就職も決まっていたのですが、ピティナ・ピアノコンペティションの特級グランプリを受賞したことが音楽への道に進む転機になりました。
──研究畑から音楽家になる方は珍しいと思いますが、そういった研究は、角野さんの音楽家としての活動にどう影響していますか?
二つあるのですが、まず、音や音響を分析的に捉えることで、自分が感覚的に理解していたことの解像度が高まったこと。知識が感性の裏付けになっている部分があると思っています。もう一つは研究それ自体のマインドを身につけたこと。研究者の皆さんは、それまでに錚々たる人々が積み上げてきた成果の上に、自分が少しだけ何かを付け足すということをされているわけです。今でも、そのマインドで物事を考えることがよくあります。

初の作曲は夏休みの自由研究。即興が音楽の原点に
──今年はレナード・バーンスタイン賞やオーパス・クラシックで史上初の2部門を受賞するなどして、世界トップの演奏家に名を連ねました。現在のご活躍の転機は何だったのでしょう?
ピティナで特級グランプリをいただいたのと、23年4月のニューヨーク移住ですね。ニューヨークはいろんな分野の最先端が集まっているので、よりユニークでありたい、そうあらねばという思いは強まったと思います。また、音楽だけでなく、幅広い芸術に興味をもつきっかけになりました。
──角野さんのユニークさのひとつに即興演奏がありますよね。今回はディオールの『ローズ スター』をインスピレーション源に即興演奏していただきましたが、どう感じ、どう考えて演奏されるのですか。
基本的には、嗅いだ香りのまま直感的にいきたいなと思って。『ローズ スター』は星の5つの頂点になぞらえた5つのファセットからなる香りなので、5音から初めました。ディオールはフランスのメゾンですから、フランス音楽のDNAを少し感じさせつついろんな表情が見えるようにと考えました。
──ご自身による、初めての作曲の記憶はおありですか?
6歳か7歳。夏休みの自由研究を何にしようか思いつかなくて困っていたんですよ。そうしたら親に「作曲したらいいんじゃない」と言われて、それはいいなと曲を作って学校に持っていきました。そこからはアレンジや即興が好きになって、中高の頃はよく編曲をしていました。僕の場合は作曲と即興が近い位置にあるので、即興がインスピレーションの源泉にあり、それを拡張させた先にあるのが作曲という感覚です。

──ちなみに、今回は香りをインスピレーション源に即興演奏をしていただきましたが、共感覚──音を聴くと色が見えるといった、感覚の刺激が別の感覚経験を同時にもたらす──もおありなんですか?
ないと思います。なんとなく、この音は赤、この音は黄色といったイメージはあるんですが、それは子どもの頃に使っていたおもちゃのハンドベルの色かも(笑)。
──今年すでに13か国でリサイタルを開くなど世界を飛び回る中で、コミュニケーションの基本は英語ですか?
うまい順に言うと、日本語、英語、フランス語、韓国語かな。学びたいとは思ってドイツ語も齧ったのですがなかなか喋れないですね。ただ、文法とか語源を学ぶのは好きだし、その国の言葉で喋るとお客さんと距離が縮まったような感覚になるので、コンサートの時などにつとめて話すようにはしています。ポーランド語など、本当に難しくて苦労するものもあるんですが。

──多くの名門オーケストラとも共演されています。最近、特に影響を受けた方はいらっしゃいますか。
少し前に、バンベルク交響楽団のヤクブ・フルシャさんと演奏させていただいたのですが、それはとても刺激的でしたね。彼らはドイツのオーケストラで、彼らの音とリズム感、テンポ感を持っている。最初のリハーサルの時に、おそらく僕のほうが少し前に行きたいリズム感だなと感じたんですよ。でも、彼らのリズムやテンポがすごく美しいから、それに包みこまれたいと思って。リハーサルしているうちに、彼らが持っているふわふわとした深いサウンドの中にどんどん入っていける感じがあって、とても心地よかったですね。
──秋にはカーネギーホールや、クラシックの演奏家としては初のKアリーナリサイタルも控えています。今後、どこで弾きたい、誰と共演したいといった目標はありますか?
ここのホールで弾きたいという目標より、その先に行かなければならないなという感じですね。その先に何があるのかは分からないですけれど。それと、いつか宇宙に行ってみたいとはずっと思っています(笑)。
Photos : Teruo Horikoshi Hair & Makeup : Maimi Styling : Haruna Konno Set Design : Naoka Fukushima Edit Associates : Saki Tanaka, Miyu Kadota Interview & Text : Satoko Takamizawa Edit:Naho Sasaki
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